特集:洪水から都市を守る

「総合治水対策」を考える 〜中川・綾瀬川流域の事例を踏まえて〜



津森 貴行 建設省関東地方建設局 江戸川工事事務
調査課長 津森 貴行 氏

昭和50年代半ばから始まった「総合治水対策」。その推進の中心となる建設省は,総合治水対策をどのように捉え,整備を進めているのだろうか。その事例として,首都圏外郭放水路をはじめ,江戸川及び中川・綾瀬川流域を中心とした治水対策に取り組む,建設省関東地方建設局 江戸川工事事務所にお話を伺った。

●都市に水害が多発するようになったのは,どうしてなのでしょうか?
 昭和30〜40年代から日本経済・産業の発展に伴って急激な都市化が進みました。そういう状況の中,川への流出の形態が変わってきたのです。つまり,急激な都市化を受けて,従来その土地が持っていた水が浸透する機能(保水機能)と水が滞留する機能(遊水機能)が失われてしまった。その二つの機能が保たれていれば,降った雨は時間をかけて少しずつ川へ流れていくのですが,コンクリートやアスファルトに覆われた都市では,降った雨が短時間に,一気に川に流れていこうとします。このような傾向が大都市部の都市河川において顕著に現れはじめ,全国的に浸水被害が頻発するようになりました。川から水があふれるというよりも,ちょっとした雨でも,川に流れ出る前に街中で水があふれてしまうというような浸水被害が発生するようになったのです。

●都市化が招いた水害に対してどのような 対策が講じられているのでしょうか?
 従来までは,下流での堤防の構築,上流でのダムの構築といった河川の整備,つまり,降った雨を川から海へ流すという水の通り道としての「器」の整備を中心に進めてきたわけです。しかし,それだけでは,対処できなくなってきた。川だけでなく「流域」全体として,保水・遊水機能を取り戻すことで,水が一気に川へ集まろうとするのではなく,時間差をつけて川へ流れ出るようにしてやろうというわけです。車の両輪のように,「河川の改修」と「流域としての洪水流出の抑制」の両方の対策を講じていかなければならない。そういった考え方が「総合治水対策」です。
 川の整備では一般的に,堤防の構築や,河道の拡幅,川底の浚渫などが行われていますが,それだけでなく,流域の対策として,さまざまな取組みが行われています。例えば県では,洪水を一時的に貯めておく調節池を設けたり,各自治体では,地中に水が浸み込みやすい浸透性のある舗装を採用したりしています。開発事業者に対しては,もともとその土地が持っていた保水・遊水機能を損なうわけですから,それを補う貯留効果のある施設を設ける指導を各自治体が行っています。このように総合治水対策にはさまざまなレベルのメニューがあるのです。

図説 図説
開発の進む前
雨水の大半は地中に浸透したり,水田やため池に貯留にされ,下流への流出は抑えられる。
  開発が進んだ後
地表がコンクリートやアスファルトで覆われたり,森林や水田・ため池がなくなることにより,下流への流出が増大し,低地部での氾濫被害が増加する。


●中川・綾瀬川流域では,どのような総合 治水対策が進められているのでしょうか?
 中川・綾瀬川は,昭和55年に全国で10番目に「総合治水対策特定河川」に指定されました。その後,河川管理者である建設省,都,県だけでなく,流域の40の自治体による中川・綾瀬川総合治水対策協議会を発足させ,流域として面的に治水対策に取り組む場を組織しました。その後昭和58年に,協議会として総合治水対策の骨子となる流域整備計画を策定したのです。
 この中川・綾瀬川流域が他の河川流域と違う大きな特徴は,江戸川と荒川という大きな川にはさまれたお盆の底のような低い地形であるということです。都市化の進展によって洪水流出量が増大したということもさることながら,物理的・地形的な条件によってそもそも水がたまりやすい地形なのです。また,平野部に源を発し,勾配が緩やかで海に流れにくいという特徴があります。このような現実のもと,洪水をできるだけすみやかに流下させることを考えると,もっと器の大きい川に水を吐き出すことがとても有効になってきます。中川・綾瀬川では放水路を設けてポンプで機械的に大きな川へ排水するというのが大きな特徴です。この流域では既に下流に三郷放水路(1979年),綾瀬川放水路(1992年)という二つの放水路を設けて洪水時にはポンプ施設により機械的に域外に排水しています。
 従来は下流から順次改修を行ってきましたが,中流域においても浸水被害が顕著に現れており,抜本的な対策が必要であろうということで首都圏外郭放水路の整備に着手しました。その目的は流域の浸水被害の軽減だけでなく,首都圏の一翼を担う埼玉県地域において安全で優良な宅地を供給する役割も担っています。

●総合治水対策の効果は いかがですか?

