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日本を代表するクラシック音楽ホールがお化粧直し
サントリーホール20周年改修工事

東京都港区のアークヒルズ内に位置する「サントリーホール」は,日本が世界に誇るクラシック音楽専用のコンサートホールである。
往年の名指揮者カラヤンが設計に関与し,音響,施設,企画内容,サービスなどにおいて国内外から高い評価を得ている。今月は,「サントリーホール」誕生から20年を経て行われた改修工事を紹介する。
施工中の大ホール。座席が取り外され,天井まで足場が掛けられた
工事概要
サントリーホール20周年改修工事
場所:東京都港区/発注者:サントリー/設計:安井建築設計事務所,永田音響設計/規模:SRC造 地上3階,地下2階延べ:1万1,475m2/工期:2007年4月〜2007年8月(東京建築支店施工)
主な改修工事内容
【大ホール】
● 壁美装
● 天井美装
● 客席床塗装(客席全撤去,復旧)
● 客席(ユニバーサルデザイン対応)
  2席撤去・新設
● 舞台迫の増設,駆動部更新
● クラスタースピーカー部改修
【小ホール】        
● 可動壁新設       
● 天井,床美装     
● 舞台迫の増設      
             
【ホール,エントランス回り】
● 段差解消機新設,スロープ新設
● トイレヤード全面改修
● 廊下,天井塗装,壁クロス張り替え
● バーカウンター,クローク及びショップ全面改修

サントリーホール20周年改修工事

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細心の注意を払った改修工事
 今回行われた改修工事は,開館以来初となる大規模な改修工事で,5ヵ月間ホールを休館して実施された。
 当社が施工を担当したのは,館内やホールの壁,床,天井の美装,ユニバーサルデザイン対応への変更(階段をスロープへ変更,回転式客席の新設ほか),トイレ内装の改修,バーカウンター等の改修だ(詳細は「主な改修工事内容」を参照)。
 重要なポイントは,今まで同様の温かみのある音の響きや,ホール自体の雰囲気を損なわないこと。基本的な部分を守りながら,より快適に音楽を楽しめるよう改修することである。
 メインとなる大ホールの改修作業は,全ての客席の撤去からスタート。その後,ホール内の床から天井まで足場が組み立てられ,天井,壁の改修が行われた。足場の高さは18mにも達する。高所での作業は安全に気を遣った。
 世界に誇るホール内部の工事は,いわば貴重な文化財修復の作業と同様な緊張感を強いられる。特に,パイプオルガンの養生と湿度管理には細心の注意が求められた。
 パイプオルガンは,急激な湿度や温度の変化に弱い繊細な楽器であるため,常に湿度は50%前後に保たなくてはならない。改修工事のためホール内の空調設備が停止しており,その間の湿度管理が重要な作業となった。ビニールシートでパイプオルガン全体を覆い,送風機と除湿機をフル稼働させ,湿度管理を徹底した。ビニールシート内の湿度の計測は,毎日欠かさず実施された。
 ホール内での揚重作業にも様々な制約が存在する。舞台フロアの迫(せり)やトイレの石材の移動には,小型のフロアクレーンを使用した。改修工事ならではの難しさが随所に見受けられた。
 地道な作業の連続だが,改修作業には世界的に評価の高い音のクオリティや,ホール全体の雰囲気を損なわないよう細心の配慮が払われた。
ビニールで養生されたパイプオルガン 稼働中のフロアクレーン
ホールマニアの現場所長
 現場を統括する武本毅所長は,自らを“ホールマニア”と言う。
 学生の頃から世界各地の音楽ホールに興味を持ち,数多くのホールを巡り歩いた。今回の工事を担当するに当たっても,ヨーロッパやアメリカのホールを多数視察した。そして,「サントリーホールほど音と内装の美しさの均整が取れたホールはない」と確信した。
 「このホ−ルが世界に誇れる貴重なホールであることは間違いない。この仕事に携われることに誇りを感じる。ホールに負けないプロの仕事をしたい」と語る。
 武本所長はアイデアマンでもある。現場では,施工面や安全管理面などで様々な工夫がなされている。その一例が,ホール前のカラヤン広場に面する,正面ゲート横の仮囲い壁面の緑化である。植物を仮囲い上部からチェーンで吊り下げる構造で,散水は自動化し,メンテナンスも地上で出来るよう工夫した。
 見た目にも涼しげで,人通りの多いカラヤン広場でひときわ通行人の目を引いた。広場内の滝や花壇にも馴染み,評判は上々。ゲートに向かって右側の壁面をサントリーが,左側の壁を当社が緑化。協力し合って周辺環境への調和を図った。
 当工事は8月末で完了。9月からは,従来からの音のクオリティやホールの雰囲気はそのままに,より快適にリニューアルされたサントリーホールで,特別記念公演が開催されている。
武本毅所長 カラヤン広場に面する仮囲い壁面の緑化。通行人も立ち止って眺める
工事事務所の皆さん。抜群のチームワークで,発注者のニーズに応えた
リニューアル後の大ホール。改修前と変わらぬ雰囲気が保たれた
column アークヒルズとサントリーホールの誕生
 1983年,赤坂六本木地区再開発事業(アークヒルズ)が起工した。当社は,敷地内造成,周辺区道工事のほか,アーク森ビルとサントリーホールの建設,ならびに全工区の施工調整を行った。着工から3年後の1986年,多様な機能を持つ建物群が有機的に関連する「複合都市」としてアークヒルズが誕生した。同年,サントリーホールも都内ではじめてのコンサート専用ホールとして開館する。同ホールは,サントリーの「ウイスキーづくり60年,ビールづくり20年」を記念した文化社会貢献活動の一環として計画され,「世界一美しい響き」を求めて日本で初の「ヴィンヤード形式」の客席を採用した。
 音楽ファンの熱い視線の中での開館以来,20年間で大・小ホールあわせて1万回以上の公演,延べ1,200万人以上の来場者をかぞえ,日本を代表するコンサートホールの地位を確立した。
 サントリーホールは,クラシック専用の大ホールと,リサイタルを中心に多目的な使用が可能な小ホールからなる。大ホールは,2,000を超える客席数を有し,計画当時は世界でも有数の規模であった。コンサートホールで最も重要な音の響きの確認には,当社技術研究所に同ホールの1/10の模型を設置し,巨匠カラヤンの立会いのもと,音響実験が行われた。
 建物は地上3階,地下2階の半地下構造となっており,屋上は盛土され,植栽が施され,公開緑地として開放されている。この重量を支える大ホールの屋根トラスは,強固な構造が採用された。また,屋上の歩行部分や車両通行部分を浮き床にする,ホールと外部との間のコンクリート壁を二重にする,空調騒音レベルをNC-20以下とするなど,様々な騒音対策が施され,当時から高い躯体精度と品質が要求された。
 大ホール正面に位置するパイプオルガンも世界最大規模を誇る。パイプ総数5,898本を有し,オーストリアの名門リーガー社のマイスターが,同ホールの音響特性にふさわしい柔かく温かみのある響きを求めて,1本1本のパイプを手作りで製作した。ホールに据えつけてからも微調整を重ね,完璧な整音が施された。
竣工当時のサントリーホール 誕生当時のアークヒルズ
interview サントリーホール 飯田芳憲支配人,竹田洋太郎副支配人
飯田芳憲支配人(右)と竹田洋太郎副支配人9月からリニューアルオープンした
サントリーホール。5ヵ月間の休館を要した
改修工事について,同ホールの飯田芳憲支配人と
竹田洋太郎副支配人に話を伺った。

