特集:ポスト・デジタルへのアプローチ

ポスト・デジタルへのアプローチ
建設業とデジタル/アナログ
構造設計でコンピュータが駆使された霞が関ビルの躯体。
建設概要
霞が関ビル
発注者:三井不動産
設計:三井不動産,山下寿郎設計事務所
用途:事務所
規模:S造一部RC・SRC造 B3,36F
工期:1965年3月〜1968年4月
デジタルとは何か? アナログとは何か?
 普段,私たちが何気なく口にしている「デジタル」という言葉。正確にはどのような意味を含んでいるのだろうか。
 デジタル(digital)という言葉は,「指」を意味するラテン語のdigitusに由来し,物質が一つひとつ指折り数えられるように,区切られた状態に置き換えられることをいう。これに対極する言葉がアナログ(analogue)である。「比例」を意味するギリシャ語のanalogosが語源で,連続的に変化する状態を示す。
 自然現象やすべての物質の状態,あるいは人や生物の営みは連続的に変化する。アナログの典型だ。これをデジタル化するということは,状態や営みを時間軸や空間軸で細かく区分けし,個々の“粒”となった部分の状態を,ある値で代表して示すことだ。
 デジタル全盛の背景には,その伝達性の速さや扱い易さがある。記録を繰り返すほど劣化が進むアナログ信号に比べ,デジタル信号は代表値の記録を間違えない限り,劣化しない。大量のデータを短時間で処理できるため,合理性・効率性にも優れているのが特徴だ。
 デジタルは,近年の演算能力や解析技術の飛躍的発達によって,アナログに限りなく近い表現が可能になった。デジタルカメラの画素数が増加し,“粒”が極限まで細かくなることで,なめらかさや風合いといった表現力が飛躍的に豊かになったことは誰もが思い浮かぶだろう。細かさが,人の目や耳といったセンサーの分解能の限界に近づいてきたとも言える。
 こうした,デジタルからアナログへのアプローチを踏まえ,建設業独自の視点から両者の関係を考えてみよう。

