特集:都市再生と開発事業

1.伊藤 滋 早稲田大学教授に聞く

都市の再生に関する施策を重点的に推進するために政府が内閣に設置した都市再生本部。
各界の識者を集めた都市再生戦略チームと有機的に連携し,関連する重要法案の一部が成立するなど,「都市再生」の動きがいよいよ具体化している。
都市計画分野の日本の頭脳として活躍され,都市再生戦略チームの座長も務める伊藤滋早稲田大学教授に,これからの都市再生のあり方,民間が果たす役割などについてお話をうかがった。


聞き手:
開発事業本部副本部長 山口皓章
伊藤 滋  

戦略チーム誕生の背景とねらい
山口 始めに都市再生本部,それと都市再生戦略チームについてお話を伺いたいと思います。先生は現在戦略チームの座長としてご活躍されているわけですが,戦略チームができた背景と活動につきまして,お話しいただければと思います。

伊藤 都市再生戦略チームは,前の都市基盤整備公団の総裁で,政府から都市施策担当の首相補佐官に任命された牧野徹氏の知恵袋として動いています。法的な組織として認知されているものではありません。ですから,しばられず何でも議論できるという面があります。都市再生本部のような公の組織は,どうしても公の定める仕事,例えば特別措置法に基づく公務や会議資料の準備などに追われてしまいます。幅広い外部からの情報が必要なのです。そこで私が座長をつとめる戦略チームは総理にさまざまなレクチャーを行い,総理が「これはおもしろい」と,大きな関心を寄せた課題やその重要性を再生本部に伝達していく,そういう役割を果たしております。
 戦略チームは昨年9月21日に発足しました。その時の方針を綴った「伊藤滋メモ」が戦略チームにおけるコンセプトになっています。このメモには,都市再生の二つの大きな狙いを定めています。
 その一つめは,都市再生の目的である「日本経済再生・構造改革」をサポートすることです。ここで問題なのは,従来のインフラストラクチャーの整備にあまりにも長い時間を要していることです。公的機関も例外なく時間コストを重要と考えるべきなのです。従ってこれから都市再生特別措置法によって提案される民間からの再開発などのプロジェクト,それについては「イエス」「ノー」の判断を6ヵ月以内にする。役所には,民間的な時間の使い方で行動してくれと言っています。
 二つめは,役所と同じレベルで議論し,仕事を進める,そういう力量のある民間組織には,十分な信頼のもとに,公的な仕事をやってもらおうということです。特別措置法では,この2点を法律的に裏づけ,民間や公的機関の行動について明快な指示を与える,そういう枠組みが示されています。
 もう一つ重要なのは,特別措置法は10年の期限を設けています。20年も30年も同じようなことをやっても意味がないからなのです。

伊藤滋
伊藤 滋 (いとう しげる)
1955年 東京大学農学部林学科卒業
1957年 東京大学工学部建築学科卒業
1965年 東京大学工学部都市工学科助教授
1981年 東京大学工学部都市工学科教授
1992年 慶応義塾大学SFC環境情報学部教授
  大学院政策メディア研究科教授
2001年 早稲田大学理工学部教授(現職)
都市計画中央審議会会長,
国土審議会委員など都市計画,
国土計画等の委員会委員を歴任。
昨年来,小泉首相の都市再生戦略チーム
座長を務める。

まなじりを決した都市計画

官民が連携して速やかに都市再生を図るしくみが出来上がりつつある。開発を進める上で,日本独特とも言われる複雑な権利調整にいかに取り組むべきであろうか?
山口 常日頃,先生が言っておられる言葉に「まなじりを決した都市計画」がありますが,都市再生のために,まさにこの強い都市計画が必要かと思います。

伊藤 私の言っている強い都市計画とは,必要とされる公共事業を地方自治体が強い意志で進めていくということです。しかし,日本独特の「調整」に時間がかかりすぎることが問題です。たとえば,幹線道路の計画でも,時間がかかりすぎればその間に地域が成熟してしまいます。
 強い都市計画では,まず公的機関が関係地権者との話し合いを徹底的に行い,論点を明確に整理する。一方で公の責務で進めるべき仕事は進め,ある条件とともに関係者が納得できる措置を明快に示す。だれもが必要と思っているが,関係権利者にとっては複雑な問題を含んでいる公共事業,これについて強い都市計画で臨むことが重要なのです。

