82年前の1923年(大正12年)9月1日に起きた関東大震災の被害者数は、従来、震災の2年後に当時の東京大学地震学教室の今村明恒氏が発表した「震災予防調査会報告」に基づく死者9万9331人、行方不明者4万3476人とされていました。
小堀研究室の武村、諸井は、関東大震災について資料の再調査研究を長年続けてきましたが、その過程において、被害の大きさを測る上で基本となる死者・行方不明者数ならびに住家全潰、半潰、焼失数に関する従来の数字が大きく異なっていることを解明し指摘してまいりました。
具体的には、行方不明が当時の東京市(ほぼ山手線の内側に相当する地域)で1055人であるのに対して、被害がそれほど大きくなかった東京府郡部は3万8000人余りとその数が多いことに疑問を持ち、市町村の個別データやその他資料を再調査検討することで、行方不明者と身元不明の死者が3万〜4万人重複している可能性が高いことを突き止めました。その結果が学界でも認められ、様々な分野で活用されている理科年表の「日本付近の被害地震年代表」が書き変わることになりました。