特集:医療・福祉施設と鹿島

これからの医療のかたち
「治療工場」から「癒しの環境」・「健院」づくりへ

 高齢化が急速に進む日本。医療・福祉はこれからどのような方向へ進もうとしているのか?
 そして,その中で建築はどのような役割を果すことができるのだろうか?
 病院建築計画学の第一人者である東京大学長澤教授と, 医療・福祉関連施設の担当者との座談を通 じて,これからの医療・福祉施設づくりについて考えてみたい。


長澤 泰
ながさわ やすし
東京大学工学部建築学科教授。工学博士。1944年生まれ。専門は病院建築計画学。日本病院管理学会理事・日本医療福祉設備協会理事・日本医療福祉建築協会理事を務める。現在,世界各国の大学と連携してGUPHA(Grobal University Programs for Healthcare Architecture)という研究体制を提唱し,2050年の病院のあり方,ヘルスケアの環境などを世界的な規模で検討する活動も行っている。
長澤 泰

高原 浩三
たかはら こうぞう
常務取締役。営業本部担当,新規開拓,医療・福祉施設分野担当役員。取締役企画本部副本部長を経て1997年6月より現職。

島津 護
しまづ まもる
設計・エンジニアリング総事業本部本部次長。1970年入社。建築設計本部から米国DMJM設計事務所研修,KII出向,旧東独設計・施工ターンキープロジェクトの参画を経て,1999年4月より現職。その間,日本歯科大学新潟病院,愛知医科大学病院等を担当。

木島 暁 木島 曉
きじま さとる
営業本部医療・福祉チーム部長。1970年入社。建築設計本部,支店設計部,設計・エンジニアリング総事業本部を経て1996年4月より現職。その間,亀田第一病院,老人保健施設愛宕の里,六本木嶋田医院医療ビル等を担当。

森山 洋 森山 洋
もりやま ひろし (司会)
営業本部本部次長兼営業統括部長。医療・福祉チームリーダー。1966年入社。名古屋支店営業部を経て,1973年より営業本部で勤務。入社以来一貫して営業を担当。1996年10月より現職。


●医療と建築の橋渡し

森山 本日は,日本の病院建築計画学の第一人者でいらっしゃいます東京大学の長澤先生にお越し頂きまして,これからの医療施設につきまして,最先端のお話をお伺いして,当社の活動のヒントにしたいと思います。
長澤 よろしくお願い致します。
 私ども鹿島では4年程前,梅田社長が営業本部長時代に,医療・福祉を今後も安定した成長が見込まれ,そして社会的にも重要な分野であると着目して,従来にも増して,積極的に取り組む方針を決めました。そして営業本部内に営業をはじめ設計・開発を含む約20名のメンバーで医療・福祉チームを立ち上げました。この分野は極めて地域性が強いことから,昨年から全国の支店・営業所に約150名の医療・福祉担当者を置き,本支店・営業所が一体となって対応しています。その結果 ,お客様の生の声が手に取るように分かるようになって参りました。
長澤 私は病院の研究を始めてから25年位になります。70年代後半にイギリスへ留学しておりました当時は,やや経済が陰った時期に差しかかっていましたが,それにもかかわらず,ここの最大の産業は何かと尋ねたら,それは医療だと言われました。私は図らずも有望な分野を専攻したなと,その時思ったのを覚えています。
 私自身の役割は,病院をつくるときに,建築側としてうまくいくようにお手伝いをすることだと思っています。お医者さん・事務長さん・看護婦さんといった医療施設の方と建設・設計の方との間では,双方の考えていることがなかなか伝わらないことがよくあります。私は,その橋渡しというか,“建築的に解釈するとこうなんですよ”,という通 訳のようなことをやっているつもりなのです。今お話を伺いますと,だんだんと話が通 じるようになってきたようですから,建設の方もその役割を担われるようになってきたのですね。

