葉山発 海辺通信 |
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vol.7 渚の漁師
文:久野康宏 |
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葉山・真名瀬(しんなせ)は静かな水をたたえる渚。浜のすこし沖の海底から立ち上がった岩が岸と平行に連なり,自然の防波堤の役割を果たしています。ですから台風が直撃でもしない限り,荒波が岩を越えてくることはなく,浜を洗うのはさざ波だけ。砂浜に寝ころび,寄せては返す水のささやきに耳を傾けていると,すーっと気持ちがやわらいでいくのがわかります。 葉山に移住して間もなくこの渚を見つけ,すぐに波音のやさしさの虜になりました。毎日のように真名瀬を歩くようになったある日,浜の近くで生まれ育った漁師,矢嶋四郎さんと出会いました。漁を終え,砂浜の小屋で破れた漁網を直しているところでした。野球帽,首にバンダナ,襟つきシャツ,ジーンズといういでたちに目が留ったのです。漁師といえばゴム引きの防水性の高いウエアがユニフォームのようなものなのに。 小屋のまわりに無造作に置かれた道具類にも心惹かれました。素焼きのタコ壺や,素焼きのおもりが繋がれた木綿の漁網など,昔ながらの素朴で美しいものばかり。服装といい,道具といい,そこに男の美学を感じました。そしてなによりも強く印象に残ったのは柔和な表情。地道な作業をしているのに心から幸せそうでした。 それからは浜を歩くたびに小屋を訪ねるようになりました。四郎さんは突然の訪問者にいつも笑顔で応えてくれます。漁のこと,潮や風のこと,岩礁の生物のこと,海に生きる者の言葉に心躍り,それからお茶を御馳走になる。砂浜でのひとときは,かけがえのない宝物のように思えました。 四郎さんが日々海で獲る量は限られています。それは編み目の大きな網など,現代のものに比べれば獲物を逃す確率が高い漁具ばかりを使っているからです。自分自身を使い捨てができない古い人間だから,と言います。しかし,こうした旧式な漁具が海の幸を獲り過ぎないよう,いい塩梅に調整しているのかもしれません。 効率の良い現代の漁具は漁を楽にするかもしれませんが,乱獲も生みます。彼が昔からの道具をあえて使い続けるのは,海をたいせつに想う気持ちが根底にあるように思えるのです。私もできることならば,一緒に真名瀬の美しい渚を残していくための手助けをしていきたい。そのために陸からではなく,海からの視点でその素晴らしさを一人でも多くの人に伝えていこうと思います。四郎さんのように。 |
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【著者紹介】 くのやすひろ 1965年東京・佃島生まれ。 現在,神奈川県葉山の海辺に在住。 スキューバダイビング専門誌の制作に13年間携わり独立。 フリーの編集者&ライターとして四季感と多様性に満ちた相模湾の魅力を水面上と水面下,両方の視点で伝えようと取材活動している。 海辺暮らしを綴ったホームページは http://homepage.mac.com/slowkuno |