特集:進化するコンクリート

寿命1万年のコンクリート〈EIEN〉
古代ローマ時代に建設された「パンテオン」の大空間 (C)Taro Igarashi
古代ローマの“化学反応”
 コンクリートの歴史は古代ローマ時代にまでさかのぼる。神殿や競技場,水道橋といった大規模な建造物にコンクリートが用いられていた。しかし,約2,000年前の“古代コンクリート”は現在のものとは少し異なるようだ。
 当時,ローマ帝国には「ポッツォーリの塵」と呼ばれる火山灰が降り積もっていた。ポッツォーリとはナポリ西部の地名で,この一帯に落ちた火山灰と石灰を混ぜたものが古代のコンクリートといわれている。火山灰と石灰を混ぜることで化学反応が起こり,自然界にはない強度をもった物質が生成される。これを建設技術に発展させ,都市の基盤づくりに役立てたのである。
 現在,コンクリートに用いる混和材「ポゾラン」が,「ポッツォーリ」の派生語として古代の名残を留めている。

古代中国の“肌”
 近年の調査で,中国・西安市の郊外にある大地湾遺跡から古代ローマのものによく似た約5,000年前のコンクリートが発掘された。それも原形をほぼ留めた状態で,である。この驚くべき耐久性の秘密は,炭酸化と呼ばれる化学反応にあることが調査データの分析によって分かった。
 現代のコンクリートの寿命はおよそ100年。建設工事で用いられている一般的なコンクリートは,地下水に長い間さらされると,表面からカルシウム成分が溶け出し,劣化が進行すると言われている。このため構造物のメンテナンスは欠かせない。
 しかし,中国で発掘されたコンクリートの多くは,炭酸カルシウムの働きで表面が大理石のように滑らかになり,水などによる内部の浸食を防いでいたという。

古代のエッセンスを抽出
 当社ではこの原理を応用した新型コンクリート〈EIEN〉を,電気化学工業,石川島建材工業と共同開発した。
 〈EIEN〉は,コンクリートに特殊な材料を混ぜ合わせ,表面を炭酸イオンと反応させることできめ細かい“肌”をつくり出す。この滑らかな表面が地下水や塩分の浸透を防ぎ,コンクリートの耐久性を向上させるのである。
 その推定寿命は1万年。苛酷な環境におかれる橋脚や地下構造物などの補修の回数を大幅に減らすばかりでなく,アルカリ度が低く中性に近いため,自然環境にやさしく,生物との共存にも適している。
〈EIEN〉を適用した埋設型枠 左の写真の型枠を用いた桟橋の床版下面。埋設型枠に適用したことによって,コンクリートの厚さを薄くしながら,構造物の耐久性が向上できた
〈EIEN〉を敷いた水槽(左)と通常のコンクリートを敷いた水槽との比較。右の水槽はカルシウム成分が溶け出し,濁っていて,透明度の差は一目瞭然。通常は強アルカリ性のコンクリートだが,EIENは中性に近く,金魚も棲める
炭酸化による高耐久化の概念図
〈EIEN〉を海水に浸した際の遮塩性を検証する試験結果。色の分布は材料に入った塩分の濃度を示す(暖色になるほど濃度 が高い)。炭酸化によって水の浸透を防ぐ〈EIEN〉からはコンクリートがほとんど溶け出ていない(左)
コンクリートの歳月
 今回の〈EIEN〉で1万年の寿命を推測できたのは,中国の発掘調査で得られた古代のコンクリートをはじめ,長い時間が経過したコンクリートからデータを収集し,解析する手法が確立されたためである。これによって,高精度・短時間で1万年後に予想される姿を把握できるようになった。
 古代のコンクリートは厳密に言えば,現在,建材として用いられるコンクリートの直接の“先祖”ではない。私たちがよく知る一般的なコンクリートの歴史は200年にすぎず,今回の解析手法が確立されるまで,寿命1万年は未知の世界だった。
 しかしこの成果によって,コンクリートの耐久性を“追跡”する道は一気に開かれた。その名のとおり“EIEN(永遠)の社会インフラ”が誕生する日もそう遠くないのかもしれない。

 寿命1万年のコンクリート〈EIEN〉
 金属のように曲がるコンクリート〈ECC〉
 薄さを極める超高強度コンクリート〈パワークリート〉
 環境との共生をめざす〈自然対応型コンクリート〉