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私の仕事
File No.01
写真:松岡 良樹

松岡 良樹

中部支店 建築設計部〔1998年入社〕
1998年芸術研究科デザイン学科修士課程修了、同年入社、建築設計本部に配属、2007年より中部支店建築設計部。設計実務のほか、部内誌A+Eの編集に参画するなど活躍している。これまで携わった主なプロジェクトとしては、オリエンタルランドE-Village、秋葉原ダイビル。

コラボレーションによる
「見たことのない空間」の実現

多摩美術大学附属図書館

1. 再会

2008年春。多摩丘陵の緩やかな傾斜地に、澄ました表情で佇む多摩美術大学附属図書館。竣工から約1年ぶりの再会である。

多摩美の学生たちが、各々くつろぎながら、自然に図書館に溶け込み、また図書館も春の緑の風景に溶け込み、新しい大学の風景を創り出していることに安堵し、嬉しさを感じた。このプロジェクトが始まったのは2004年の冬。足掛け3年のプロジェクトであった。

ガラスとコンクリートに顔を近づけ、手で撫で付けてその感触を確かめ、ぐるぐると図書館の中外を歩く。うんうん、大丈夫だ。うまく使われている。何よりも使い手である学生たちが活き活きとしている。やっぱり建築は使い手のためにあってこそだ。

この建築に関わったすべての人たちの高い志と強い意思によって、この場所が成り立っていることを、この場で皆さんに紹介できればと思う。

写真:完成後 外観 写真:完成後 内観

2. 出会い

2004年のクリスマス。設計監修を手がけられた多摩美術大学八王子キャンパス設計室をはじめとする大学関係者、基本設計者である伊東豊雄建築設計事務所、佐々木睦郎構造計画研究所、そして鹿島の関係者が一堂に会し、キックオフ会議が行われた。そこで初めて対面した模型は、これまで目にしたことのないまったく新しい建築であった。

多摩美術大学附属図書館。スレンダーなアーチに囲まれたその白い模型は、抽象的であり、その完成した姿を直ぐには自分の頭のなかにはっきりと具体化させ、実感することができなかったが、その設計コンセプトには強く共感した。伊東氏の建築はそれまで数多く見ていたが、この図書館はその中でも一番共感できるものだった。「面白い、徹底的にのめり込んでやろう」と胸の高鳴りを強く感じたことを、今でもはっきり覚えている。

写真:伊東豊雄建築設計事務所による模型(コンセプトモデル)

伊東豊雄建築設計事務所による模型(コンセプトモデル)

写真:伊東豊雄建築設計事務所による模型(コンセプトモデル)

伊東豊雄建築設計事務所による模型(コンセプトモデル)

3. 共感

基本計画段階からKAJIMA DESIGNは全面的に設計をバックアップ。基本計画を終える頃には、鹿島のKIビルに伊東事務所の中山英之さん(元所員)、庵原義隆さん、秋山隆浩さんを迎え、共に実施設計を進めた。自身の中で設計の原点に立ち返り、図書館をどう捉えるかを考えていた頃だ。

建築の姿を消す。無駄な線を消す。自然に表出する場所をつくること。傾斜する敷地に床を合わせ、すべての空間を緩やかに繋げる。独特の建築形態ではあるが、その設計主旨は、たいへん分かりやすく、私自身の感性に近いと感じていた。

設計担当として並行して工事監理を進めていた別の大学キャンパス内の小さなカフェも、図らずも図書館と同じコンクリートの打放しであり、躯体と素材をそのまま見せること、より分かりやすくシンプルに形態をつくることを心がけていたため、現場での体験を設計にフィードバックできればと思った。建材のカタログを片っ端からひっくり返し、伊東事務所の3人と素材選びに躍起になっていた。キーワードは「コンクリートと白と亜鉛メッキ」。あえてそこに意図を持たせないコンクリートと白い壁と、亜鉛めっきの金物。この時のイメージは家具、サイン、グレーチング、空調目隠しエキスパンドメタルなど、細部にまで展開され、具現化されていった。

写真:小さなカフェ

別の大学キャンパス内の小さなカフェ

写真:空調吹出口

エキスパンドメタルで囲った空調吹出口

4. 見たことのない空間を具体化する

構造設計は佐々木睦朗氏の指導のもと、鹿島が実施設計を行った。複雑極まる3次元モデルにX、Y、Zの座標軸を1つ1つ入力し、計算上の力を与え、粘り強くチェックを繰り返す構造設計担当も、その本領を発揮。普段は見せないような大技、力技を披露してくれた。

基本設計中から、施工サイドとの打合わせを開始。設計意図を施工サイドに伝え、施工方法をイメージしながら設計に反映する。設計図が完全に固まる前に、設計と施工の両面から問題点を洗い出していく。鉄骨会社、型枠会社、ガラスメーカー、シールメーカーなど、関連する職種すべての工事担当を一堂に集め、多面的にプロジェクトをバックアップしていく。鹿島の施工能力の高さはここから来ているのだと、改めて認識を強くした。設計施工を一貫して手がける会社に身を 置く立場であるからこそ味わえる醍醐味だ。