●8つのニックネーム

森山 私どもが日頃の営業活動を通じて分かってきたのは,施設の関係の方々がいかに多くの悩みを抱えているかということです。先生は日本の医療施設の現状について,どのように捉えていらっしゃいますか。
長澤 日本に限らず,どの国もみな医療・福祉関係は課題が多いですね。私はかねてより日本の病院の現状について特徴的なことを「8つのニックネーム」をつけて呼んでいますが,ここではその内の代表的な三つについてお話しましょう。
 一番目は,デパート病院だということ。つまり,専門店ではなく色々品揃えされていて,診療科目は揃っているし,放射線の機器なども揃っているし一応何でもできるわけです。
 二番目は,スクラップ・アンド・ビルド,つまり使い捨て病院ですね。ドイツのある病院を見に行きまして,建物がとても綺麗なのでこれは2〜3年前に建ったものですか?と尋ねたら,10年前だと言うのです。日本では10年経って新築と間違えるような病院は殆ど無いですね。余りお金をかけずに建てて,ちょっと古くなればすぐ壊して建て替える。これは病院に限りませんね。
 三番目は,ラッシュアワートレイン病院,通勤電車病院ですね。狭い面積の中にぎっしりとベッドを詰め込んで,今どこを走っているのか実は分からない…等々。日本の病院については,いつもこのような感じを持っています。
 おっしゃるとおりですね。今後の医療の大きな流れをみますと,日本の病院も機能分化と相互連携を進める方向にあると言われておりますね。まず一次医療のかかりつけ医,そしてそれ以上の高度な治療が必要な時は,二次・三次医療という形になるというように。
長澤 以前からWHOでは特に,プライマリー,セカンダリー,ターシャリーと,三段階の医療機能を明確にして,地域の中でそれぞれ適切な施設を建てるように勧めてきました。しかし,日本では関係者の意識の問題もあり,なかなか進んでいません。機能分化が明確になって施設間の連携がとれるようになれば,もう少しよくなるのでしょうね。


長澤先生の捉えた日本の医療施設の現状


●病院=防災拠点

島津 もう一つ日本特有の課題として忘れてはならないのが地震対策だと思います。特に高度医療病院においては,地震をはじめ災害時の拠点としての役割も果 さなければいけないということが指摘されております。
長澤 災害対策は問題ですね。たとえば新潟地震,あれはたしか30年位前でした。あの地震以降,調査を通 じて被害の状況が分かってきました。その結果,我々は何をやらなければならないかが分かってきたのです。しかし,それが実現できない。そして,5年前阪神でも大きな被害を受けました。実現できないのはなぜか?という研究をそろそろしないといけませんね。
木島 阪神・淡路大震災以降,ようやく地震対策技術が盛んに導入されはじめましたね。やはり安全性からいうと,建物もある程度丈夫なものにすることが必要だと思います。私どもは,災害拠点病院については,災害時における安全の確保と機能保全を考えた免震構造を提案しております。既に稲城市立病院や筑波学園病院などの施工事例もあります。
島津 最近では,特に庁舎や集合住宅などにおいて,制震化・免震化工事を居ながらで施工する実績も増えてきています。海外でも米国西海岸などでは,盛んに免震病院への改修が行われています。
長澤 医療施設では建物そのものは丈夫でも中がグズグズになって,例えば色々なものが落ちたり,X線機器やラックが転倒したりして,病院として機能しなくなってしまうこともあります。そういう意味でも制震・免震技術は特に重要だと思います。
島津 建物の構造だけではなく,機能の確保が重要だということですね。
長澤 そのとおりです。あれは鹿島の技術研究所でしたね,振動台による地震の再現実験が行われたのは。地震時の様子が実感できて,病院関係者も地震対策の必要性を痛感するきっかけになったのではないでしょうか。
森山 私どもはその他にも,病院の防災機能診断プログラムというシミュレーションを開発しております。病院の危機管理がどのくらいできているのかということを判断するツールとして,全国の多くの病院にお送りしまして,大きな反響を頂いております。
木島 この診断プログラムは阪神・淡路大震災時の調査データを基に,病院機能を評価するものです。ライフライン・医療スタッフなど七項目に分けて,ハード・ソフトの両面 から病院の弱点を明らかにします。結果はレーダーチャートで判り易く表示されますし,既存の病院だけでなく計画中の病院についても適用でき,実際問い合せも多いですね。
長澤 研究所で開発した技術を具体的に現場で実践したり活用できるという大変恵まれた状況を持っていらっしゃると思います。私たちも是非学びたいというか,利用させて頂きたいと思います。

