特集:食と農と建設技術:アグリ施設エンジニアリングへの道

暖冬の予報が一転して20年ぶりの「寒冬」に──。
記録的な大雪に見舞われているこの冬,日本列島は災害対策やエネルギー確保など,自然の猛威が例年以上に生活に影響を及ぼしている。
野菜の価格も急騰・下落を繰り返し,家庭の食卓への影響も少なくない。

気象予測の難しさが改めて印象づけられるなか,今月の特集では「食」と「農」の建設技術を取り上げる。
最新技術を駆使して野菜を生産する「ハイテク菜園」であり,農業の革新をめざすアグリエンジニアリングである。

鹿島が農業?と意外かもしれないが,じつは20年以上も前から技術研究を重ね,近年はその成果が実を結びはじめている。
農を支える土・水・緑は,土木技術が長年対峙してきた相手であり,ハイテク菜園の温室には建築空間の環境制御が活かされる。
食と農をめぐる当社の技術とビジョンを紹介する。
食と農と建設技術:アグリ施設エンジニアリングへの道
食と農と建設技術:アグリ施設エンジニアリングへの道
食と農と建設技術:アグリ施設エンジニアリングへの道 食と農と建設技術:アグリ施設エンジニアリングへの道
 残留農薬,O157,BSE──。食生活を揺るがすニュースが絶えない現在,食の安全・安心への関心は高まるばかりだ。そのなかで「生産者の顔の見える野菜」は人気の的だが,一方で国内の農業就業者は減少と高齢化が進み,世界的には気象変動による食糧不足も問題化している。
 こうした不安を背景として関連法の改正や特区制度が整備された結果,異業種からの「アグリビジネス」への参入ラッシュが起っている。また,日本人の野菜摂取の約6割は外食ともいわれているが,外食産業では品質と供給量の安定性が欠かせない。
 そこで大きな注目を集めているのが,工場生産のように野菜を栽培する「ハイテク菜園」だ。食品大手企業によるHACCP技術を基盤とした野菜の生産手法は,安全・安心なのはもちろん,気象などに左右されることなく,消費者のニーズに合った野菜を安定した価格で安定的に供給することが可能である。食糧の生産と供給の改革が期待され,「アグリの革新」が動きはじめているのである。
(写真は「温室先進国」として知られるオランダの模様)

ハイテク菜園の一日
栽培の模様
農業生産法人いわき小名浜菜園の全景 福島県いわき市。ここに約20万m2の敷地にトマトの大温室が広がる。運営するのは農業生産法人「いわき小名浜菜園」。大手食品メーカー・カゴメの出資会社である。施設は2005年7月に当社が完成させた。
 トマトジュースやケチャップなどの加工食品で知られるカゴメは,1998年から生鮮野菜事業に取り組んできた。国内各地に全天候型のハイテク菜園を展開し,年間1万トンを超える生食用トマトを出荷する。温室はコンピュータで環境が制御され,気象に左右されずに高品質の生鮮食品を安定供給できる。
 温室内のトマトの茎は15〜20mにまで伸びる。上部からフック紐で吊るされ,株元は土に埋まっていない。ロックウールによる養液栽培は,フックをずらして樹を移動させながら管理・収穫できるため,つねに陽射しをいっぱいに浴びて育つ。1本の樹からの収穫期間は,1年のうち10ヵ月間に及ぶ。
 いわき小名浜菜園の温室は10万m2を超え,日本最大である。コンピュータでトマトにとって最適な環境に制御された温室の様子をみてみよう。
日の出
温室内には光合成に必要なCO2ガスが施用されはじめる。
保温用のカーテンを開け,十分な太陽光を入れる。
温度・湿度が上昇すると,天窓を開ける。風力・風向は常時計測され,状況に応じて天窓を開閉する。
降雨を観測すると,開けた天窓をもう一度閉める。
太陽光が強すぎる場合には,カーテンを閉じ遮光する。温室内の過度な温度上昇も防ぐ。
太陽光で温室内の温度と湿度が上昇すると,天窓を開ける。さらに温度が上昇すれば,細霧冷却システムで気化熱によって冷却する。
温室内の温度と湿度が安定。
日没。外気温度が下がってきたため,天窓とカーテンを閉鎖して保温。
夜間,さらに温室内の温度と湿度が低下。暖房システムでレール配管に温水を流し,室内温度を上げる。

