葉山発 海辺通信
葉山発 海辺通信  vol.12 海辺の家づくり

 文:久野康宏
 撮影:山木克則(当社 葉山水域環境研究室)
 協力・森ヒロシ設計事務所


 鳥のさえずりと波音のささやき。心に響く音が日常に満ちている葉山。海辺での静かで豊かな時間が日々おだやかに流れていきます。8年前から借家住まいをしながら,この自然を愛でてきたのですが,ついには自分の家をつくることになりました。
 葉山には昔ながらの木造民家や,米軍横須賀基地勤務のアメリカ人のために貸していた天井の高い平屋など,味わい深い借家の宝庫。最初はそうした家を入手できないかと随分探しまわったのです。しかし,車庫を備えた実用的な家は土地が広くて手の届かぬ金額だったり,また古い家も持ち主が手離さなかったりで,現実を知って諦めることに。
 それならば,ゼロから自分の思想を貫いた小さな家を建ててみようと決心。幸いなことに,山が迫り,ビーチにも近い理想の土地に出会えたので,素晴らしい風土を生かす家にしたいと考えました。
 葉山の海辺は四季を通じて温暖な気候に恵まれていますが,気にかけたのは夏の湿気。山と海の風をとりこみ,真夏でもクーラーのいらない涼しい家。そして塩害にも耐え,長く住み継ぐことのできる頑丈な家。さらには周囲に溶け込むようなコンパクトでさりげない家。つまり思い描いたのは,日本の伝統的な民家そのものでした。 
 設計は海辺の光と風を熟知した鎌倉の建築家に依頼。材料となる木材は逗子を中心に近くの山で伐採。樹齢80年を超える杉を梁から柱までふんだんに使った在来工法の頑強な構造です。太い梁と柱が組まれた光景は懐かしさを覚えます。
 その一方で,細部は大工さんの手間を極力省いたものに。床や内壁は成分表示が明確な構造用合板をそのまま使用。1階のほとんどが土間で,間仕切りの壁を排除するなど,きわめてシンプルなつくり。倉庫のように構造剥き出しの仕上げは低予算ゆえの選択でした。
 2階リビング上のテラスは緑化を前提にした防水仕様。緑化の断熱効果を呼び込むため,鹿島建設技術研究所・西調布研究所を見学し,最新の緑化技術も学びました。近所のビーチに自生する海岸植物を植えてみたり,無肥料・無農薬の自家菜園にトライしたり,楽しみながら緑化していくつもりです。
 実験住宅的な要素が多い家ですが,基本はかつて日本人が当たり前のように暮らしていた民家のカタチそのもの。この古くてあたらしい無骨な家に繊細な照明とモダンな家具をレイアウトし,自分なりの住空間をこれからの若い世代に提案していければと願っています。
 葉山での海辺暮らしは,今まさに次のステップへと踏み出そうとしているのです。
日本人が当たり前のように暮らしていた民家
【著者紹介】
くのやすひろ
1965年東京・佃島生まれ。
現在,神奈川県葉山の海辺に在住。
スキューバダイビング専門誌の制作に13年間携わり独立。
フリーの編集者&ライターとして四季感と多様性に満ちた相模湾の魅力を水面上と水面下,両方の視点で伝えようと取材活動している。
海辺暮らしを綴ったホームページは
http://homepage.mac.com/slowkuno