BACKSTAGE

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美肌コンクリートをつくる天然素材
無機質で無骨なイメージの強いコンクリート。
コンクリートの打放しが現代建築のデザインとして一般に広まるなかで,その“美肌”を引き出す技術が登場した。
静謐な美しさをかもし出すのに一役買っているのは,天然素材の蝋(ろう)だ。今回のBACKSTAGEは,“美肌第一号”となる横浜・森支線トンネルの建設現場を訪ねた。
従来の工法による区間(左)と“美肌”の工夫を施した区間(右)。
工事概要
都市計画道路環状2号線 森支線トンネル建設工事
場所:横浜市磯子区
発注者:横浜市道路局
設計:横浜市道路局
規模:NATM めがね型道路トンネル 
施工延長164m 内空断面積121m2
2004年3月竣工(横浜支店JV施工)
 街を歩いていると,コンクリート打放しの建築と遭遇することが多い。都会ならば必ずといってよいほどだ。建築家・安藤忠雄氏の“作風”としても知られる。
 このコンクリート打放しという仕上げは,土木の世界では普遍的な手法となって久しい。トンネルや橋などの,剥き出しとなった構造体の無骨な表情が,スケールの大きな土木構造物の力強さのイメージとして定着している。
 だが,人目につきやすい公共の建造物には,構造体としての従来の機能に加えて,コンクリートの表情にも美観が求められるようになってきているのである。とはいえ,きれいなコンクリート打放しをつくるのは,そうたやすいことではない。土木の建設現場でも,様々なコンディションが重なり合って担当者を悩ませる。
 その悩みのひとつがコンクリートの表面に浮き出る黒いシミだ。型枠のきわの部分や,トンネル内部断面のカーブが急な部分に顕著に表れる。何かをひきずったような模様が浮き出るため,どこか寒々とした雰囲気をかもし出す。しかし,型枠で覆ってしまうと内部のコンクリートの動きを解析することも難しい。黒いシミの原因究明は手の打ちようがないようにも見えた。
 それを打破したポイントは,型枠に塗布する剥離剤にあった。コンクリートを流し込む際には,型枠をきれいに取り外すために剥離剤を塗っておくことが必須である。だが,遮水性に配慮した従来の油ベースの剥離剤では,その流動質の“ゆるさ”のため,塵(ちり)などの不純物が混じって生のコンクリートに微細な凹凸をつくってしまう。そこに残った剥離剤の油が酸化してしまったもの,これこそが黒いシミの正体ではないか――。
 こうした予測から,より滑らかな表面と強い凝固作用をもつ「蝋」を剥離剤に採り入れてみたのだ。すなわち,蜜蝋と木蝋がベースとなった天然素材の剥離剤「GRS9601」の開発である。
 効果はすぐに実証された。横浜・森支線トンネル建設工事では一部の区間でこの剥離剤を実験的に使用しているが,打設後の写真で比較してみると,その効果は一目瞭然。塗布した区間はコンクリートが白く美しい表情を見せている。
 美肌コンクリートをつくる舞台裏に天然素材の蝋が登場するきっかけは,市販の化粧品だった。蝋は化粧品に含まれる天然成分のなかでもとりわけオーソドックスなものであり,その柔軟な発想が功を奏した。人の素肌を扱うように,建造物の表面も天然素材で整えてあげる,といった具合だ。
 開発にあたった当社環境本部の柵瀬信夫氏は,スポンジケーキを焼くときのクッキングペーパーの効果をイメージしたと語る。ケーキの型にバターを塗ると,焼き上がったときにケーキと型がくっついてしまうケースから着想を得た。
 コンクリートは型枠に薄く塗る剥離剤ですらも,表面の仕上がりを大きく左右させるデリケートな素材。天然素材で優しく扱ってあげると,コンクリートも優しい表情で応えてくれるのだ。
脱型直後のトンネル内部。
剥離剤の型枠塗付状況。
天然の乳白色の蜜蝋・木蝋をベースとした剥離剤「GRS9601」。
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