山口 そういたしますと,事業・計画を進めていく上での住民との合意形成,そこでの基準が大事になろうかと思うのですが・・・。

伊藤 まずは法律を正しく実行することが重要です。そのために官も民も,「契約行為」を大切なものと認識するのが21世紀の日本社会ではないでしょうか。契約は双方に,ある程度の利益を生み出せない限り,合意・成立には至りません。今までの都市計画決定の際には,そのような認識が薄かったのではないでしょうか。相互利益の合意を得たら,契約を成立させ,それを瞬時に執行する。これが重要です。
 第2点目は,集団の責任にしないということです。日本は集団に責任を転嫁し成功も分け合う傾向があります。欧米民主主義の都市計画では,政治的に任命された執行者が,全責任を持って仕事をしています。日本においても,役所の人間が専門領域のエグゼクティブ・ディレクターとして社会的評価を背負い,次々と新しい計画を手がけていくマネージャー的な制度があってよい。そういう感覚を持ち込む法律が,私は特別措置法だと思います。

山口副本部長
山口副本部長

都市の魅力を高める草の根まちづくり
伊藤 都市再生を別な側面から考えると,東京や大阪などの大都会に限らず,20世紀後半からつくり上げてきた全国の街を,官も民も腰を入れて徹底して質をよくする方向で更新していく,これが長い意味での都市再生だと思います。これは国民的関心事でもあり,総理にも進言しました。それが「草の根まちづくり国民運動」です。総理からも「これはおもしろい。何とかしろよ」という指示があったわけです。これも先ほどの伊藤滋メモの中に入っており,都市再生本部が提出した「全国都市再生のための緊急措置」には,公的資金を導入することも反映されています。

山口 先生がお書きになりました『東京育ちの東京論』の中で述べておられるような,日本の都市の魅力などをお聞かせ願えればと思うのですが。

伊藤 東京のようなところで都市計画を適用しますと,単純な都市計画の筋道だけでは絶対に答えが解けません。国や都が定めた筋道も,区とか市町村に行くと,その地域の実態に合わせて解釈しますよね。総論と各論といいましょうか,そういう地域の多様性が東京の中には数多く存在します。
 東京とよく比較される都市にニューヨークがあります。でも,ニューヨークは地域の特徴がだいたい読めてしまう。これに対して,東京の雰囲気,キャラクターは,マンハッタンとは比較にならないほど多様です。また,欧米の都市ではマイナスの要素,犯罪や失業などの問題を抱えている市街地――都市のシャドーの部分があります。いわゆる影の部分と表の輝いているところの落差が非常に大きいのです。日本は,いわゆる下町でも犯罪が多いわけではないし,逆に安心して暮せる風情,雰囲気があります。そういう場所が,東京にはたくさんあるわけです。日本人には小さいスケールでうまく生活を組み立てる抜群の能力があるのです。それも一人一人ではなく,集団として組み立てる能力に秀でています。それが,東京の広がり,魅力ある多様性をつくっているのです。都市計画ではなく,地方から東京に集まってきた人々がその地域に合う村社会をつくっていった。その集積体が東京ということです。これが東京の最大の特長だと思います。

都市再生の具体策 関連法案もすでに一部が成立
政府は都市再生に民間の資金やノウハウを誘導することを目的として,規制改革や新制度創設に着手。今通常国会には,関連する5つの法案が提出され,都市再生特別措置法と都市再開発法(改正)が成立している。
都市再生の具体策

一つの都市の中に多彩な顔を持つ東京。その魅力をさらに活かすためには何が必要とされるのだろうか。
伊藤 都市開発というのは,大規模なプロジェクトだけで街が変わるのではなく,それらは大都市が変化する中で,だれもが「あっ,よくやった」というような極めて象徴的な部品に過ぎません。その他の大半は,街の大工さんとか不動産屋さんが手がけているわけです。そういう人たちに,まちづくりの重要性を認識していただかないと,よい街はできません。この小規模なものも集合すると非常に大きいマーケットとなり,これらが元気になれば雇用の吸収力も大きくなります。いかに東京や大阪にそういった種を仕込むか。これが一番重要な課題だと思っています。 伊藤 滋

ソフトが生むビジネスチャンス

快適な環境を創造するためには,人に優しいソフトも必要である。そこにはいかなるビジネスチャンスが潜んでいるのだろうか?
山口 当社は,道路・上下水道・ダム・超高層ビルなど,ハード面の技術では人後に落ちないと思っておりますが,ソフト面の開発という点でお話をうかがえますでしょうか?