「環境モデル」をつくる技術
リサイクルされる水
 いわき小名浜菜園がハイテクなのは温室の環境制御だけでなく,施設全体が自然環境に配慮されている。そのひとつが潅水リサイクルシステムある。
 温室屋根面に降った雨水は,収集システムによって貯水池に運ばれ,トマトの樹へと注がれる潅水に利用。水道水や農業用水の利用を節減するとともに,安全で品質の高い水を確保し,菜園内での循環システムを構築する。
 当社では,いわき小名浜菜園とともに,同じくカゴメが出資する和歌山県の加太菜園でも,こうしたエンジニアリングを導入している。施設園芸の先進国オランダから最新技術を取り入れ,貯水・潅水,暖房,保温カーテン,コンピュータなどの温室システム一式を建設した。こうしたハイテク菜園はトマトのみならず,パプリカやいちご,きゅうりなど,幅広く適用可能である。
潅水リサイクルシステム
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建設技術のコラボレーション
 建設会社の当社がこうしたアグリ施設のエンジニアリングを手掛ける背景は,冒頭で触れたように,土木と建築の双方で蓄積した技術と浅からぬつながりがあるからだ。農を支える土・緑・水は,土木の造成工事と密接な関係があり,数々の農業基盤整備事業に携わってきた。1980〜90年代には緑化技術の研究に本格的に取り組みはじめるとともに,接木苗の大量生産施設の開発プロジェクトにも参画している。
 そして,最新のコンピュータ制御による温室には,建築設備のエンジニアリング力が大きく貢献している。天窓や細霧冷房,カーテン,温水暖房や炭酸ガスの供給設備などは温室ならではの設備であり,カゴメの協力も得てトマト栽培に最適な施設の構築をめざしてきた。
 また,技術研究の面では,大規模温室の環境予測シミュレーション技術の開発も行った。建築空間の環境構築の技術をベースに,温室での主役である植物の光合成や蒸散のモデルを組み込むことで,実用化に至っている。温室内の温度分布の予測やエネルギーコストの評価が可能で,より合理的な温室の設計に役立てる。
 ハイテク菜園の施設エンジニアリングは,当社の建設会社としてのさまざま技術が組み合わされているのである。
いわき小名浜菜園の栽培の模様
温室環境シミュレーションモデルの概要
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温室の天窓の形状についての環境シミュレーション
植物チャンバーの実験

土木・建築の技術を食農へ
循環型社会とつながるアグリ施設
 家畜排泄物や農産物の残渣(ざんさ)(残りかす)を堆肥や熱・エネルギーなどに活かす──。現在,わが国では「バイオマスタウン構想」を描いており,5年後には500市町村での実現を目標としている。バイオマス資源の活用は食農の枠組みに留まらない。メタノールやエタノールなどへの液体燃料化,トウモロコシによるバイオプラスチック製品など,さまざまなバイオマテリアルを生み出す資源作物の生産や,バイオマス利用の仕組みも視野に入れている。それは,地域における資源循環の要であるとともに,新たな付加価値を生む産業としての次世代農業への期待といえよう。
 また,これまで紹介してきたカゴメのハイテク菜園では,潅水の循環利用を行い,太陽光や雨水,風といった自然エネルギーを有効活用している。さらに進めば,温室で必要とされる熱や電気エネルギーは,周辺地域で発生する廃棄物から得られるようになるだろう。
 食を支える農業が,これまでの単なる農業から「植物工場」へと展開し,スケールメリットを活かした大規模施設園芸へと再構築するには,幅広い分野の技術とプロジェクトマネジメントの力が不可欠になってきたのである。
循環社会の実現にむけたバイオマス利活用のイメージ
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アグリ施設の広がりと建設技術
 こうした食農の変革期においてこそ,当社がこれまで培ってきた土木・建築・設備・環境・ITといった総合力を発揮できる。さまざまな分野の施設エンジニアリングにおける企画からアフターフォローまでのトータルサービスは,農業施設の建設に活かせるのである。
 農業施設の世界は,バイオテクノロジーやITとの相乗作用により,新たな領域へとさらなる広がりを見せはじめている。そのひとつが医療用原料などの高機能物質を生産するための植物工場である。
 欧米・日本の研究機関や企業では,遺伝子組み換え植物による医療用原料の生産が研究されている。動物細胞や微生物培養による原料製造に比べると,病原体の混入リスクや生産コストの点で優位性が高いといわれるからだ。しかし,遺伝子組み換え植物を取り扱う施設では,花粉などの拡散防止措置が必要となるほか,製薬・製剤の工程では非常にクリーンな環境が求められる。循環型に対して「密閉系」のイメージともいえる。医薬施設のエンジニアリングにも力を入れる当社では,こうした分野についても積極的に取り組んでいる。
 食糧自給率40%(カロリーベース計算),農業従事者の高齢化といった数々の問題を抱えている日本の農業。当社ではその変革と発展に貢献するとともに,農業分野への進出企業を積極的に支援したいと考えている。
アグリ施設の広がりと建設技術
「アグリバイオ」と食農教育
 バイオタウンの動向をさきがける施設が宮城県白石市にある。「循環」の組み合わせは,生ゴミ資源化施設とイチゴの温室。地域の有機廃棄物が高温メタン発酵処理によってバイオガスとなり,温室の熱・電気エネルギーの一部に利用されている。
 また,この温室は小学生の「食農教育」の場にもなっている。農業体験を通じて食と環境を考える格好の教材だ。そしてイチゴ温室とともに教材となっているのが,当社の「メタクレス」である。当社の開発したこの固定床式高温メタン発酵システムによって,子供たちは生ゴミの資源化を目の当たりにする。
 食と農,地域のエネルギー循環と教育の場──そんな「アグリバイオのまち」が誕生する日は,それほど遠くないのかもしれない。
宮城県白石市の生ゴミ資源化施設。メタクレスを活用してイチゴが栽培され,小学生の「食農教育」の場にもなっている。
「アグリバイオ」と食農教育
「アグリバイオ」と食農教育