●建物の長寿命化へ向けて

森山 営業活動の中では,単なる老朽化だけではなく,その機能が今の時代に合わなくなってきたということから,病院の建替えについてご相談を受けることがございます。度重なるスクラップ・アンド・ビルドは,環境への影響など様々な問題が生じてくると懸念されますね。
長澤 日本では災害の歴史の中で,そのたびにスクラップ・アンド・ビルドすればいいじゃないかという日本人流の心構えができてきたのだと言われています。しかし,最近ようやくサスティナブル・ビルディング(※1)という考えも出てきました。
 病院の場合は中身が陳腐化することが一番問題です。新しい機器,例えばMRI(※2)など,それこそ20年前には全く影も形もなかったわけですから,そんなものを予想して何かをつくっておくことは,できなかったわけです。今後もおそらく思いもよらない新しい機能が生まれてくると思いますね。
島津 IT革命が,病院などの建物に影響を及ぼすであろうことは分かっているのですが,しかし具体的にどう変わるかというと,必ずしも明確ではないということですね。
長澤 そういう時のために,体型が変わっても着られる日本の着物みたいにゆったりと,しかも体型にうまく合わせられるルーズ・フィットのような建物をいかにつくるかが必要になってきます。構造だけはしっかりつくっておいて,中はゆるゆるにして,必要に応じて取り外しや交換ができるというように,機能的に建物を長くもたせるための設計や建設の手法が求められると思います。
島津 そんな観点から病院建築においても,“ゆとり”を科学化し指標として取り入れていく必要があると思いますね。設計の立場から申しますと,今までの病院建築は,法規の制約枠内で最大の効用が求められるような限界設計を常に行ってきたところがあったと思います。しかし,これでは構造的寿命が尽きる前に機能的に使えなくなってしまいます。日本の住宅は30年位 で建て替えるのに対し,欧米だと80年から140年位で建て替える。これからは,地球環境問題や経済問題を考えますと,使えるものを十分に使い切るということが求められますね。
長澤 ウィーンなどでは古い建物の外観は変わらないが,中身は全く新しくなっている例をよく見かけます。なぜそれができるかというと,ご存知のように階高がたっぷりしていて,床面 積も広いからです。それさえあれば何でもできるのではないでしょうか。一方日本では,1cmでも階高を,2cmでも3cmでもスパンを詰めようとしますね。果 してそれが建設コスト削減につながるのかどうか,それで得をしたのかどうか。結局タイトすぎるものをつくって,5年も経つと馬鹿を見たということになるわけです。そのあたりの建設費神話みたいなものが,本当にそうなのかということを,やはり科学的に確かめてみた方がよいと思います。
島津 ヨーロッパのように建設単価をm3あたりで評価する手法も必要なのではないでしょうか。m2単価ですと階高を下げてコストダウンしたような気になりがちですからね。
長澤 “ゆとり”とは何だろうかということをもう少し科学的に考えてみると,時間の要素を入れたいわゆるライフサイクルコストについて,きちんと説明すべきです。現在の投資金が,最終的にどのように還元され,利益になって返ってくるのかという論理をしっかり施主側に伝えられれば「そうか,ではちょっと余裕を持たせておこう,初期投資を多めにしよう」ということになるわけです。
 スクラップ・アンド・ビルドつまり使い捨ての時代から,オペレーション・アンド・メンテナンスの時代に移行しようとしているのですね。当社でも昨年7月にライフサイクルマネージメント室(LCM室)を設けて,建物をライフサイクル全般 にわたって考えること,建物に関するコストをライフサイクルコストで見て,お客様が投資判断する時のお役に立てるようなサービスを提供しています。
木島 病院についてライフサイクルコストを算出してみると,実は24時間稼動しているために50年間ではエネルギーコストの比率が全体の30%にもなり,建物の建設費の1.5倍に相当していることを病院の関係者にお話しますと,びっくりされますね。このことから省エネ・省力化対策はライフサイクルコスト低減のポイントの一つだと言えます。
長澤 建物の長寿命化についてちょっと発想を転換し,インフラストックとして捉えてみると,建物の用途・機能を全く変えて展開していく場合もありますね。例えば,病院を高齢者施設に変えるとか。手術室をもう一回つくり直すのは大変だけど,手術室を事務室に変える,これは簡単ですね。いわゆる機能の要求水準を落としながら使用していく。例えばある場所に新しく病院をつくったら,次には既存の病院は機能を下げて,療養施設とか図書館に改装していく。ヨーロッパでは,このような機能展開が上手ですね。
※1 持続可能な建築物のこと。省エネ・リサイクル・有害物質排出抑制を図りながら,構造的にも機能的にも維持することができる建築物
※2 Magnetic Resonance Imaging 放射線を使わずに組織の水素原子核の変化を画像化する装置。各臓器の特性に応じた方向の詳細な断層画像が得られる


実験前 実験後
振動台による阪神・淡路大震災の再現実験(病室)の様子(1995年6月実施)
実験前(左) 実験後(右)

ライフサイクルコスト(LCC)の概念図


●癒しの環境とは?

