一世を風靡した巨大なコンクリート・ドーナツ型スタジアムは下火になる一方,1980年代にポストモダニズムとともに始まった歴史的様式への回帰が,都市で規模を縮小して徐々に浸透していった。「レトロ・ボールパーク」と呼ばれる球場が次々と誕生し,現代に続く球場設計の新たな時代を築くことになる。 今回はブームの発端となった,ボルチモアのオリオール・パーク・アット・カムデン・ヤーズ(以下カムデン・ヤーズ),そして旧スタジアムの伝統的要素を効果的に取り入れ,歴史ある球場と地域のつながりをさらに強化した,ニューヨークのヤンキー・スタジアムを紹介する。7回 レトロ・ボールパークPhoto:JEFFGoldberg/Estoオリオールズと設計者たちは画期的な建物をつくりあげた。この球場は,過去50年間,「人々のための場所」と謳われ,型にはまったスタジアムよりも,スポーツと都市の融合についてずっと多くの教訓を伝えてくれる。そしてボルチモアは,その型を打ち破った都市として記憶に残るだろう。PaulGoldberger,Ballpark:BaseballintheAmericanCity,p.218,201914KAJIMA202610

Photo:BobBusserボルチモアでは,1971年に市長に就任したウィリアム・シェーファー(1921―2011)が,ボルチモア・アンド・オハイオ鉄道(B&O)の操車場跡地のカムデン・ヤーズに新スタジアムを建設する構想を打ち出した。計画は1980年代から具体的に動き出し,設計者にはHOKスポーツ(現ポピュラス)が起用された。球団オーナーや,球団幹部であり建築家・都市計画家ジャネット・マリー・スミス(1957―)らは昔ながらの密集した歩行者優先の街や,伝統的な球場を理想としていた。そこで,敷地の端に立つ8階建てのB&Oの瓦造の倉庫を保存し,外野の背景として残すこととした。ボルチモアの建築の歴史とのつながり,球場と街との結びつきを強めることができるだろうと考えたのだ。 1992年にオープンしたカムデン・ヤーズの倉庫と観覧席の間にある「ユータウ・ストリート」は,試合のある日はコンコースとして,試合のない日は歩行者専用のプロムナードへと様変わりした。15KAJIMA202610

Photo:Wirestock-stock.adobe.com1970年代の大幅な改築により往年の魅力を失ってしまったニューヨークのヤンキー・スタジアムは,旧スタジアムの隣地に2009年,新球場を完成させた。 石灰岩,花崗岩,鋳石で構成されたファサードには高く細長いアーチ,頭部には金文字で「ヤンキー・スタジアム」と刻まれた装飾が配された。壮大で豪華なだけでなく親しみやすい印象を与える演出として,旧スタジアムの古典的なフリーズ(帯状の装飾)がスタンドの最上部に再現され,現代の球場に欠かせない巨大なデジタルスクリーンやスコアボードと,遊び心あふれる対比を成している。名物だったレキシントン・アベニューの地下鉄の高架線路から望めるスタジアムの景色も再現され,ライトスタンドとスコアボードの間のスペースから,通り過ぎていく電車が見え隠れし,小さいながらも歴史の継承を象徴する風景となっている。スタジアムはアールデコ様式の集合住宅の立ち並ぶジェローム・アベニューの都市景観と繊細に対比し,絶え間ない街の活気とも調和して,地域に深く根を下ろしている。16KAJIMA202610

ポール・ゴールドバーガー PaulGOLDBERGER建築批評家。「ニューヨークタイムズ」紙の建築批評家として15年間活躍し,建築に関する執筆活動によりピュリッツァー賞を受賞した。「ニューヨーカー」誌の建築批評家を経て「ヴァニティフェア」誌の寄稿編集者を務める。著書多数。近著はBallpark,WhyArchitectureMatters,BuildingUpandTearingDown:ReflectionsontheAgeofArchitecture,UpfromZeroなどがある。ニュースクールで教を執るかたわら,建築,デザイン,歴史的保存,都市について全米各地で幅広く講演を行っている。ニューヨーク在住。坂本和子 KazukoSAKAMOTO東京生まれ。翻訳家。日米で建築を学び,建築設計・建築教育に携わった後,翻訳家として活動し,建築・デザイン分野の書籍,展覧会,ウェブサイト等の翻訳を数多く手がけている。最近の訳書に『建築という芸術 評伝フランク・ゲーリー』(2024年,鹿島出版会)など。Photo:PattiMcConville/Alamyスタジアムを取り囲み,透明な屋根の下に広がるプロムナードは「グレート・ホール」と呼ばれ,ヤンキースの歴史を讃える空間となっている。 新ヤンキー・スタジアムの設計はカムデン・ヤーズ同様ポピュラスが担当した。伝統ある旧スタジアムの歴史を参照した威風堂々とした壮大な設計だが,単純に複製するのではなく,むしろ舞台美術のように再現しているといえよう。17KAJIMA202610デザイン―江川拓未(鹿島出版会)