葉山発 海辺通信 |
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vol.8 海辺のお祭り
文:久野康宏 |
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湿った熱気が低気圧の合間から確実に近づいてくる梅雨の葉山。砂浜では海の家が7月の開店に向けていっせいに建ちはじめます。そんな夏の喧騒を目前にした6月16日,海に寄りそう町の片隅で,静かな日常を乱すことのない,しかしほんのすこし浮き立つような,お祭りの日を迎えます。毎年この日,葉山の漁師さんは海岸にある神社で海の安全と大漁を祈るのです。そのお祭りは江戸時代から伝承されている汐神楽(しおかぐら)。 いつもは漁師さんの間だけでひそやかにすすめられるのですが,5年に一度「大祭」としていくつかの行事が組みこまれます。町の少女扮する乙姫様が沖合の無人島に奉られた竜宮様を参拝したり,太鼓や笛にあわせて神楽師が鈴を鳴らしながら舞いを奉納。境内には地元商店の屋台が並び,季節はずれのもちつき大会も催されます。 昼下がりには潮が満ちるようにゆっくりと人のさざ波が神社へと寄せてきます。孫を連れたおじいちゃん,おばあちゃん。町に引っ越してきたばかりの若いお母さん。赤ら顔で上機嫌のおじさん。そしてちょっと緊張した面持ちの漁師さんたち。近所で見かけるおなじみの面々が当たり前のように集まっています。 親しい漁師さんと待ち合わせをしました。葉山の渚で昔ながらの漁をしている彼は「大祭」の度に,出店している葉山マリーナのTシャツを甥の息子たちに買ってあげると決めているのだと,楽しげに話します。漁の仲間に紹介してもらいながら,彼が差し出す弁当に図々しく手を伸ばしたりして・・・。よそ者なのにこの土地に生まれ育った彼らと少しずつ親しくなっていけるような気がして,胸の中で喜びをかみしめます。 やがて行事がはじまりました。見物客がベストポジションへと移動したため,人の密度が濃くなりますが,隣と適当な距離を空けながら,喚声をあげることもなく静かにスナップを撮ったり,眺めたり。ふだんと変わらぬ穏やかな空気が流れています。 この控えめな「大祭」にとても安らぎを覚えました。東京の下町育ちなのですが,幼いころから押し合うようなお祭りの人混みが大の苦手。それに煽り立てるような神輿の荒々しさに触れると,ざわざわと気持ちが波立ち,ぐったりと疲れてしまう。都会ではストレスが多いぶん,押し込められていた想いをお祭りで一気に発散するのかもしれませんね。 それにしてもこの心地よさときたら・・・。眩しい西日を浴び,海を渡る潮風に当たり,ぼんやりとお祭りの情景を眺めていると夢心地に。ますます自分が暮らす町への想いが深まるひとときでした。 |
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【著者紹介】 くのやすひろ 1965年東京・佃島生まれ。 現在,神奈川県葉山の海辺に在住。 スキューバダイビング専門誌の制作に13年間携わり独立。 フリーの編集者&ライターとして四季感と多様性に満ちた相模湾の魅力を水面上と水面下,両方の視点で伝えようと取材活動している。 海辺暮らしを綴ったホームページは http://homepage.mac.com/slowkuno |