建設業とデジタル/アナログの関係
 建設業は自然と人との共存・共生を目指しながら,自然というアナログに手を加えてきた。時には地震や台風などの脅威に正面から向き合い,人々の快適・安全・安心を目指してきたのである。自然への畏怖を遺伝子に刻み続けながらのものづくりは,その営みそのものもまたアナログ的だったと言える。
 しかし,そうした建設業も,生産性の向上や効率化の追求のため,あるいは自然現象の理解や制御技術の向上を目的として,デジタル的な手法を積極的に取り入れてきた。
 わが国の建設業で,デジタルが本格的に導入された初期の例に,霞が関ビルの設計がある(1968年竣工)。空前のスケールとあって,構造計算にコンピュータが駆使された。各地で収集された膨大な地震データが次々と処理され,関東大震災の3.3倍の揺れにも耐えられる構造体ができたという。いわば,建設業のデジタル黎明期だ。
 その後,超高層ビルの設計にデジタルは必須となっただけでなく,その他の業務にも様々なかたちで導入されている。そこでは,目的に合わせた多彩なデジタル技術が生み出されながら,つねにアナログとの関係をも意識してきた。次ページでは,現場と研究所という建設業の中の異なるふたつのフィールドから,ポスト・デジタルの扉をひらくカギを探してみたい。
1965年,技術研究所構内に設けられた「電子計算センター」に導入された初期の大型コンピュータ。
都市緑化におけるデジタル/アナログ
 鹿島では,ものづくりのためのデジタル技術の開発を進める一方で,自然を評価するためのデジタルのあり方も考えている。それが結実した例に,計画・設計段階から緑地の環境機能を定量的に評価できるシステム「m(エム)-EASE(イーズ)(Microscale-Environmental Assessment System on Ecology)」がある。
 「m-EASE」は,緑地のもつ環境機能を6種類(「CO2固定機能」「大気浄化機能」「気象緩和機能」「生物多様性維持機能」「景観向上機能」「防災機能」)に分類し,それらを数値として定量化し,CAD画面上で表現できるのが特徴だ。また,システム内に樹木の生長モデルを格納しているため,緑地の変化や計画地に対する予測評価ができる。
 デジタルという後ろ盾によって,緑化という典型的なアナログ的手法の効果を評価できるようになったのである。
設計画面上に入力された緑地情報。
デジタルがよりアナログに近づいたことによって,建設技術は「自然の評価」という新たな役割を得た。
デジタル/アナログのバランス
小丸川発電所の広大な敷地。
建設概要
小丸川発電所
発注者:九州電力
構造:アスファルト表面遮水壁型フィル
(プール形式)
工期:1999年3月〜2006年7月
デジタルだからこそなせる技
 現在,宮崎県児湯郡木城町で建設の進む小丸川発電所上部ダム工事は,総貯水容量約620万m3,周長約2kmの広大な敷地が舞台となる。大自然に囲まれた現場は土木工事にはつきものだが,ここも同様で,周囲には目印もなく,360°似たような景色が広がる。そこでは超重量級の重機群もミニチュアに見え,自分がどこにいるのかを把握することさえ難しい。
 人のスケールを超越したかに見えるこの現場では,デジタル技術の特性を生かし,徹底的な合理化・効率化に成功している。これまで人の手によっていた「作業」の部分が,ほぼすべての工程においてコンピュータで高度に制御された機器・機械に取って代わられているといってよい。
 GPS(Grobal Positioning System:汎地球測位システム)を導入した測量システムが,その一例だ。これほどの規模の現場での効率化は,まず人の手をかけないことが第一条件となる。
自動化施工の頭脳となる三角メッシュデータ。
アナログとデジタルの究極的な符合
 また,造成の工程では,油圧ショベルとブルドーザが,オペレータの最小限の操作だけで,切土,盛土を行っている。3D-CADに集積された施工に必要なデータは,運転席に搭載されたコンピュータに予め伝えられている。ショベルや排土板といった各パーツに取り付けられたセンサーが自らの動きを察知しながら,複雑な曲面や法面をデータに基いて自動的かつ精巧にかたちづくっていく。オペレータの仕事はシステムから指示された作業位置へ重機を移動させるだけ。自動車生産工場ほどとはいかないが,施工の完全オートメーション化の萌芽がここには見られる。
 これにともない,作業の目印である「丁張り」の設置も必要なくなった。丁張りは,土木工事に限らず通常の建設工事で行われる,建物や構造物を築いていくための立体的な目印のことである。これまで,必ず人の手によって設置されてきた丁張りは,自動化施工により不要となり,一層の省力化が可能となった。
 現場の性格を見極め,アナログとデジタルの特性が符合した,究極のかたちといえるだろう。
3D-CADとGPSの組合わせによって,自動化施工が可能となったブルドーザ
運転席に設置されたモニタに写る作業状況データ。
自然への畏怖を忘れない姿勢
 一方,同じ建設業でも研究分野にフィールドを移してみると,デジタルとの距離のとり方はまた異なる。
 東京・調布市の鹿島技術研究所(技研)にある海洋・水理実験場では,大水深化・高度化する水理構造物の設計・施工のための実験が行われている。数ある最新鋭装置のなかでも圧巻なのが,多方向不規則波造波装置だ。この装置は,デジタル制御によって,自然に近い波が自由自在に再現できる。海洋開発に必要な建設技術を生むための技術の粋が投入されている。
 だが,これほどの設備を抱えながらも,研究者はデジタルに全面的に依存しているわけではない。
 「様々なリズムの波を起こせるだけでは,実現象とのギャップは埋められません。解析は仮定上のヴァーチャルな世界であり,実世界はヴァーチャルを簡単に飛び越してしまいます」と語るのは池谷毅上席研究員。技研の研究者が何よりも重んじているのは自然への畏怖の念だという。
水槽内に防波堤の模型を設置して,波浪に対する港内の静穏度を検証する水理模型実験の様子。
自然を謙虚に見据えられるフィールド
 池谷さんが所属する海洋チームでは,開発にあたって現地計測,模型実験,数値解析の3つのプロセスを必ず辿るという。
 現地計測と模型実験は,自分たちの手を動かしたり,目で観察する,あるいは体感するといったアナログ的な行為も伴う。
 「数値解析は,あるモデルに基づく検証や予測を行うのに,最大限の効果を発揮します。しかし,自然を相手にする水理学の分野では現地計測と実験の段階で,まず愚直に観察し,検討の前提となる理(ことわり)を知ることが何より重要です」(池谷さん)。
 自然の外力と真摯に向き合うには,デジタルはむしろブラックボックスをつくってしまうかもしれないのだ。また,初期段階のアイディアや最終局面で解決に求められる発想は,アナログを知っていなければ出てこない。
 デジタルに盲目的に追従することなく,アナログを謙虚に見据えていくフィールドがここに存在している。
国内建設業界では最大規模の大型平面水槽に設置された多方向不規則波造波装置。
伝統技術とデジタルのコラボレーション
 仙台市青葉山公園内にある仙台城本丸跡石垣は,築300年を迎える貴重な文化遺産である。老朽化が進むこの文化財の修復工事は1998年から始まった。そこでは,匠の技とデジタル技術が融合し,これまでにない新しい手法によって工事が進められた。
 構築当時の石垣の図面は現存しない。その代役をつとめたのが,3D-CADだ。仙台市と鹿島が共同開発し,現存する石垣から構築された当時の形状を推定し,修復図面を作成した。
 その後,修復図面を元に勾配を示す丁張りが設置され,石工の経験を最大限に活かして石を積み直す作業が進められた。いわば,伝統技術とデジタルのコラボレーションである。
 工事は6年の工期を経て,今年3月に無事終了し,石垣は市民の憩いの場にその威容を取り戻している。
現存する石垣から推定され,3D-CADで作成された石垣の現況図。
接合状況を見極め,石積み作業が慎重に進められた。
ポストデジタルの地平を目指して
建設現場と研究所のケースを紹介してきたように,建設業におけるデジタルとアナログのバランスは,微妙な変化を繰り返している。
1969年の入社以来,管理部門と現場というふたつのフィールドで「デジタル」に触れてきた建築管理本部の大熊敏正本部次長に,建設業におけるデジタルとアナログの相互のシーンの関わりと,その将来像について聞いた。
大熊敏正本部次長
現在までのデジタルシーンとの関わりをお聞かせください。

