BACKSTAGE

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MRI室をガラス張りにする20mmのライン
日々進歩する医療技術。そのなかでも画像診断技術は,病気の早期発見と治療を可能にする大きな武器となっている。
CT(コンピュータ画像断層撮影),MRI(磁気共鳴映像装置),PET(陽電子放射断層撮影)といった言葉は多くの人が耳にしているだろう。一方で,こうした装置での受診を経験した人は,あの密室のような空間に抱いた不安感や圧迫感を思い出すかもしれない。
そんなイメージを覆すMRI室が,この春に誕生した。世界初のシースルー型MRI室である。
ガラス張りの明るい部屋を実現させたのは,厚さ20mmのスティックだった。
シースルー型MRI室。ガラスの手前が操作室,MRI装置の見えるのが検査室。ガラス面に横に走る銀色のサッシュのような部材が,磁気を封じ込める「シールドスティック」
建築概要
JA岩手県厚生連検診センター新築工事のうち
MRI撮影室シールド工事
場所:岩手県盛岡市
発注者:財団法人 岩手県予防医学協会
設計:アクトエンジニアリング
用途:医療施設
規模:5,000×7,100×2,850mm
工期:2004年2月〜3月
(東北支店施工)
 世界初のシースルー型MRI室が登場したのは,岩手県盛岡市に完成した「人間ドックセンター」である。この医療施設は,入院ではなく検診を目的としているため,受診者の抵抗感や心理的圧迫感を取り除くことを第一に考え,新しい技術を採用したという。
 「磁気共鳴画像」を意味するMRI(Magnetic Resonance Imaging)は,強力な磁場内に人体を置き,電波を加え,水素原子核を共鳴させることで画像をつくる技術である。水分が70%を占める人体のなかの水素原子の動きをとらえ,病態を画像化するのだ。
 MRI室では,装置から発生する磁気を外部に漏らさないために,そして周囲の電磁波から装置を保護するために,磁気と電波の遮断が不可欠だ。磁気は人体への直接的な影響はないといわれているが,病院内のさまざまな精密機器に誤作動を与えるからである。磁気は電波と違って反射しにくく,遮断しにくい。そのために,磁気を引きつける役割を担う特殊な「磁性材料」という金属板で部屋全体を囲い込むことになり,小さな監視窓だけの密閉空間となっていた。
 今回のシースルー型MRI室では,金属板で覆うのではなく,帯状の磁性材「シールドスティック」を並べ,磁気を封じ込めるのである。この技術は鹿島が開発した基本技術をベースに,鹿島と新日本製鐵が共同研究を行って実用化したものである。具体的には,厚さ20mm・幅85mmのスティックを間隔を開けて配置し,2枚のガラスで挟んでいるため,開放的な空間を形成できる。ガラス越しに操作室があり,検査スタッフや家族の姿が見えることになる。
 “面”から“線”への転換による“明るいMRI室”の誕生である。性能面のクリアという点では,厚生労働省の定める漏洩磁気の基準が5ガウス以内であるのに対し,このMRI室では1ガウス以下に低減することが確認されている。さらに,2重ガラスの空気層で騒音や振動の緩和にも効果を発揮する。
 開放的なMRI室は,受診者に安心感をもたらすのはもちろん,検査スタッフの職場環境の飛躍的な改善も期待できる。従来は地下に設けられることが多かったが,設置の自由度が大幅に高まるのだ。
 その上,シールドスティックは色や形状を自由に変えることが可能で,空間のデザイン性も向上する。ガラスに装飾を施すこともでき,半透明や不透明のガラスを用いてプライバシーを守るなど,さまざまな空間構成が実現できる。
 今回の「開放型磁気シールド」は,医療現場に新たな風を吹き込むだけでなく,現代社会を形成する電磁波環境のアメニティにさまざまな可能性を感じさせるのである。
MRI室の内部。
磁気シールドの原理。
開放型磁気シールドのディテール。
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