葉山発 海辺通信 |
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vol.9 台風の置き土産
文:久野康宏 |
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台風がはるか南の海上で生まれると,葉山の浜には少しずつ大きなうねりが押し寄せてきます。南西風が強く吹く日にも海の表面には波が立ちます。沖合にはたくさんの白いウサギが跳びはねますが,岩礁の内側は,その程度ではいつもの静けさを失うことはありません。 しかし、数千キロの彼方から旅してきたうねりは次第に岩礁に襲いかかるようになります。楽々と岩礁を越え,浅い海底を揺り動かしながら浜へと到達します。海の水全体が生きもののように荒れ狂う様は圧巻。湖のように穏やかなふだんの姿からの変貌ぶりに唖然としつつ,人間の力など及ばない自然の脅威を感じます。 このうねりが数日間続き,台風が通り過ぎていくと,浜は静寂を取り戻します。独特の異臭を放ちながら・・・。それは荒波によって浜へと運ばれた海藻の山から届く匂い。しっかりと海底の岩に根をおろしている海藻たちですが,うねりに引き剥がされてしまうのでしょう。緑や赤などのさまざまな色と形の海藻が打ち上がっています。 海藻の押し葉でも作ろうかと浜を歩いていた時のこと。海辺に暮らす近所の女性たちが黙々となにやら拾い集めているのを目にしました。それは天草でした。天草はところてんの材料になる海藻。葉山の海岸では年中生えていて,こうして海が荒れると浜に流れ着くのだそうです。実物を見ると赤褐色の色合いで,この海藻から透明なところてんが出来るとは信じがたい気がします。 集めた天草は水道水で潮を洗い流してから太陽の下で天日干し。乾いたら取り込んで,翌日水洗いしてから再び干す。これを繰り返していくと,干草のような黄色がかった白色に変わっていきます。夏の陽気ならば一週間ほどで白くなります。単純作業ですが,最短でも一週間同じことを繰り返すのは面倒なもの。しかし、海辺の女性は楽しみながらゆっくりと作業しています。 白くなったら酢や水と一緒に鍋で煮込み,とろとろになったら綿布で濾(こ)し,固まれば完成です。写真は葉山の“ところてん娘”こと矢嶋哲子さん。ところてん作り歴30年の名人です。彼女の作る添加物を使わないところてんは,歯ごたえがプリプリしています。それにほのかな磯の香りも。酢醤油で食べるのもいいですが,とっておきを教えてもらいました。冷やしてからサイコロ状に切り,シロップをかけてフルーツを添えれば,とびきり美味しいフルーツポンチの出来上がり。ところてんは繊維質が多く低カロリー。言うことなしのスイーツです。 それにしてもこんな海の幸を享受できるとは,なんと素晴らしい環境なのでしょう。葉山での浜歩きの楽しみがまたひとつ増えました。 |
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【著者紹介】 くのやすひろ 1965年東京・佃島生まれ。 現在,神奈川県葉山の海辺に在住。 スキューバダイビング専門誌の制作に13年間携わり独立。 フリーの編集者&ライターとして四季感と多様性に満ちた相模湾の魅力を水面上と水面下,両方の視点で伝えようと取材活動している。 海辺暮らしを綴ったホームページは http://homepage.mac.com/slowkuno |