 私が初めてデジタル的なものに出会い,同時に強いインパクトを受けたのは,1980年代半ばの米国勤務時と,帰国直後の天王洲アイル,いずれも現場での経験です。アメリカでは,経理やプロジェクト・マネジメントにコンピュータがあたりまえのように駆使されていて,当時の日本とのギャップにカルチャーショックを受けたのが始まりです。天王洲では,大量の見積書類を作成しなければならなかったのですが,限られた社員の手作業ではとても手に負えない。必要に迫られてパソコンを使い始めました。膨大なデータを繰り返し処理していくという,デジタルの威力がもっとも発揮されるシーンでしたね。
 その後,会社にも情報伝達の効率化・デジタル化の波が押し寄せ,私も当時の建築技術本部・企画室長という立場から,建築部門での推進を図る事務局の役割を担いました。その波が1999年から強力に推進された全社的な情報整備「KDNS:Kajima Digital Network Service」につながっていくわけで,そこでも事務局の役割を継続して担いました。「やりすぎ」というクレームが出るほど,網羅的に,あらゆる情報のやり取りの効率化を目指して積極的に動きましたが,当時はそれだけ現場のニーズや問題意識がたくさんあったのです。

使い手の視点をもったシステムづくり
 その経験のなかで強く感じたのは,つくり手と使い手のギャップですね。つくり手側の論理だけで突っ走ってシステムを構築し「できました」と言われても,使い手側には非常に使いにくいものになってしまう。つくる側が「つくること」にのめりこんでしまい,手段が目的に置き換わってしまうからでしょう。KDNSの最終段階では「使い手の視点をもったシステムづくり」を目指し「使い勝手専門」のコンサルも雇っていました。
 もう一点は,つくり上げた後の普及の大切さです。せっかくつくっても,実務で使ってもらえなければまったく意味がない。ひとつの試みとして立ち上げたのがITサポートセンター。使い手の質問にいつでも的確に答えるコールセンターですね。普及のためには必須の機能でした。
 とにかく事務局の立場として,あらゆる場面で「つくり手と使い手の距離を縮めること」に努めていたつもりです。

使い手との距離はアナログとデジタルの関係を考えるうえで重要な問題だと思います。建設業におけるアナログとデジタルの意義についてはどのようにお考えですか。

 現場を中心に考えるとわかりやすいかもしれません。現場は,計画や工法の選定といった「管理」の仕事と,実際に手を動かしてものづくりをする「作業」の両面から成り立っていますよね。作業の部分は,人の力に負うところが大きい,いわゆるアナログ的な世界だと思います。機械化も推進されていますが基本は手作業。さらに人と人とのつながりも重要になります。つまり,手作業や人間関係における,ある種の「曖昧さ」が理解できないと進められない仕事です。一方で,報告書作成や施工計画の策定といった管理側の仕事には,デジタル的な手法が威力を発揮します。正確さと効率の追及ですね。