森山 医療・福祉施設のアメニティに対する関心が最近高まってきていると思います。先生は「癒しの環境」をご提唱されていますね。
長澤 私が癒しの環境を発想したきっかけは二つあります。一つは古代ギリシャのアスクレピオス神殿でした。アスクレピオスは健康を司り,病気を治す神といわれ,神殿は,患者さんが家族とともに来て,例えば夢の治療とか心理的な療法を含めて,温泉の転地療養みたいに楽しむところなのです。家族も一緒というのも良いと思うんですね。そういう癒しの環境,これが本来の病院の原型ではないかと考えました。二つ目は,19世紀の中頃にナイチンゲールが著した『病院覚書』です。「病院の果 すべき最初の役割は患者に害を与えないことだ」と冒頭に書かれているのです。ということは,当時も害を与えていたわけですね。我々が今設計している病院というのは,本当に患者さんに害を与えていないか。この100年,特に医学は急速に進歩し,要するに身体の修理工場はつくったかもしれません。しかし,心は傷ついて出てくるなんていうことがあったかもしれないと思って,ちょっと発想を変えなくてはいけないと思いました。
 そんなことから,むしろ病院の建築に携わる我々が,患者さんがそこにいると楽しい場,治ってしまいそうな気分になる場,あるいはお医者さんや看護婦さんが働きやすい場,そういう環境をもっと積極的に提案できないかと考え始めたのです。
森山 具体的にはどんな環境づくりを目指せばよいのでしょうか。
長澤 癒しの環境を実現させるには,三つの要素があります。一つには自然という環境をどのように取り込むかを考えなければいけないと思います。二つには人間関係が大変重要です。近頃インフォームド・コンセントが話題になっていますが,医療・看護スタッフと患者さんとの関係,家族との関係,つまり社会との絆・コミュニケーションを保つ環境が大切です。三つにはやはり空間が癒しの環境のもとになる。特に患者さんは寝ていますから,天井が気になります。天井高を含めて空間というものをしっかり考えなくてはいけないと思います。そのあたりの研究を少しずつ進めつつあるところなのです。
木島 患者さんを取り巻くどの要素も大切だと思いますが,我々が直接できることを考えてみますと,やはり自然環境と空間という要素だと思います。
長澤 テキサスA&M大学の教授が,10年間の外科病棟のカルテを調べてみると,窓から緑が見える病室にいた患者さんと,壁しか見えない病室の患者さんとでは明らかに有意の差が出たわけです。緑が見えている人のほうが,まず手術後の入院期間が短い,痛み止めの薬の投与量 が少ない,それから看護婦さんへの苦情が少ないということが分かりました。
森山 やはり自然環境から受ける影響が随分大きいわけですね。例えば市街地にあった病院が自然の豊かな郊外へ移転する事例もあります。
島津 長期療養型(慢性期)の病院については,今伺った先生のお考えが必要だと思われます。実際大都市では自然環境に恵まれた病院はそうはありません。当社の技術研究所でも,植物によるヒーリング(癒し)の研究を進めています。屋上を利用して,身近な自然環境を人工的につくり出した庭園を,エコヒーリングガーデンと名づけ,ランドスケープ部署とともに,これに関連した技術の商品化を行っています。現在増改築中のつくばセントラル病院など,医療施設でも実用化されております。
長澤 どういう植物ならよいとかを実証して頂いて,ぜひ教えてください。
木島 先生がおっしゃられている「癒しの環境」ですが,実はこれが医療の原点ではないかと思います。医療というのは患者さんの身体を治すだけではなく,心を治していくことが大切だと改めて認識しました。患者さんの自然治癒力などを含めて,医療は行われていくべきではないかと。東洋医学の場合,かつては療養環境を重視していましたけれども,西洋医学が入ってから,療養よりも治療の方に重きを置くようになった。その結果 ,明治以降の病院建築は療養あるいは療養環境の治癒力というか心の問題が,ある意味では置き去りにされてきたように思います。
長澤 そのとおりだと思いますね。21世紀になると,恐らく精神医療が重要になってきます。遺伝子の解明が進み,物体・物質としての身体は次第に分かってきたんですね。分からないのは精神構造です。実は,精神と身体は密接で,精神が治れば身体も治るということもありますね。原因不明の胃炎も,実はストレス性だったり。建築は身体を直接治すことは難しいですが,精神に働きかけることの方が容易だと思います。
木島 病院を特殊な環境と位置づけるのではなく,なるべく自分の家にいるのと同じような環境をつくって,内在する自然治癒力を引き出していくような療養環境がもっと考えられてもいいのかもしれませんね。例えば,病院内に図書室があって本やビデオを借りられたり,使い慣れた家具を持ち込めるとか…。これが社会との絆・コミュニケーションという要素の一つだと思われますね。
長澤 間接的な方法になりますが,患者さんを治すためには,まずお医者さんや看護婦さん等のスタッフがもう少し精神的ゆとりをもてるような環境を整備する必要があると思います。もっとゆったりして仕事ができれば,患者さんも安心し,治癒にも効果 的ではないでしょうか。
 病院に行きますとお医者さんや看護婦さんは本当によく働いておられますね。あの動きを見ているだけで,ストレスがたまっていくような感じがします。
長澤 あれでは気の毒です。やはり我々建築のできることは,まず働きやすい環境,または働きたくなるような環境を整備することだと思います。海外,特に先進国に行くと,こんな程度までやっていいのかと思うくらい,医療や看護のスタッフに対してのスペース的なケアがすごいですね。例えば職員食堂一つとっても,もう高級レストランのような感じのところが幾らでもあります。日本でも,三重県では職員が入れる露天風呂を持つ施設があります。そういうスタッフのための環境を整えることについて,もっと余裕を持ってやらなくてはいけないと思います。
 確かにゆとりのある環境はスタッフの意識を高めますよね。良い人材も集まります。それは,結局回り回って,患者さんにとってもよくなるということなのですね。これは医療施設だけではなく,福祉施設の分野にも共通 することだと思います。


