特集:文化を伝え継ぐ

文化を伝え継ぐ

高度経済成長時代が終焉して,私たちの心の在りようもまた変わった。
地球環境とエネルギーが21世紀のテーマとなるに及んで,豊かで快適な生活の追求だけでなく,
心の豊かさや温もりも求めるようになったのである。こうした心の拠り所となるのが,先人の文化や歴史を刻み,
世代を超えて護りつづけてきた文化遺産である。

私たちは,それを人類のかけがえのない宝物として保護していく責務を負っている。
しかし自然劣化はもとより,人災や天災,火災などによって損傷を受けた文化財は,各地にたくさん存在する。
建設業は,危機に瀕した文化財を守り,安全に次代に継承する役割も担ってきた。それは,スクラップ&ビルドの時代からストックの有効活用へと移り変わりつつある社会への対応,技術の整備・充実と軌を一にする。
2004年最初の特集は,文化財を修復し,保存し,更新し,失いかけたものまでも復興させてきた当社の歩みを紹介する。
新橋停車場再建の手がかりとなった創建当時の写真(横浜開港資料館所蔵)

甦るの章
 一度消失した歴史的建物を現代に甦らせたのが,旧新橋停車場と掛川城天守閣である。東京・汐留の超高層ビル群の中に,当時の姿そのままに再現した旧新橋停車場は,1872年の創建当時に撮影された2枚の写真と,汐留再開発前の史跡調査で発掘された遺構をもとに,コンピュータを駆使して外観が復元された。
 安政の大地震(1854年)で崩壊した掛川城天守閣(静岡県掛川市)は,天守台の遺構,幕末の絵図を復元資料として,往時の天守閣を忠実に築城。国内ではじめての木造完全復元の城となった。このほか1990年に放火で焼失した宮城県岩沼市の竹駒神社神殿も伝統技法と現代の機械力を駆使して,再建・復興工事が行われた。
新橋停車場(2003年竣工)
掛川城天守閣(1993年竣工)
竹駒神社神殿(1993年竣工)
甦るの章
蘇るの章
 リニューアル市場は1990年代に入って成長を遂げ,さらに拡大の見通しだが,歴史的建築物の保存・再生も活発に行われている。当社が担当した文化財や文化施設のリニューアル施工例としては,東京・神田のニコライ堂(日本ハリストス正教会教団東京復活大聖堂)や兵庫・姫路の亀山本徳寺,岩手・水沢の正法寺のほか,「ガンガン寺」の名で親しまれている函館ハリストス正教会復活聖堂などがある。いずれも国や自治体などの重要文化財の指定を受けており,科学的検査手法を導入し,慎重かつ綿密な計画のもとに施工された。
 このうちニコライ堂では,鉄筋の位置やかぶり検査に磁気検査法,レーダー法のほか,塩分含有量測定もできる「鉄筋腐食診断システム」を用いている。また教会内部の漆喰表面の洗浄には当社のオリジナル技術が導入された。蝋燭の煤などで長年の間に変色した漆喰表面に洗浄パックを塗布し,剥がし取ることで純白の美しい表面が蘇った。化粧品の“美顔パック”と同じ要領である。
函館ハリストス正教会復活聖堂(1988年修復完了)
パックを塗布した表面
ニコライ堂(2000年修復完了)
パックの剥離洗浄中
蘇った“美肌”
修復前後(左・右)の太鼓楼
亀山本徳寺(2004年修復完了予定)
5年の歳月をかけて描かれた花曼荼羅
境内正面の“惣門”
修復を待つかやぶき屋根
190年ぶりに姿を現した屋根裏の小屋組
正法寺(2005年修復完了予定)
甦るの章
護るの章
 文化財の経年劣化をハイテクにより修復保存する作業も続いている。伊達政宗が築城した仙台城では大掛かりな石垣修復が進行中で,築城当時の姿を正確に再現するために最新のコンピュータ技術が活躍している。また色鮮やかな壁画を有する奈良県明日香村のキトラ古墳では,古墳の状態の分析や壁画修復作業を支援する新鋭施設を完成させた。
解体前の石垣の様子
仙台城址石垣(2004年修復完了予定)
覆屋施工前の現地状況
キトラ古墳覆屋(2003年竣工)
甦るの章
転じるの章
 コンバージョン(用途変更)は,伝統的な建物を改修して長く使い続ける欧米では,受け入れやすい事業手法である。文化施設ではパリの鉄道ターミナル駅をオルセー美術館に生まれ変わらせた例が有名だ。
 当社が設計・施工した文化面でのコンバージョンの代表例としては,ウイスキー蒸留所の施設から華麗な変身を遂げた軽井沢メルシャン美術館,講談社の初代社長で美術品収集で知られる野間清治氏の邸宅に隣接する旧野間邸を,そのまま美術館に転じた野間記念館が挙げられる。
 このほか当社施工で歴史的建造物と最先端のインテリジェントビルとの融合を図った横浜情報文化センターなどがある。
改修前の樽貯蔵庫
改修前の製樽場内部
軽井沢メルシャン美術館(1995年改修終了)
樽貯蔵庫から生まれ変わった美術館。1996年 BELCA賞ベストリフォーム部門を受賞した。
旧横浜商工奨励館全景
旧横浜商工奨励館内部(物品陳列場)
横浜情報文化センター(2000年竣工)
講談社野間記念館(1999年改修終了)
甦るの章
移すの章
 貴重な文化財を解体・移築することで,後世に伝える役割もある。その代表例に,東京・日比谷の旧帝国ホテル中央玄関の,愛知県犬山市・明治村への解体・移築がある。このほか東京・目黒の婚礼宴・集会施設「目黒雅叙園」を全面改修するに際して,壁や柱,天井などの内装材として利用されていた美術品約3,000点を解体・保管・修復して,新施設に再利用した。
目黒雅叙園(1991年竣工)
目黒雅叙園(1991年竣工)
和宴会場・玄関ホール(竣工当時)
帝国ホテル中央玄関(1974年移築整備完了)