飯田支配人 サントリーホールは誕生から20年が経過し,今回はその節目で改修工事を実施しました。
 この間,当ホールは「世界一美しい響き」を目標に,一貫して3つの柱に力を入れて運営してきました。まずは「ハード」。ヴィンヤード形式のホールは,当時の技術の粋を結集して造って頂いたものです。次の柱は「サービス」です。お客様が気持ちよく過ごして頂けるよう,バーコーナー,レセプショニスト等を取り入れてきました。3つ目の柱は「情報発信」です。独自の企画(ウィーンフィル公演,エデュケーションプログラム他)を充実させ,ホールをアピールしてきました。こういった取組みが多くの方々から評価を頂き,今の地位を築いてきたと思っています。
 しかしながら,海外の有名ホールと比べると,その歴史や伝統にはまだまだ及びません。

竹田副支配人 長期の休館で,お客様にはご迷惑をお掛けしました。設備が故障してからでは遅いので,まだまだ使用可能な部分もありましたが,節目に合わせて早めの対応を実施しました。工事に関しては,営業中は実施できないような高所の改修や,多様化するお客様ニーズへ対応できるよう設備の更新を実施しました。ただ,従来のホールの印象を変えることのないよう配慮する必要がありました。

飯田支配人 工事で一番心配だったのは,ホールの「音の響きの良さ」が損なわれないか,という点でした。多くの作業員が工事に携わっており,その人たちに,「最高の雰囲気の中で素晴らしい音楽を楽しんで頂きたい」といった我々の思いが伝わっているか,気掛かりでした。そんな中,武本所長が着工時の会議で,「文化財の中で仕事をすることの誇りと気概を持って欲しい」と作業員に話し掛けられました。その言葉を聞いて,ホッとしました。所長からは私共に対し,積極的に提案やアドバイスをして頂き,「自分のホールだ」ぐらいの思いが伝わってきて心強かったです。出来上がりには満足しております。

竹田副支配人 今回,カラヤン広場に面する仮囲いに植物をあしらいました。工事現場というと,どうしても「むさくるしい」イメージがあるのですが,カラヤン広場は公共性のある場所ですので,「絵でも描こうか」なんて思案していたところでした。ぜひ,他の工事現場でも取り入れてもらって,周囲を和ませて頂きたいですね。

飯田支配人 今後も鹿島さんとは,施工業者という立場だけではなく,ホールを運営するパートナーとして一緒に仕事をしていきたいと思っています。人と人との繋がり,信頼関係は重要です。時間と共に担当者は交代しても,こういったDNAは今後も継続させて欲しいです。一緒に「世界一のホール」を目指したいですね。