ニコラウス クザヌス ハウス(ドイツ シュツットガルト)のアトリウム
ニコラウス クザヌス ハウス(ドイツ シュツットガルト)のアトリウム。
この老人ホームは,建物の中に広い空間を作り,自然を取り入れている

癒しの環境



●「病院」から「健院」へ

森山 日本でも,予防医学やリハビリテーションなどにもっと力を入れようとしています。これからの医療施設の一つのあり方として,先生は「病院」ではなくて「健院」をご提唱されていますね。
長澤 医学がそれほど発達していなかった時代には,患者さんを社会から隔離して,僧院のような場所で治療をしていたわけです。20世紀初頭から特に外科が急速に進歩しましたから,病巣を除去して治すことを主体にした治療工場のような環境が病院になりました。我々はそれを常識だと思っていますが,今の病院の姿が,果 してこれから先1世紀も2世紀も長く続くのかなと思うのです。それでは次に替わるものは何かというと,それは患者さんにとって有益な場所であるべきだと考えまして,病の家ではなく健康の家,つまり健院という言葉をつくったのです。
木島 先生は,具体的にはどのようなイメージをお持ちでいらっしゃいますか。
長澤 例えば1,000ベッドの大病院をつくる代わりに,1,000戸の本当によくできた住宅をつくって,そこで治すイメージです。またコンビニが検査窓口になれば,病院の外来機能の一部をそのような形で風化させてしまうことも考えられます。たぶん集中型ではなくもっと分散しているわけです。日常生活の中に埋没している機能をうまく拾い集めてつないでいくと,もっとすばらしい治癒環境ができるのではないだろうかと思います。
森山 そうしますと,先生のおっしゃる健院は今の病院の延長線上にはないものですね。
長澤 そうです。今の病院の形としては考えられません。ただし,いくら健院で病気が予防できても,やむを得ない事情で急性の病気になることもありますよね。そういうときには,今の病院にあたる機能がもっと特化された救命救急病院みたいなものとして整備されてよいと思います。ですから,今の病院の機能が全くなくなるとは思いません。慢性疾患の治療や予防についてはもう少し分散化していくでしょう。コンビニもそうですが,もしかすると学校あるいはスポーツジムなどが健院の一部になっていく可能性もあります。
 お話を伺いますと,急性期の病院については,医療の高度化,効率化を進めていく努力をする必要があり,一方の慢性期型の病院では,療養環境を癒しの環境として整備することが求められているということですね。
 つまり,患者さんや施設入居者のニーズを満たす顧客満足度(CS)や,そこのスタッフや従事者が喜んで働ける従業員満足度(ES),ひいては時代の要請に応える社会的満足度(SS)をも満たす,真に快適な環境づくりが大切であることがよく理解できました。
 本日の貴重なお話を参考として,私どもが今まで培って参りましたホテル・商業施設・学校・住宅などの様々な生活サービス環境づくりのノウハウを,医療・福祉の分野にも活かして,これからも皆様のお役に立てればと思います。ありがとうございました。


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