伊藤 これからの都市開発では,ソフト面の開発に色々な可能性があると思うのです。総合設計などによる高層化などハードの手法には限界がありますが,ソフト面からは都市開発の領域で面白いチャンスが出てくると思います。
 ソフト面の開発として,たとえば2003年問題に対応するオフィスの下取り事業などが考えられますね。新しいオフィスビルができますと,古い既存のビルの競争力は低下しますよね。こういったビルについては,ニューヨークではそれ以上の無駄な資本を入れず,使命を終えたという発想で放擲(ほうてき)します。そして,新しいところにもより儲かる種を探して新しいビルをつくります。ところが,古いビルでも活かして使うことも必要です。そうすると,古いビルの下取りシステムも考えられます。例えばアメリカでもラスベガスで失敗したホテルコンプレックスを安い値段で下取りして,種類の異なる事業を展開して収益を得るかもしれない。失敗したら,再度下取りに出す。アメリカの商業施設は3回ぐらい下取りを繰り返すという話をよく聞きますよね。たとえば,鹿島の都市開発部門にビルの下取り専門機能を設けるというのはいかがでしょうか?この機能が働くのは,逆にそれに向いた技術なりお客さんなりを持っているということでもありますし。

山口 技術的な話であれば,リニューアル技術が活きますし,ソフト面であればテナント誘致の実績,利用法を考える商品企画力,それとお金の話ですと,例えば証券化のような話かと。それらをいかに組み合わせて総合力を発揮するかが腕の見せどころという感じがいたします。

伊藤 そうですね。証券化を視野に入れれば面白いかなと思います。たとえば,古いオフィスビルを部分的に倉庫に改造するというのもあるかもしれません。倉庫仕様であればリニューアルコストも抑制できますし,低層部に商業施設,中間に倉庫があって,上層部にワンルームマンションがあるようなコンプレックスですね。それを証券化して売るというビジネスもあり得ると思いますね。こうして見ると,2003年問題というのは,逆に全く違うビジネスが生まれるチャンスであると思ったりしています。

都市再生本部と都市再生戦略チーム

都市犯罪の防止を担う新しいしくみ

「魅力あるまちづくり」には,安全と安心の確保が大前提となる。伊藤先生が考える犯罪防止のための新しいしくみとは何か。
山口 先生が長く手がけてこられた都市犯罪の問題について,お話をいただけますでしょうか。

伊藤 都市犯罪の問題は,都市再生戦略チームの課題として正式に取り上げています。当たり前の話ですが,犯罪が多いところで再開発をやって,公園をつくっても犯罪に使われるだけです。犯罪の多い所では公園には誰も行かないですよね。それに犯罪が多くなると,ちょっとした通路などがとても不安になります。特に夜は・・・。当初はオフィスビルとして成功しても,長期的には衰退していわゆるシャッター通りになってしまったような場合,つくったものが逆に犯罪のきっかけになることもあるのです。
 犯罪を防止するためには,常に目配りをきかせながら歩く人が必要です。ところが警察官ではコストが高過ぎる。そうすると,民間で低コスト,しかも一定の質が保証された見回りを行う。そういったことを請け負うマーケットが必要になってきます。建物の外や敷地外の見回りは,従来は警察の役目でした。ところが,近年,警察は犯罪の多様化の対応に手一杯で,そこまで細やかに街を見回れなくなってきました。そこで,普通の警察官ではなく,警察官を定年退職したOBや学校の先生や消防官のOBなど,そういう方々がNPOをつくって見回るようなことが考えられます。
 公と私の間の「共」という空間――民も手助けし,公も費用面などから補助をする,共の空間の発想が出てくるのです。犯罪の現場になりそうな場所,たとえば,夜道や夜の公園,トイレなどの場所を共の空間としてNPOが見回りをする。NPOがよく見回わればそれだけで犯罪が起きません。犯罪の増加は,青少年非行から始まるという面があります。やはり父親の年齢のような人たちがいつも見守っていると,それで心理的に非行に走らなくなることもあるのですね。これも都市再生の重要なレベルですし,雇用にもつながる。もしかするとNPO主体のビジネスとして成り立つかもしれませんね。

伊藤 滋

21世紀は維持管理の時代
山口 先生が言っておられる,「都市計画や創造も大切だが,今後は維持管理も極めて重要になる」という観点からのお話もうかがえますか。

伊藤 先ほどの2003年問題も,80年代のバブル時代の建物のメンテナンス,維持管理の問題です。それから,NPOの話などは,「団塊の世代」の退職後の雇用創出という点で一種の「人間の維持管理」につながるとも考えています。団塊の世代は忙しさにかまけて子供の面倒をあまり見て来ませんでした。退職後に一度家庭に立ち戻って,第二の仕事としてやるのはいいなと思いますね。

山口 つまり,都市環境の維持管理にも資するし,新たな雇用も生み出すという一石二鳥というわけですね。

伊藤 それから実験的な特区をつくるのはどうかなと思っています。それも規模の小さな特区。そこでは,ハード的に建物を変えるのではなく,地籍調査をして,小さな駅前広場をつくり,子供たちの非行防止のための監視をする。それらのシステムを構築したら維持管理費用は役所が出す。地域を決める特区というよりは,システムに対する特区を定めて,そこでシステムの実験をする。バイオや物性の実験などと同様に,都市再生や都市問題でも実験は必要なのです。フィールドをきちっと設定して公が責任を持って3年間見守る。そういう特区があってもいいのではないでしょうか。
 維持管理は非常に重要で新しいビジネスチャンスも生まれる。そのように考えていくと,都市再生はおもしろいなあと。団塊の世代の維持管理もありますし,「都市のリニューアル・維持管理は,21世紀初頭の50代の男に委ねられている」。これキャッチフレーズとしても結構いいでしょ?