 今年7月上旬に関東地方に大雨を降らせた台風3号の時には,流域で平均して約160mmの雨が降り,三郷排水機場及び八潮排水機場におけるポンプ施設をフル稼働させました。中川の水位が危険水位まで上昇したため,三郷排水機場では最大毎秒200m3の排水能力を持つポンプを50時間以上ノンストップで稼動させ,中川から江戸川に水を吐き出し続けました。雨の降り方が違うので単純比較はできませんが,平成8年の同規模程度の洪水の時よりも,大幅に被害が軽減したのです。首都圏外郭放水路が完成していれば,更なる被害低減が期待できたでしょう。早期の完成が待たれます。

●被害低減への取組みや情報をどのように して発信していこうとお考えですか?
 新しい取組みとしては,携帯電話のiモードに江戸川,中川,綾瀬川のリアルタイムの河川情報提供を今年度中に開始することを計画しています。常に河川の水位,流量が現在どのくらいであるかという情報が携帯電話で,どこにいてもキャッチできるわけです。また,堤防上などに河川管理用のテレビ監視カメラをこれまでに約50台設けています。それは遠隔操作で角度を自在に変えることができ,我々が河川の管理用に使用しています。その画像を積極的に地域に提供していこうと考えています。管内には既に光ファイバー網を概ね構築していますので,各自治体がそのファイバー網に接続することで,まずは市役所や町役場で見ることができるようにしていこうとしています。
 その他にも,洪水ハザードマップの作成を働きかけています。また,我々は浸水の実績図を作成し一部公表していますが,今後とも,流域の皆さんが,自宅付近が過去にどのくらい浸水被害に遭っているのかを知るために,そのデータを整理して情報公開していく責務があると考えています。
 協議会では流域の自治体みんなで議論を進めているところですが,意識をいかに高い状態で保っていくかが,非常に重要な課題です。市民の皆さんに説明したり開発事業者に指導していく立場の各自治体の担当者に,この流域はこのように浸水被害が起こりやすい流域なのだという現実を理解していただいた上で,自分たちは何ができるだろう,何をすべきだろうということを考えながら取り組んでいくことが重要だと考えています。そういう理解なくして総合治水対策はできないですし,河川管理者,都,県,自治体みんなが意識を一つにして初めて成り立つものだと思います。
 いろいろな機会で市民の皆さんにお話していますが,もっといいチャンネルで情報発信できないかと考えています。これからもいろいろな形で,少しずつでも説明や情報提供に努力を重ねていくことが大切だと考えています。

※洪水ハザードマップ
浸水情報,避難情報等を図面等に表示したもので,各自治体が作成する。河川の決壊を想定し,浸水が予想される区域が示される。今年7月までに全国で約70以上の自治体で作成・公表済み

河川管理の最前線基地

 津森課長に江戸川工事事務所内の流水管理対策室を案内していただいた。ひとたび大雨が降り警戒態勢に入ると,河川の危機管理前線基地になる。対策室には,江戸川をはじめとする管理河川各所のライブカメラ約50台からリアルタイムの映像が映し出されるモニターが10数台。電話機多数,所内ではPHS内線電話として使用できる携帯電話が多数常備されている。また,建設省が各地に設置している観測地点からのレーダ雨量 計情報や水位情報がリアルタイムで端末に表示されている他,気象庁から配信されるひまわり画像もパソコン上に映し出されている。ひとたび警戒態勢に入ったときの緊迫感を予想させる。
 「降雨量の空間的,時間的変化を把握することで,雨域の移動や今後の流域の雨量がある程度予測できます。その予想や現在の川の水位,上流である利根川本川の水位,流量情報などに基づいて水防団の待機などを指示します。もちろん,洪水時に排水機場のポンプ運転状態を総括的に把握し,川全体を見通した指示を出すのもここなんです」。津森課長によると,大雨が降ると,この対策室で職員が二晩三晩徹夜ということも珍しくないそうだ。

 洪水被害を最小限にとどめるためのさまざまな努力が行われている。そして,私たちは,脆弱な国土の上に生活していて,いつ何時,洪水の被害に遭うかわからないということを忘れてはならない。

流水管理対策室
流水管理対策室 各観測地点の水位が表示されている。右下のパソコンにはひまわりからの映像

河川の水位と流量が一覧表示される
河川の水位と流量が一覧表示される



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