岩崎 庸浩
〔2006年入社〕
2005年工学研究科修士課程修了、2006年入社。建築設計本部に配属。設計実務のほか、社内誌A+Eの編集に参画。これまでに携わった主なプロジェクトは、佐々木ビル、他。
5年間の集大成
1. 設計チームに加わる
2011年9月11日、久しぶりに訪れた銀座は、厳しい残暑にもかかわらず、中央通りの歩行者天国には人々があふれ、行き交い、活気に満ちていた。その4丁目交差点の一角に三越銀座店はたち、増床オープン後、1周年を迎えていた。
さかのぼって2006年春、新入社員として配属されたグループでは、1年前にコンペにて入手した三越銀座店のプロジェクトが始動していて、そのチームに加えられた。右も左もわからない状態でのいきなりの実戦だった。
日本一有名な銀座4丁目交差点の顔である建物の増築・改修は、社会的にも影響力のある大仕事に違いない。「悔いの残らないように精一杯やろう」、そう心に誓った。
2. 前途に難問の数々
まずはプロジェクトの理解から始まった。
既存の本館の隣接地に新館を建てる。これだけならどうということはない。通常、百貨店の新館は数本のブリッジで本館と接続されているケースが殆どである。しかし、当社の提案は、本館と新館に挟まれた区道を廃して付け替え、旧区道上で建物を一体化させるというものだった。
さらに、都市再生特別地区の申請による公共貢献、銀座デザイン協議会との協議、本館の営業を継続しながらの改修、全館避難安全検証法・消防ルートCによる高度化設計手法等々、工程のすべてにわたって難問が待ち構えていた。先行きも分らないながら呆然としたことを覚えている。
3. 長期プロジェクトの中での役割
本新館あわせて延床面積約8万m2を超える大規模で、複雑な、長期間にわたるプロジェクト。関係者多数、会議数も多い。仮に設計担当が1人であったとしたら、会議だけで1週間が終わってしまう。
そこでチームが組まれ、成員の役割が決められる。私は「デザイン部会」、即ち建物の核となる“ファサード”、“パサージュ”、“銀座テラス”を中心としたデザイン提案を行う会議の担当。楽しくもあるが、責任は重大。顧客との打合せに参加し、議論を重ねてものを決定して行くプロセスに深く関与できたのは幸いだった。
4. CGを用いたデザイン提案
いよいよ実戦。1~2年目は、ファサードを中心に検討を重ねた。グループ内で日夜討議を繰り返し、案を練り、週に1回開催されるデザイン部会で顧客打合せを行った。関係者間で少しずつ意識が共有され、デザインも洗練されて行った。
スケッチ・図面・模型等、状況に合わせた手法を用いたが、短いサイクルで複数案の提示が必要だったため、CGによる検討が特に有効だった。自分が作成したCGを自分で説明することで、徐々に信頼を得られている実感をもてた。
紆余曲折あったが、2年の歳月をかけようやく最終案へと行きついた。
5. 提案の魅力づけ
3年目に入ると、道路の付替えや都市再生特区等の認可が下ろされ、一気に実現への動きが加速していった。
設計フェーズも実施設計へ移行、カーテンウォールのサッシ形状や割付、石の割付、スリット窓の配置、ディテール等々、詳細の検討が進められた。ここでも図面だけでなくCG、模型、モックアップなど様々な手段で多角的に検証された。
外部照明、ランドスケープについては、各々専門事務所とのコラボレーションを行い、相互の刺激によってデザインに一層の魅力づけをもたらすことができた。
6. 顧客と共につくる
正面の約2000m2の石の壁面。建物の表情を決定する最重要ポイントである。顧客と共に街に出て、石を用いた実例作品を見てまわりながら、「ランダムな表情」というイメージの共有化を図っていった。石種を決定すると、全数を敷き並べ、入れ替えや差し替えを行い、イメージの実現をめざした。
振り返ると素材の選定に限らず、顧客と私たちのあいだで時に意見の相違があったにしても、ひとつずつ納得いくまで議論を重ね、「共につくる」という意識が強くもたれていた。ものづくりのプロセスを共に歩むことにより、建物に対しての愛着が育まれ、長く大事に使われていくのではないかと思う。
7. 明確な意図の伝達
4~5年目になると、現場が動き出し、これまで図面で決定してきたことが刻々と出来上がっていく。その姿を目の当たりにしたときの感動は忘れられない。同時に職人さんの多勢に驚き、建物は人の手によってつくられることを改めて実感。
図面に記した内容を実現に移すには、製作し、施工する多くの方々に、こちらの意図を正確に伝えないといけいない。大量の製作図のチェックでは性能や品質はもとより、伝えたいこと、考えていることをすべて記載するよう努め、上司のチェックを見返して、要所を学ぶよう心がけた。
しかし、抜け落ちてしまうこともある。図面に記されていないものは実現しない。図面の重要性を身にしみて痛感したのもこの時期だ。
8. オープン。そして・・・
2010年9月11日。とうとうこの日がやって来た。
「三越銀座店増床オープン」
店内は、生まれ変わった三越に足を運ぶたくさんのお客様で埋め尽くされていた。行き交う人々のにぎわいが建物に息吹を与えているように思えた。
入社から5年間、ひとつのプロジェクトを最後までやり通せたことは、とても貴重な経験となり、自信へとつながった。
多くの困難を抱えて出発したプロジェクトが実現に至ったのは、関わる人々の強い思いがあってこそだと思う。この気持ちをいつまでも忘れずに今後の設計活動に取り組んで行きたい。