デジタルとアナログの両輪
 ひとつの仕事の流れにも,アナログとデジタルが共存し,それぞれの役割を果たしていくシーンがあります。昔の現場では「情報が少なくて困る」という声がしばしば聞かれました。その後のITの急激な普及は情報の伝達・収集といったデジタル的行為を強力にサポートし,今は現場でも多くの情報を得られるようになりました。むしろ氾濫しているかもしれない。そこで重要となるのが,情報を選ぶ能力です。的確に有用な情報を選び,それらを組み合わせていくこと,そうした判断の部分には,やはり経験や勘といったアナログ的な行為が培ってきたものが欠かせない。情報の収集と判断,デジタルとアナログの両輪を回していくことが非常に重要になっています。

これからの建設業のデジタルとはどのような方向に向かっていくのでしょうか。

 反語的にいうと,どんどん目立たなくなると思います。つまり,アナログとデジタルの垣根はほとんどなくなってしまうということです。「これはデジタルだ」と意識しているうちは,実はそれを使いこなすにはまだまだの段階で,もっと自然なものとして扱われていくと思います。例えば,駅の改札に人が立っていたのが自動改札になっていったように誰も意識しなくなる感覚です。
 建設業は,消費財生産などの他産業に較べて,ある意味ではデジタルによる効率化が遅れている分野です。今はまだ,ギリギリまで凌ぎ合う段階にはきていない。一方「後進性優位」ということも言える。後追いの効率のよさといいますか。建設業にはまだデジタル化で効率化できる部分が多いし,逆にアンテナを張っておかなくてはどんどん取り残されていってしまう。真剣な取組みが必要です。

デジタル化されない手法
 例えば伝統工芸のような,どうしてもデジタル化できない部分は別として,繰返し作業などはどんどんデジタルに置き換えて効率化を図ってよいと思います。ただしコストの最適化を常に念頭に置く必要がある。デジタルに移行することで,逆に多大なコストがかかるような作業は無理に移行する必要はない,むしろ移行してはいけないのです。これからも残っていくアナログ的な手法は,デジタル化への移行がコスト優位につながらないといった「残る理由がある」ものでしょう。

建設業におけるポスト・デジタルを考えると,現在のシーンでそれを予感させるのは,どのようなものでしょうか。

 建設業というのは,ひとつの建物をつくるにしても,手作業や判断といった人に依存する曖昧さを持つなど,極めて多様なアナログ的要素を内包しています。しかもそれらが交互に影響を及ぼし合っている。極めて複雑で,その関係をすべて説明することは不可能に近い。いつ,どこで,誰かがしたことが全体にどう影響するかなんてわかりませんよね。それでも,ひとつの建物として完成し,機能を果たしているわけです。「科学」とは異なる「技術」の集積とも言えるかもしれません。

「複雑系」としての建設業
 先ほどアナログとデジタルの垣根はなくなると言いましたが,例えば,「複雑系」※1と呼ばれる系を説明しようとする試みでは,かなり近づいてきています。デジタルの「白と黒」だけでは表現できない「ゆらぎ」を内包したアナログ現象――例えば雲の発生・消失などの気象現象に対して,フラクタル※2といった新たな概念の手を借りて,最終的にはデジタル的に説明・理解しようとするアプローチです。コンピュータの演算・処理能力が飛躍的に進歩した結果,伸びてきた領域です。
 最近,建設業でも複雑系を解くアプローチを使えないかなどと考えています。曖昧さが共通のベクトルをもって集積することでひとつのかたちが現われる,こうした建設業の究極のバランスを説明できないかと・・・。昔だったら考える前にやめるようなものだったでしょうが,デジタルとアナログの急激な接近が,その可能性を予感させてくれるのです。

「自然」との共生を目指しながら,「人」の手によって歩を進めてきた建設業は,ある種の曖昧さを内包しながら発展を遂げてきた。デジタルが導入されたきっかけは合理化・効率化であったかもしれないが,ときにはブラックボックスになりかねないデジタル技術を礼賛するのではなく,ある種のバランスをもたせることが必要だ。その地平には「建設という生業」が含む,漠然さへの前向きな理解――ポストデジタルの扉をひらくカギはそんなところにあるのではないだろうか。

※1複雑系
極めて多くの要素からなり,部分と全体が互いに影響しあって,ある複雑さをなす系を指す。従来の要素還元による分析では解明が困難な生命・気象・経済などの現象に多く見られる。
※2フラクタル
自己相似性という原理を,数学的に表現しようとしたもの。これにより複雑な図式が生成され,複雑な地形や海岸線の形状解析,シミュレーションが可能となった。
下図はフラクタルの数式をモデル化したもののひとつ。
フラクタルの数式をモデル化したもののひとつ。