ザ・フォアフロント
ザ・フォアフロント
サウンド・テクノロジーの現在(いま)

当社は,長年にわたり「音」に関する研究・開発を重ね,数多くの実績を上げてきた。そして現在(いま)――これまでに蓄積した技術をベースに,時代のニーズに応える新たな音のテクノロジーが誕生している。
今月は,当社の音響技術の最前線を紹介する。
立体音響システム
三次元サウンドが私たちの生活に

立体音響システムによる音響空間のイメージ  クラシック音楽のCDを聴く――。コンサートホールで味わう重厚感のある音の響きや聴衆の興奮を肌で感じることができたら・・・。
 ホームシアターで映画を楽しむ――。アドベンチャー映画の主人公と同様の臨場感溢れる迫力を体感できたら・・・。
 余暇の時間を大切に過ごす風潮にある昨今,映像や音に対し,よりリアリティのあるバーチャルの世界を楽しみたいというニーズが増えてきている。
 三次元的な音を再現するには,スピーカーで体験者の周囲を立体的に取り囲む方法がある。スピーカーの位置関係を利用し,音の到来方向を体験者に感知させることで,三次元のような音場を創り出すのだ。この手法は,マルチ・チャンネル方式と呼ばれ,そのごく簡略なものとして,5.1チャンネル・サラウンドシステムなどもこの原理に分類できる。
 しかし,こうした方法には限界がある。なぜなら,私たち人間の聴覚機構は,音の到来方向や距離をかなり正確に知覚でき,音が空間を伝播する間に織り込まれる種々の情報(空間の大きさや形状,障害物など)を分析している。そのため,架空の音環境を体験者に提示するためには,こうした諸情報を聴覚機構に伝達するために,無数のスピーカーを使用しなければ,人間は真に三次元の音を実感することはできない。
OSD方式による立体音響合成の考え方  当社は,バイノーラル技術と,英国ISVR社と共同開発した「Optimal Source Distribution(OSD)方式」による音場制御を採用し,少数のスピーカーを使用するのみで,これまでにない立体感のある音を再現できる,立体音響システムを開発した。
 バイノーラル技術とは,人間が音を聴く条件と出来る限り近い状態で音を記録する方式で,このシステムの特徴のひとつだ。例えばダミーヘッドと呼ばれる人間の上半身の形をした人形の耳部に,マイクを取り付け録音することで,人間の耳たぶや頭部,胸部でおこる音の反射や回折の情報を含めたリアルな音が収録できる。勿論,こうした立体情報を後で付け加えることで,通常のマルチ・チャンネル録音を用いてバイノーラル形式に合成・編集することもできる。
 こうした形式で記録した音響情報をそのまま体験者の耳に届けることができれば,臨場感溢れる立体音が再現できる。それを可能にしたOSD方式による立体音響装置は,体験者がおかれている現実の音場を打ち消した上で,所望の立体音場を重ね合わせるために,周波数帯域別にスピーカーから音を制御する仕組みだ。オーディオ機材は,二つのスピーカーを最適な位置に配置するだけのシンプルなもので,上下・左右・前後・遠近と,あらゆる場所から音が流れ,反射音なども自然な響きに再現できる。体験者はスピーカーからの音を聴く感覚ではなく,非常にリアルな仮想の音環境の中に存在している感覚を味わうことができる。
 当システムは,装置も安価に構成できるため,自宅での音響設備として,また映画館やテーマパーク,水族館やリラクゼーション施設といった娯楽施設への導入が期待される。
 自宅に居ながら,耳元で鳥の囀(さえず)りや小川のせせらぎの音を聴き,森林浴気分に浸る――。そんな贅沢な時間を味わえる時代の到来だ。
音響設計・試聴,音環境評価の流れ
放送設備のIT化と音像定位拡声
これからの時代に対応するための拡声システム

 オフィスビルをはじめ学校や病院,イベント施設,百貨店やスーパーマーケットなど,放送設備を建物の重要なインフラとして活用するニーズは多い。例えば百貨店を考えてみよう。催し物や迷子のお知らせなど館内全体へ向けてのインフォメーションもあれば,一部のエリアだけに流したい業務放送もある。各々の売り場の雰囲気にあったBGMは,顧客の購入意欲を高め,食料品売り場などでは,各コーナーごとにマイクを使用した活気ある商品PRが欠かせない。
 しかし,従来の放送設備は,建物全体をひとつの回線で1チャンネルのみの音声しか放送できなかった。従って,各フロアごとに個別の放送を流したい場合は,新たに各々に拡声設備を設けるか,カセットデッキなど持込み型の拡声設備で対応していた。
 しかし,これは重複投資であるばかりか,操作が複雑で素人には扱いにくく,問題が発生した時の回復処置やメンテナンスも困難であった。また,建物の用途が変わった場合,配線や機器の大掛かりな追加工事が必要であった。
 当社は,こうした放送設備をIT化し,コンピュータで自由自在に音環境をコントロールできるシステム『明聴(めいちょう)ネット』(商標)を世界に先駆け,音響機器メーカーのアキュフェーズ,フォステクス,音響ソフトに定評のあるラグナヒルズと共同開発した。放送室から建物全体への放送をはじめ,個別空間および局所での拡声など,あらゆるニーズに対応できる音声情報ネットワークだ。
 このシステムは,建物の天井部に格子状にスピーカーを設置し,各々のスピーカーを 1本のLANで繋ぎ,用途に応じスピーカーの拡声エリアをグループ化し,これをコンピュータ管理する。最大64チャンネルの音響ソースの中から,必要なチャンネルをスイッチひとつで選択でき,4チャンネルまで同時放送できる。作動状態は監視プログラムによって常にモニタリングされ,異常時には監視サーバーがインターネットを介して,メンテナンス担当者へ自動メールを配信し,迅速に対応できるシステムとなっている。また,建物全体の使い勝手が変わっても,ソフトウエアを組み替えるだけのフレキシブルな対応が可能であり,建物のリニューアルにも適用できる。
 さらに,当社が独自に開発した音響技術「音像定位拡声方式」(特許取得)を採用することにより,従来システムでは得られない明瞭な音質の提供を可能にした。音像定位とは,話者の声が自然な方向感で聞こえてくることをいう。当技術は話者の立ち位置などの情報から,天井部に設置された各々のスピーカーからの音だしのタイミングをずらしたり,音量を微妙に変える操作をコンピュータが制御し,天井スピーカーからの拡声にもかかわらず,話者方向から声が聞こえてきたように感じることができる。
『明聴ネット』システム概要  会議や講演会などでの居眠りの原因は,話し手の心を聴衆に伝えきれない拡声設備にも課題があった。「聞こえるだけの拡声から心が伝わる拡声」を提供することが可能になった。
 『明聴ネット』は,建物のライフサイクルや,ファシリティマネジメント(FM)の観点に立ったIT設備インフラの実現であり,さらに利用者の快適な音環境を考えた最先端の技術といえよう。この4月にオープンした六本木ヒルズをはじめ,当社が手掛ける最新鋭のビルの放送設備に導入が始まっている。
顧客活動の変化に素早く対応する機能
「音像定位拡声方式」のしくみ