特集:魅せる――建築のリニューアル

施設の特性を生かしたリニューアル
 昨年,日本プロ野球界50年ぶりの新球団誕生で話題となった「東北楽天ゴールデンイーグルス」。そのフランチャイズ球場「フルキャストスタジアム宮城」は,築50年を越える宮城球場を2回のオフシーズンを利用した2段階の改修計画により,夢のあるボールパークに再生させたリニューアル事例だ。既存球場の特性と周辺環境を存分に生かした“リニューアルだからこそできたユニークなボールパーク”――。
 いま,このスタジアムの画期的なアイディア改修に影響をうけ,各球団が次々と球場の改修をはじめている。
改修前 改修後。既存施設の外周に増築した「ボールパーク養成ギプス」
改修前。外野は芝生席のみだった 改修後
工事概要
(仮称)宮城球場改修(第1期・2期)工事
場所:仙台市宮城野区 発注者:楽天野球団
設計:当社建築設計本部
敷地面積:210,227m2 建築面積:13,193m2
延床面積:25,818m2
2006年3月全体竣工(東北支店施工)
市民の思い出がつまった野球場の改修
 旧宮城球場は,1950年に竣工。仙台市民の憩いの場として知られる宮城野原公園総合運動場内に整備されたスポーツ施設のひとつであり,アマチュア野球の聖地として市民から愛されてきた。
 2004年秋,プロ野球再編で東北楽天ゴールデンイーグルスの新規加盟が決まり,フランチャイズ球場として旧宮城球場に白羽の矢が立った。ロッテオリオンズが移転して以来,プロ野球の空白地となっていた仙台。28年ぶりの地元球団の誕生に市民の期待は高まるとともに,市民の思い出が詰まった歴史ある野球場の再生に注目が集まった。

負の条件をプラスにかえた“ボールパーク改造計画”
 古くて狭い老朽化した野球場を,短工期でいかに劇的にリニューアルするかが大きな課題であった。「古い」は「歴史ある野球場」,「狭い」は「選手と観客とがひとつになれる」――。負の条件をプラスに生かしたリニューアルによって“ここにしかない球場”づくりを目指した。
 「内側に広げる(=より近くで)」「外側を取り込む(=より自由に)」「ボールパークとして補強する(=より贅沢に)」がリニューアル・コンセプトとなった。通常,外側に拡張する観客席をグラウンド側に広げるという「狭い」から生まれた逆転の発想は,臨場感溢れる観客席を創り出した。また,球場の歴史とともに歩んできた周囲の公園を一体化させることで,狭い球場に広がりが生まれ,本来の地域密着型の球場としての役割を継承することができた。そして球場としての価値を高める「ボールパーク養成ギプス」の新設は,ファサードデザインを一新させ,新時代の球場に相応しいホスピタリティとエンターテインメントを実現させた。
 施設の特性を生かしたバラエティに富んだアイディアの数々は,多様なファン層がプロ野球をとことん楽しむことのできる“ユニークなボールパーク”を誕生させた。
“ボールパーク改造計画”のリニューアル・コンセプト――フルキャストスタジアム宮城
リニューアル・コンセプト1――
「内側に広げる(=より近くで)」
 観客席を拡張する場合,普通2階席として上に積むか,後部に増設する。しかし,それではグラウンドから遠くなってしまい,魅力的な席をつくることは望めない。
 もっと近くで,もっと楽しめる席を増やすために――。余裕のあるファウル・グラウンドを使って,既存の席よりも前に席を増設した。客席のレベルはグラウンドに近づくほど低くなる。最前列は地面に潜り込み,観客の視線はダッグアウトと同じ高さとなった。近くて低い視線によって,これまでにない,臨場感,スピード感を味わえ,選手の所作や表情,声までを間近で感じることができる。
 この逆転の発想が,「フルキャストスタジアム宮城」でしか味わうことのできない魅力的な観戦スペースを創り上げた。
砂かぶり席。打席に立つ選手が目の前に見え,ファンにはたまらない席だ
リニューアル・コンセプト2――
「外側を取り込む(=より自由に)」
 狭い球場に新たな広いスペースをつくるために,周囲の既存公園を球場の一部として取り込み,ランドスケープに開かれた球場のイメージを創出した。県の協力により,公園の一部を球団の管理エリアと位置付けて,野球場と一体的に利用することを可能にした。
 球場の外野席の法面に工事の排出土を利用して「楽天山」と呼ばれる緩やかな丘をつくり,広いスロープとともに,周囲の公園と野外の観客席を連続させる場とした。同時に,楽天山の裾に芝生席を残すことで,公園との一体感を強調した。
 また,ブルペンを公園側からみえる位置に設けたほか,外からフィールドがうかがえる切り通しなどをそのまま生かし,試合の雰囲気を周囲の公園にも伝える役割をあたえることで,地域の人々に開かれた球場を演出した。
楽天山へと続く芝生席は,ピクニック気分で観戦できる 樹齢50年のヒマラヤ杉を保存
楽天山
リニューアル・コンセプト3――
「ボールパークとして補強する(=より贅沢に)」
「ボールパークとして補強する(=より贅沢に)」
 老朽化した野球場を,より快適でエンターテインメント性の強い施設に再生するために,バックネット裏スタンドの外周に,既存構造物をさわらずに5階建ての弓型の施設を増築した。その名も「ボールパーク養成ギプス」。古い野球場の機能を補強する意味を込めて名付けられたこの施設は,観客を迎える玄関口でもあり,ファサードデザインの一新にも一役かった。
 観客席を増設しながら不足している施設や設備を増やす場合,通常は新たにできる観客席の下のスペースを利用するが,こうしたスペースは,売店やトイレにしか利用できない。バックネット裏という価値の高い場所に新たな建物を増築することで,バックネット裏のコンコースを広げ,選手・関係者施設の設置,ボックス席やクラブシート,レストランなど贅沢で魅力ある観客席を新設することができた。
内部断面 正面図
バックネット裏スタンドの外周に増築するかたちで設置された
5層構造。1階に選手・関係者施設,2階はバックネット裏のコンコースを広げ,3階には飲食店舗が入ったフードコート,4階には飲食と観戦が楽しめる個室型のボックス室を設置。5階は報道関係者席,実況ブース,ガラス張りの室内で観戦できる会員制の「プレミアムラウンジ」となっている
ファウル・グラウンドを使用して内側に新たな席を広げ,周囲の公園を取り込み,開放的な球場とした。また,新たにボールパーク養成ギプスを新設し,スタジアムとしての施設・設備を補強した



Phase 1 企業ブランドを建築で表現したリニューアル
Phase 2 価値ある建物の保存〜20世紀の名建築を21世紀に蘇らせる〜
Phase 3 施設の特性を生かしたリニューアル