都市のリニューアルを推進するボストン

意志を共有するまちづくりのための制度改革
山口 先生が指摘されている,都市再生に必要な制度改革についてお話をうかがえますでしょうか。

伊藤 制度を変えることは非常に難しいですね。ですが,「制度とはかくあるべき」という観点でつくられたものは,実社会がそれに合わないとすぐボロが出ます。僕の持論として,法律・条項はなるべく少なくする。根幹のところだけきちっと押さえて,あとは条例に任せる。建築基準法も都市計画法も,港湾法も,消防法も。そうすることで初めて,地方自治体も民間業者と実情に合った話をしながら,条例に従った建物がつくられ,都市計画が実行されていくのです。
 それから,地域連携が重要です。たとえば,県境で県主導のプロジェクトを進めていこうとすると,どうしてもその県のメリットばかりに目が向いてしまう。ですが,県境を越えて考えれば, 隣の県の既存施設とのシナジーが生まれ,よりよいプロジェクトになる。そういった例があります。これからの時代は,民間企業が質のよいビジネスを展開するときに,県境が無意味であればそれを外して考えていく。そういうオペレーションが,地方自治法の運用で考えられるはずです。都市再生戦略チームも,地域連携と省庁連携が重要と提言しています。県境をなくして考えるというのは地域連携で,さきほどの都市犯罪の防止・減少などは省庁連携という言葉を使っています。

民間企業,鹿島が都市再生に果たす役割

経済回復の起爆剤となることが期待される「都市再生」。民間企業が果たすことのできる役割,建設を基盤とする当社が果たす役割とは何だろう。
山口 私どもはデベロッパーとして30年間開発事業を手がけてきたわけですが,民間企業が都市再生に果たす役割についてお話を承りたいのですが。特に,鹿島が果たすべき役割といったことも含めまして。

伊藤 民間企業が手がける都市開発に必要とされるのは,まずは十分な資金力です。資金力を都市開発に充てる決断ができる企業が生き残る。資金力が豊富ということは,たとえば鹿島の開発を見てもそうですが,商品のバリエーションを揃えられるという利点につながります。不動産や建築の領域では,変化は少しずつ進むものです。時代や経済状況が変化しても,収益も損失も急激には変化しませんが,足し合わせると全体にプラスは確保できる,そういったリスクヘッジに対する戦略としては,商品の多様性を図っておくことが一番いいのかなと思います。伊藤 滋

 次に,これは当たり前のことですが,儲かるものでなければやるべきではないのです。ところが,日本的なしがらみの中ではその根底のルールがよろめくことがあります。ここでも責任の所在を明確にしておくことが大切です。「ノー」というべき時は「ノー」と明確に言う。それをやらないと,特に鹿島のような大きな会社の場合は,それだけしがらみも多く,何でもかんでも引き受けて,いつの間にかのっぴきならない状況になってしまう恐れがある。鹿島は都市の複合開発や地域開発など,様々な種類の豊富な事業経験があり,事業選択の厳しい尺度を持てる会社であると僕は思っています。

山口 当社の30年に及ぶ開発事業の歴史の中で,我々は成功体験と失敗体験の両方を持ちながらやってきた意義はあると感じています。アクセルとブレーキを併用しないとやけどを負う危険性もあります。アクセルとブレーキの両方を持ちながら,あるときは情熱と気概を持って前を向いて都市再生という大きな旗を掲げていこうと思っております。
 建設業者としての鹿島が果たすべき役割についてはいかがお考えでしょうか。

伊藤 鹿島は今度JR東日本,鉄建建設との連携を強化することになりましたね。鉄道とはよいところを狙っていますね。鉄道と駅は日本の都市開発の特徴で,非常によい公的な資産です。街づくりに鉄道をうまく使うのは,本当に大事なことです。鹿島にとっても鉄道は原点ですよね。
 また,鹿島はハードを知っている強みがあります。ソフトの重要性はお話しましたが,ハードに対する優れた実績があれば,ソフトをオペレーションするためにどのようなハードの箱が必要かわかるわけです。本当の空間的都市再開発をやってきた実績をもってすれば,ソフトとハードの双方の領域からバランスよく利益を得ることができ,結果的にその額も大きくなる。そういった総合性が,鹿島の都市開発の特徴と強みではないでしょうか。





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