写真:鹿島による構造解析モデル

鹿島による構造解析モデル

写真:検討スケッチ

設計プロセスでの
ガラス納まり検討スケッチ

5. 連続するアーチとツライチのガラス

屋根を浮かせるイメージから結果として出現したアーチであるが、その形態はやはり、この建築の一番の特徴となっている。形状の複雑さから実施図作図は困難を極めた。すべての異なる柱形状と傾斜する床と屋根。自在に湾曲する壁芯。XY座標に加え、Z座標をひとつづつ丹念にプロットしていく。既にこのCADデータが、鉄骨、型枠、ガラス製作、すべての施工データ基準となることが分かっていたため、チェックには細心の注意が必要であった。ここで間違えば、すべて最後まで尾を引くというプレッシャーとの戦い。

外周部の2面は曲面となっていて、ガラスもやはり円弧を描き、コンクリートにツライチでピタリと納まる設計。絵は描けるが、果たして実現できるのか。

ガラスメーカーと設計の早い段階から打合わせを始めた。施工担当者も決まり、設計者、施工者、ガラスメーカーが共に同じ図面を見ながらアイデアを出し合い、完成度を高めていく。耐風圧、止水性能、結露計算を同時に並走させ、ミリ単位で形態を決めていく。

写真:実施設計CADデータ

実施設計CADデータ
(アーチライン作図)

6. 試行錯誤の連続

前例のある建築ならば、似たような事例もあり、参考になる。今回は違う。新しい試みを具体化するためには膨大な検証と裏づけが必要になる。

例えば巨大なガラスファサード。一見するとコンクリートに覆われた建築に見紛うが、ガラス面積は建物立面の約1/3を占める。15mmの透明フロートガラスを主体とするガラス面は日射を受け、温熱環境シミュレーションによる検証が必須であった。窓周りにペリメーター空調を施し、日射遮蔽フィルムをガラスに張り、カーテンを閉めてもまだ不安要素はあった。一時は西側のガラス面を塞ぐことも考えられたが、ランドスケープデザインの設計担当から西側に高木を植え日射を低減する案が浮上。シミュレーションに反映しつつ、技術研究所での実物試験を経てどうにか環境を整えることができた。温熱環境、床噴出し空調効果のシミュレーション等設備的な検証もこの建築を支えている。

実大モックアップによる施工検証も行った。アーチ型の鉄骨を製作。3次元の型枠を当て、流動性の高いコンクリートを流し込む。コンクリートの伸縮を計測するためにモックアップには多数のセンサーが組み込まれた。曲面ガラスがピタリとコンクリートに納まった時、パッと目の前が明るくなった。このレベルの施工を行えば、実際も実現可能だと確信をもった瞬間だった。

写真:温熱環境シミュレーションの一例

温熱環境シミュレーションの一例

写真:実大モックアップによる施工検証

実大モックアップによる施工検証

7. 高いハードルの連続飛びの果てに

施工が進んでからも次々にハードルは出現し、それを乗り越える連続。現場施工担当も伊東事務所の担当も、そして我々KAJIMA DESIGNの設計担当も前を向いて走り続けた。

2007年の秋、コンクリートの型枠がはずれ、その構造体を目にしたとき、アーチに囲まれた大きな空間に足を踏み入れた瞬間、感動で心の底から震えがわきあがってきたことを思い出す。

この建築に関わる多くの人々の強い志の集積が、自分自身の目前に存在すること、そして投光機に照らされ、やわらかに浮かび上がるこれまでに見たことのない建築、その美しさへの感動であった。

写真:工事中 写真:工事中

8. 新しい意思を、新しい建築に

竣工を目前に控えた2007年1月、家具が入る前に館内を歩く。アーチ越しに水平に抜ける視線。柔らかな曲線を描きながら立ち上がるスレンダーなコンクリート躯体。これまでに経験したことのない「豊かさ」をこの建築から感じた。正直、設計中はもちろんのこと、施工中にもイメージできていなかった空間のもつ「豊かさ」がそこにあった。建築は人々の心に豊かさをもたらすことができる。

現在、設計を手がけている建築の中に、ここで学び得た経験を最大限に注ぎ込むべく、新しい挑戦を始めている。多摩美での仕事を通じ、自分自身の中で掴んだキーワードは「限りないニュートラル。」

次の展開に見えてくるものは「多摩美術大学附属図書館」とは違った姿かたち、になることだろう。ただ、根底に流れる設計の意思は一貫する。

「豊かさをシンプルに示すこと」を、実現していきたい。

写真:施工後、家具が入る前

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