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完全密閉型遺伝子組換え植物工場
当社の注目技術や旬の話題をピックアップして,担当者からわかりやすく解説してもらうコーナーです。
今月は,当社が設計・施工を手掛けた世界初の「完全密閉型遺伝子組換え植物工場」を“検索”。
“検索結果”は,このプロジェクトにチームで取り組んだエンジニアリング本部の藤田尚也課長,相馬一郎課長,技術研究所の高砂裕之上席研究員にお願いしました。
収穫した植物は凍結乾燥等により不活化し,抽出・製剤化のプロセスへ持ち込む遺伝子組換え植物を利用した医薬品製造
 ワクチン等の医薬品の原材料となる蛋白質は,微生物や動物細胞を用いて生産されている例が少なくありません。バイオテクノロジーの進展により,医薬品原材料となる物質を作る働きをもつ遺伝子を植物に導入し,その植物を利用して医薬品を生産するための研究が国内外で進められ,注目を集めています。この遺伝子組換え植物を利用した医薬品製造は
● 感染症のリスクが低く安全性が高い
● 大規模な培養タンクなどを必要とせず,常温で保存・輸送できるため,生産コストが低減できる
● 可食作物を利用して「食べるワクチン」が実現できる
といったメリットが期待されています。
 既にインターフェロンを発現する組換え植物の作出に成功する等,最先端の遺伝子工学研究に取り組む独立行政法人産業技術総合研究所(以下産総研)が計画した「北海道センター密閉型遺伝子組換え植物工場」は,こうした植物を活用した有用物質生産技術の産業化を目的とした施設です。

鹿島の総合力で世界初にチャレンジ
 この施設は,外界から隔離した人工環境のもとで,遺伝子組換え植物の栽培育成から,蛋白質の抽出・加工・製剤を一貫して行う,完全密閉型の遺伝子組換え植物工場です。
 設計にあたっては,「組換え遺伝子の漏出の阻止」「植物に適した栽培環境の創出」「清浄度の高い製造環境」という厳しい条件が求められました。
 これをクリアするため,建築および設備技術者と植物の専門技術者が連携。当社の各種医薬品工場建設の豊富な経験と,東洋最大級の環境制御温室型植物工場の設計・施工実績のノウハウを活かして,世界初のプロジェクトに挑みました。
遺伝子組換えイチゴを栽培する栽培室A。その他の栽培室では稲やジャガイモ等が栽培される

「完全密閉型遺伝子組換え植物工場」
 この工場は,産総研の北海道センター内にある既存の実験棟内部に設置されました。工場内は,「植物栽培エリア」と「製造エリア」から構成されています。
 「植物栽培エリア」では,厳密な空調管理により,温湿度や光環境,CO2濃度をコントロールし,ここで遺伝子組換え植物を栽培します。こうした人工制御された環境下での植物栽培は,季節・天候に左右されずに均等品質のものを安定生産することができます。
 また,花粉などを含む組換え植物体が外部へ漏出するのを防ぐ空調のフィルター制御や栽培室の圧力制御,排水の滅菌処理等,バイオハザード対策を整えています。動線も「作業員」「組換え植物」「物品」の3つに明確に分離し,厳密な入退出管理を行います。
 「製造エリア」は,通常の医薬品工場と同等のクラス100から100,000※のクリーンブースおよびクリーンルームから成り,ここでは,凍結乾燥などにより不活化処理を施した組換え植物体から蛋白質の抽出・加工・製剤を行います。
 工場面積261m2という狭い空間に,植物工場の完全な環境制御技術と医薬品製造施設の高度な技術とを,ひとつのシステムとして機能的に整備し,新しい産業技術の発展へ大きな貢献が期待できる点が評価され,2007年度グッドデザイン賞金賞(経済産業大臣賞)の栄誉に輝きました。

※クリーンルームの清浄度を表す指標として,1立方フィートあたりの空気中に0.5メートル径の粒子がどのくらいあるかで表す。クラス100は1立方フィートあたり100個程度のスーパークリーンルームを指す(通常の大気は100万個程度)

完全密閉型遺伝子組換え植物工場平面図外界と遮断した完全人工環境の中で,<遺伝子組換え植物の栽培>⇒<遺伝子組換え植物の不活化>⇒<医薬品の製造>が行われる。動線は「作業員」「組換え植物」「物品」の3つに明確に分離し,厳密な入退出管理を行う
栽培室に整備された空調・灌水システムの概略図。空調システムは,相対する壁一面に配された給排気口による一方向流を形成し,内系で循環させる。植物から蒸散された水蒸気は回収されて,灌水システムの補給水として利用される 照明システム。光の強さや照射時間等,植物にとっての光環境を任意に制御できる
研究員は施設への入退室の要所では,エアシャワーを浴びて,ほこりや花粉などを払う 監視・制御室では,総合環境制御管理,環境モニタリング,セキュリティ管理が行われ,稼動状況・安全性を確認
実績を様々な分野へ応用展開
 当施設は「遺伝子組換え生物等の使用等の規制による生物の多様性の確保に関する法律(カルタヘナ法)」の第2種産業使用等に関する規制の適合施設として,第1号の認定を取得。ヒト用の医薬品だけでなく,ペットや家畜などの動物用医薬品,今人気のサプリメントなど健康食品の成分となる機能性物質の生産に関する研究も進められています。
 このような遺伝子組換え植物による有用物質生産の実用化と応用展開を目指し,2007年から経済産業省の研究開発プロジェクトがスタート。当植物工場はその中核施設であり,当社も参画しています。また,4月にドイツで開催される世界最大級の産業技術総合見本市「ハノーバー・メッセ2008」にも,出展が決まっています。
完全密閉型遺伝子組換え植物工場
施設概要
産総研北海道センター密閉型遺伝子組換え植物工場
場所:札幌市豊平区/発注者:独立行政法人産業技術総合研究所/基本設計:独立行政法人産業技術総合研究所/詳細設計:当社エンジニアリング本部 当社建築設計本部(構造)
規模:S造 1F 延べ 261m2(既存実験棟内に設置)
2007年2月竣工(札幌支店施工)
未知の分野を切り拓く チームの絆
左から技術研究所 地球環境・バイオグループ上席研究員 高砂裕之エンジニアリング本部 情報エンジニアリンググループ課長 相馬一郎エンジニアリング本部 アグリ・バイオグループ課長 藤田尚也 3人は,2005年に完成した東洋最大級の環境制御温室型植物工場を手掛けている。その経験と実績に基づき,今回のプロジェクトで再び集結した。藤田さんは建築設計,相馬さんは設備設計,高砂さんは植物生態の研究者である。専門の異なる3人の技術力とチームワークで,未知のプロジェクトを成功へ導いた。
 「世界初となる施設を実現するために要求される高度かつ困難な条件,公共機関の発注による規定,関連法規,コスト,スケジュール等,様々な高いハードルをクリアし,設計的にどうインテグレートするかが腕の見せどころとなりました」(藤田さん)
「植物分野の学術的な知見をエンジニアリングレベルに落とし込むのはチャレンジでした。私たちの要求をかたちにしてくれた現場に感謝したい」(相馬さん)
 「このプロジェクトを通じて様々な分野の方々と出逢うことができ,これからもその繋がりを大切にしていきたい」(高砂さん)