AFTER 5 YEARS
地域との交流に育まれた大治水工事1999.11: 首都圏外郭放水路第3工区竣工

水害のない平穏な生活を・・・・・・首都圏外郭放水路の建設は,こうした地域住民の願いを実現するべく,1993年に工事がはじまった。
地下トンネルの全長6.3km,全工区の工期が10年にもわたる大治水事業で,建設関係者を支えたのは地域住民の願いだった。今月のafter 5 yearsでは,1999年に竣工した首都圏外郭放水路第3工区を振り返る。

 千葉県との県境を流れる江戸川の西側に位置する埼玉県の庄和町と春日部市。中川,倉松川などの中小河川が多く流れるこの地域では,台風シーズンなどの出水期になると広域にわたって浸水被害が多発していた。皿状の低地が広がる市街地では水浸しの状態が長く続き,住民たちの生活はたびたび脅かされてきた。そのため1993年,一帯の総合的な治水対策として住民の期待を一身に受けながら,首都圏外郭放水路建設工事がスタートした。
 計画は江戸川と平行して走る中小河川を横切るかたちでトンネルを掘り,増量した雨水をそこを通じて江戸川へ放流するというもの。工区は全部で5つに分けられ,現在第4工区までが竣工し,このうち第1,2工区ではすでに供用が開始されている。1999年秋に竣工した第3工区は,来年に迫った第4工区トンネルとの流入接続工事竣工後の完全供用を待っている状態だ。

首都圏外郭放水路第3工区の坑内(撮影:新良太)
地域とつながる現場見学会
 当社JVは第3,4工区を担当。このうち第3工区は,シールド発進する第3立坑が中川と倉松川の間に位置し,竣工後の洪水時にはここからの流入量が全体の50%を占めることから計画中最大の要所ともされる現場だった。
 当社JVの2代目所長を務めた菅好徳さん(現・関東支店埼玉土木営業所長)は「3年8ヵ月におよぶ大工事だからといって新しい技術にはこだわらず,これまで培ってきたノウハウで丁寧な工事をいかに当たり前に行うかに気を配りました」と振り返る。着工の1年前に阪神・淡路大震災の復興支援に参加した経験が大きいという。「被災した高速道路の柱のなかには,無残に損傷したものもあれば,びくともせずに残っているものもあった。技術者の些細な気遣いが大きな差を生むことを痛感しました」。こうした思いが1年後の工事へとつながっていった。
 菅さんの気遣いは建設物だけでなく,地域住民に対しても向けられた。現場では積極的に見学会を催し,トンネル内へ住民を案内した。「地下50mの世界で何が行われているのか。自分たちが住んでいる場所の下でどのような工事が進んでいるかを理解してほしかった」という。ある年のゴールデンウィークに開催した見学会では来場者数は1,250名にものぼった。地域住民の工事に対する期待の高さがうかがい知れるエピソードだ。
 現在,最後の確認のためひとり現場に常駐している桝永善文工事課長に,トンネル内を自転車で案内してもらった。延々と続く同じ景色のなかで「ほら,ここ」と桝永さんが指差した先に少し黒ずんだセグメントが数ピースあった。暗いトンネルのなかで目を凝らすと,サインペンで文字が書き連ねられている。「現場見学会のときに参加者に寄せ書きしてもらったんです」。思い思いに記したメッセージのなかには,記念に自分の名前を残しているものもあれば,「ガンバレ」とか「ファイト」という文字も見られる。一日も早く水害の心配をなくそうと働く現場作業者に向けて,地元住民が書いたものだという。
倉松川上から望む第3工区付近の現況。中央の黒いゲートが地下トンネルに通じる取水口
現場見学会の参加者によるメッセージが書き込まれたセグメント
地元の幼稚園児を招いて行った現場見学会の模様
写真家の視点
 2003年夏,1冊の写真集が発売された。ほぼ全編にわたって土木構造物の写真で構成されており,首都圏外郭放水路は巻頭の数十ページを飾っている。『Not Found』と名づけられたこの写真集は気鋭の写真家・新(あたらし)良太さんによるものである。新さんは雑誌の取材で訪れたこの現場をきっかけに,土木構造物の大空間に魅了され,様々な現場を訪れ撮影を続けているという。
 撮影に立ち会った3代目所長の原廣さん(現・名古屋支店愛知南営業所鹿島・大成知多土木JV工事事務所副所長)によると,撮影は「午後2時から夜の9時まで延々と続いた」。同行した関東地方整備局の専門官と途中,「早く終わらないかな」と話していたが,撮影終了後に新さんが「今日は時間が足りなかった」とつぶやいたので,ふたりは思わず顔を見合わせてしまったという。それでも,後日送られてきた写真集をめくると,普段何気なく目にしていた空間が思いもよらぬ視点で鋭く切りとられているのを目の当たりにし,プロの感覚に驚いたそうだ。
 新さんが撮影した写真はその後,江戸川への排出口に隣接された管理支所内のミュージアム「龍Q館」でもパネル展示され,訪れた見学者に地下で行われている工事の様子を伝える重要な役割を担っている。

 一帯に水害とは無縁の平穏な生活をもたらすために始まった首都圏外郭放水路の建設。気象庁の公式発表によると,一部供用がはじまった箇所では昨年の台風ラッシュの時も洪水,浸水の被害はまったくなかったという。現場と地域とのコミュニケーションによって育まれてきたこの巨大治水設備は,1年後の完全供用開始によってさらなる懐の深さを見せてくれるに違いない。
工事概要
場所:埼玉県春日部市
発注者:建設省関東地方建設局(98年6月当時)
設計:パシフィックコンサルタンツ
規模:泥水式シールド工法 延長1,200m
セグメント外径11.80m
仕上がり内径10.6〜10.87m
工期:1996年3月〜1999年11月
(関東支店JV施工)
埼玉県春日部市