ザ・フォアフロント
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トンネル掘削における粉じん処理の新システム

トンネル工事で坑内に発生する細かい土砂などの粒子「粉じん」。 肺細胞を壊す進行性の病「じん肺」の原因として,現場の人々にとって深刻な問題だ。 大型設備を持ち込めない坑内で,いかに効率的な粉じん対策システムを構築できるか。 今月のフォアフロントではその最新技術をレポートする。
トンネル掘削の大敵「粉じん」
 粉じんは,トンネルの掘削時のほか,トンネル側面へのコンクリート吹き付け時や,掘削した土砂を坑内でダンプに積み込む際にも発生する。
 この除去・低減対策として,これまでは,坑外から作業エリアに送風することで粉じん濃度を希釈する方法と,送風機などで粉じんを発生エリアから坑外に排出する方法が一般的であった。 しかし,これらの方法だけでは,粉じんの一部が作業エリア後方に流れて坑内を汚染してしまうため,根本的な対策とは言い難かった。
安全と健康のための数値目標
 こうしたなかで,厚生労働省はトンネル現場の安全と,作業者の健康を確保する指針を策定した。「ずい道等建設工事における粉じん対策に関するガイドライン」(平成12年12月)及び「ずい道等建設工事における換気技術指針」(平成14年3月)である。
 そのなかで,トンネル掘削面の切羽から50m後方の粉じん濃度を,3mg/m3以下に抑えるという具体的な数値目標が示された。現場では土砂をダンプに積み込む際でも,約7〜8mg/m3の粉じんが発生しており,濃度を半分以下に抑えることは容易なことではない。ここには何よりも大切な健康を守る知恵が要求されているのである。
発生源付近での処理がカギ
 この高いハードルをクリアするために,現場では様々な試みがなされていた。長野県の「北陸新幹線高社山トンネル(北)工事」現場では,坑外に粉じんを排出する排気ファンの吸い込み口を,できるだけ切羽に近づける試みがなされた。粉じんが,発生した箇所で速やかに吸い込まれてしまえば,汚染の規模も小さい。伸縮稼動する鋼製の風管を,坑内に設置される排気ファンの吸い込み側に直結し,切羽方向に延長できるようにしたのである。また周辺環境にも配慮した。坑口付近の樹木が粉じんで真っ白になってしまうほど汚染されてしまうことがしばしばあるが,坑口外に粉じんを処理する除じん装置を設けることでこれを防いだ。
 粉じんを坑内で吸い集める「集じん装置」の導入も,近年とられるようになった対策である。長野県の道路トンネル「坂上トンネル」の現場では,衝撃に弱い集じん機に防御板を設置するなどして,発破などの衝撃に耐えるように補強し,これを切羽に近づける試みもなされた。
 いずれの現場も,厚生労働省の目標値をクリアすることができた。しかし,スペースが限られているトンネル内では,工事にも様々な制約がつきまとう。粉じん発生源のより近くで,迅速かつ確実に処理できるシステムが現場では求められていた。
青葉トンネル掘削現場で採用されたシステム概要図
現場を救うふたつの風の道
 そしてこのたび,粉じん対策の決め手となる新しいシステムが,北海道の「一般国道230号虻田町青葉トンネルその2工事」で誕生した。坑外から新鮮な空気をとり入れる送気風管と切羽付近の粉じんを排出する集じん機用の2本の新しい風管を用いるシステムがそれだ。
 青葉トンネルは,通常の10倍以上の粉じん発生が懸念された大断面掘削現場である。このため発生源のより近くで速やかに集じんができ,また更に切羽のすぐ後方で,次の工程のための作業エリアを確保することも求められた。
 現場からの要望に応えるべく,当社の機械部を中心としたチームは,2本の優れた風管を開発した。そのひとつが集じん機に直結するリング付ビニル風管である。伸縮の自由度が飛躍的に高まったこのビニル製の風管は,移動レールに沿って120mまで延長ができる。これによって,大型の集じん機を,切羽よりずっと後方に設置することができ,切羽すぐ後方の作業スペースを確保することができた。
 もうひとつの風管が送風の風向・風量を制御できる多孔式分岐風管である。それは発生した粉じん濃度を希釈するとともに,管の側面に取り付けられた分岐管からトンネル側部にめがけて風を送り出す。側面方向にも送り出すことによって,それより坑口側に漏れ出る粉じんをシャットアウトする,効果的な「エアカーテン」を形成することに成功した。コンクリート吹付け作業における粉じん濃度の数値結果も,切羽から30m付近でも目標値を下回る2mg/m3以下まで減少し,ガイドラインで定められた切羽から50m地点にあっては0.2mg/m3という結果が得られ,その高い効果を実証した。
送風用の多孔式分岐風管。 集じん用伸縮ビニル風管の先端部。
健康第一の作業環境づくり
 スペースが限られているトンネル内部は,工事の効率化や正確さを図るために,現場の環境づくりが重要な課題となる。規制を遵守するためだけでなく,作業者の安全と健康に配慮することが第一である。地下の大空間に出現した新たな粉じん処理システムは,トンネル工事に限らず,現場の作業環境を整備する重要さを物語っている。
自由断面掘削機による切羽の掘削状況 坑内を通る集じん用ビニル風管(写真左)と送風用風管