葉山発 海辺通信 |
![]() |
![]() |
![]() |
vol.3 葉山のタコ漁
文:久野康宏 |
![]() |
早朝,撮影担当の山木さんからの電話で目を覚ます。今日は近所に住む漁師さんの船に乗り,タコ漁を取材させてもらう約束の日でした。ベッドから飛び起き,慌てて完全防水のアノラックとパンツを羽織って家の裏の港へ。桟橋では山木さんと,この道30年という漁師の三橋直吉さんが待っていました。アイドリング状態の和船に乗り込むやいなや出港。鏡のように静かな朝凪の海を船は滑ります。海面に近い視点で岩礁越しに5分前までは寝床にいた町を眺める。冬の朝の澄んだ空気,暖かな陽射しで頭が徐々に目覚めていきます。その心地良さに浸りながら,海が近い暮らしの恩恵にあらためて感謝します。舳先には両膝を折り,前傾姿勢で舵をとって罠を仕掛けた漁場へ向かう三橋さん。集中力をみなぎらせ狩猟民の気配が漂います。 タコを捕らえる罠はナイロン製の網籠。20年前から陶製のタコ壷に代わって登場した漁具です。軽いので1ヵ所に大量に仕掛けられるし,引き揚げるのがラク。おまけに狭い船上ではコンパクトに折り畳める点も好都合です。三橋さんはこの網籠を葉山の海岸線のあちこち,最大でも水深12〜13mの浅い砂地と岩の境目に設置。海底に点在する岩の位置は「山だて」という周囲の地形を利用した独自のナビゲーション術で把握しています。海が濁っていても的確な場所へ網籠を落とせるのです。1ヵ所に18個。内側には冷凍のコノシロという魚を置き,タコを誘います。コノシロは3日ともたず腐敗してしまいます。回収のことを考え,気圧配置や長年の経験から数日先の天候,海況を読んで網籠を設置しないといけません。 ロープをたぐり寄せると次々と海面に浮かび上がる網籠。果たしてタコが入っているか興味津々です。5〜6月の産卵期には1個の籠に3匹ものタコが入るといいます。罠にかかったメスのタコに引き寄せられるようにオスのタコたちも籠をくぐってしまうのです。 取材した12月末は時季が悪いのか,そうやすやすとは罠にかからぬようです。鋭い歯を持つウツボの仕業でしょうか,穴が開いて餌だけが持ち去られている籠も目にします。穴がないのに餌だけ消えている籠も。網の隙間からタコが餌だけを巧みに取り出したのです。18個の網籠全部が空ということもありました。そんな籠を見つけても表情を変えない三橋さん。黙々とその穴を船上で修繕しながら新しいコノシロを入れ海中へ戻していきます。 自然に寄り添い厳しさと恩恵を享受し,人間の思惑を察する海洋生物と駆け引きして日々を生きる。そんな潔い漁師と同じ生活環境に身を置いている。無性に嬉しくなり海辺の町が愛しく思えました。 |
![]() |
![]() |
![]() |
【著者紹介】 くの・やすひろ 1965年東京・佃島生まれ。 現在,神奈川県葉山の海辺に在住。 スキューバダイビング専門誌の制作に13年間携わり独立。 フリーの編集者&ライターとして四季感と多様性に満ちた相模湾の魅力を水面上と水面下、両方の視点で伝えようと取材活動している。 海辺暮らしを綴ったホームページはhttp://homepage.mac.com/slowkuno |