葉山発 海辺通信
葉山発 海辺通信  vol.1 魚たちのゆりかご

 文:久野康宏
 撮影:山木克則(当社葉山水域環境研究室)
 協力:NPOスクーバミュージアム 葉山アクアリゾート


 三浦半島西岸,相模湾を臨む海岸に迫る緑深い山。そして眩いばかりの太陽がふりそそぐ温暖な気候。風光明媚な葉山の海辺に暮らしはじめて8年。四季が移ろうたびに風土,とりわけ岩礁といわれる岩のつながりに護られた,浅く静かな海に惹かれています。今まで,仕事で世界中の美しい海を潜り歩いてきましたが,この海ほどの四季折々の劇的な変化や,さまざまな生物が棲む多様さには出会えませんでした。表面的にはきれいに見えない水面をくぐると,驚くほど生命に満ちた環境が広がっているのです。
 これから12か月,季節の変化を追い,そんな葉山の海の本当の豊かさをお伝えしていきます。
 さて,今回紹介するのは全国的に消滅しつつあるアマモという海草(うみくさ)。波の静かな遠浅の砂地に根をおろすアマモは春から初夏に育ち,海の中の流れを弱めます。すると,水中を漂う栄養物が葉のまわりに積もり,それを食べに多くの生物が集まると言われています。
 また春に生まれたばかりの幼魚たちにとっては,大きくなるまで肉食魚に食べられないよう身を隠す格好の場所。いわば生命のゆりかご。周囲の海を豊かにするとても貴重な環境なのです。
 実は三浦半島にも数カ所,アマモが群生する「アマモ場」が見られるのですが,それはひっそりとした入り江の奥とか,人が生活していない環境が多いようです。ところが葉山の海にもアマモ場があると聞いて耳を疑いました。鹿島建設・葉山水域環境研究室が漁師さんの協力を得て,地元NPO(非営利団体)の人たちと潜水調査をすすめているというのです。たくさんの人がそばに住み,生活排水が流れ込み,漁船が出入りする港の脇。そんな海の底に海草が揺れているなど,誰が想像するでしょうか。
 なぜこの場所に群生しているのか?これからどうすればアマモ場を増やせるのか?葉山の海から,やがては全国沿岸海域の保全へつなげていきたいという彼らの想いに共感し,調査に参加するようになりました。
 海の中の「草原」に身を置いてみると,小魚の群れ,砂に潜むカニ,葉の表面に付く巻貝や小さなエビたちが次々と視界を横切ります。水深2,3メートルの海底は活気あふれる「魚たちの町」でした。自宅の前,8年間毎日のように目にしていながら存在に気づかなかったこの水面下の空間に,これほどまでに多種多様な生き物が暮らしている。海の中で深い感動を覚え,同時に生き物を育む,このかけがえのない空間を守っていきたい。アマモへの愛おしい気持ちで胸がいっぱいになったのです。
アマモ
【著者紹介】
くの・やすひろ
1965年東京・佃島生まれ。
現在,神奈川県葉山の海辺に在住。
スキューバダイビング専門誌の制作に13年間携わり独立。
フリーの編集者&ライターとして取材活動を続けている。
ホームページはhttp://www.kunokuno.com/