特集:鹿島がつくる海外インフラ

chapter3:国や地域の実情に即した現場体制

 建設業は,労働集約産業と言われるように,現場では,社員をはじめ多くの協力会社とその作業員が工事を進めている。そして,現場での人材確保は,資機材の調達と同等か,それ以上に工事の成否を左右する重要な要素である。
 日本国内では,元請会社の統括管理下で多くの協力会社が専門工事を担当しており,その責任者が,作業員の指導や要求された品質・工期・安全の管理を行っている。しかし,途上国での工事となると,地域によっては十分な施工能力を持ち,信頼のおける協力会社を確保できない場合も多い。
 当社はこうした状況を踏まえ,現地で直接作業員を雇用することも行っている。ここでは,現地の慣習などに精通した,作業員と充分なコミュニケーションの図れる,作業責任者(フォアマン)が必要となってくる。以前は,経験を積んだエンジニアを他国から採用し,現場作業を指揮させていたが,最近では,優秀な現地雇用のエンジニアがこの役割を任される場合が多い。
 彼らには,当社の日本人社員と同じように,工事の品質管理や施工計画,資機材の調達,作業員の労務・安全管理などを日本人社員の指導のもとで担当させている。
 海外工事での現場体制は,プロジェクトを進める国や現地の状況などによって,様々なケースが考えられるが,人件費が品質に関わる工事費を圧迫することは避けなければならない。その意味でも,人材を資機材の調達と同様にできるだけ現地で採用することが基本である。そして当社は,現地の協力会社や作業員を指導育成し,場合によっては権限や業務を委譲することで,効率的な現場運営を目指している。その結果として,インフラ整備による生活向上のみならず,建設技術の移転,地元技術者の人材育成にも貢献している。

case 1

権限を委譲して現地エンジニアを育成


メラクフェリーターミナル工事

場所:ジャワ島(メラク)とスマトラ島(バカウニ)の海峡
発注者:インドネシア運輸省
規模:5,000GRTのフェリーベッセル(7.5m×160m)
メラク側:ケーソン岸壁18函
バカウニ側:鋼管矢板岸壁
工期:1998年3月〜2001年7月
メラクフェリーターミナル工事
   完成したフェリーターミナル

 インドネシアのジャワ島とスマトラ島を結ぶ両島のフェリーターミナルは,定期フェリーが入港すると貨物や乗用車で溢れかえっていた。これを解決するため,両島に深さ8m,長さ160mの5,000t級フェリー用岸壁の増設が計画された。
 工事は今年7月に完成しており,現在,既設ターミナルの補修を行っている。現場では,当初ミャンマー人のエンジニア2人が当社社員と一緒に働いていたが,工事の最盛期が過ぎ,一人は別の工事に異動した。そして,残った一人は,引き続き出来高管理や設計変更などの重要な業務に携わっている。
 横田所長は二人のエンジニアについて,「当社が以前行った工事で雇ったのがきっかけで,ここの現場で働いてもらっている。二人とも非常にまじめな勤務態度で着実に経験を積んでいる。これからの活躍が楽しみだ」と,彼らの熱心な仕事への取組み姿勢に感心する。そして,この有望なエンジニアが次のステップへ進むよう今後も積極的に指導していくという。

ミャンマー人エンジニア 現場でフォアマンと打合せるエンジニア(右)
ミャンマー人エンジニア

現場でフォアマンと打合せるエンジニア(右)


case 2

現地の国民性を理解しての現場管


チルンド橋建設工事

場所:ザンビアとジンバブエの国境チルンド市
発注者:ザンビア公共事業供給省,
ジンバブエ運輸交通通信省
規模:橋長400m 3径間連続PC箱桁橋
工期:2000年2月23日〜2003年2月22日
チルンド橋建設工事

 アフリカ南部のザンビアとジンバブエ両国の首都を結ぶ主要幹線の途中にある国境の街,チルンド。国境にはアフリカ有数の大河,ザンベジ川が流れている。第二次世界大戦前,この川に幹線の一部となる橋が建設された。しかし老朽化が進み,一車線しかない橋は通行規制によって慢性的な渋滞を引き起こしていた。そこで,既存橋と平行して新たに二車線の橋を建設することになった。
 現場では,現在4人の南アフリカ人のエンジニアが働いており,3名の当社社員とともに,橋の施工管理や現地で雇用した作業員の監督などにあたっている。現場を運営する大坪所長は,「エンジニアとしての素養や作業員のマネージメントなど,とてもしっかりしているように思う」と,彼らを高く評価する。
 また,現地の作業員は,このような大規模な工事や先端技術を用いた工事を経験したことがなく,新しい作業の際には徹底した教育や指導がされている。その際,不慣れな作業や厳密な工程管理などに作業員が戸惑わないよう配慮も大切だ。
 大坪所長は,現地の国民性への理解を示しながらも,「日本人の作業員は,全体の仕事量を自分なりに判断し,時には残業をしてでも仕事をこなしていく。この国の作業員は,仕事の終わりは終業時間がきた時という感覚」と,異国での現場運営の難しさを述べる。これに対して,「各グループにノルマを与えて,その日の仕事はその日の内に必ず終わらせるように徹底している。いったんノルマを与えて仕事量を明確にすると,作業員は実によく働いてくれる」と,作業指示のコツを披露する。ここでは,作業員との信頼関係で結ばれた現場を見事に運営する所長の力量が発揮されている。

建設中の現場。奥に既存の橋が見える
建設中の現場
奥に既存の橋が見える
南アフリカ人のエンジニアが現地作業員を指導
南アフリカ人のエンジニアが現地作業員を指導
配筋作業をする現地作業員
配筋作業をする現地作業員
朝礼風景
朝礼風景
日本人社員と南アフリカ人のエンジニアを交えての会議
日本人社員と南アフリカ人のエンジニアを
交えての会議


case 3

他国エンジニアを登用して小数精鋭の管理体制


ククレガンガダム工事

場所:スリランカ国,コロンボ市の南東120km
発注者:スリランカ電力省
規模:水力発電所,コンクリート51,190m3
トンネル掘削2,119m3
工期:1999年7月〜2003年5月
ククレガンガダム工事

 電力の約90%を水力発電で賄うスリランカでは,慢性的な電力不足に悩まされている。首都コロンボから南東約120kmのところにあるカルタラ市の近郊。カル川の支流であるククレ川をせき止め,スリランカ南部域の電力需要を賄う,総発電量7,000kWの発電所を建設する国家プロジェクトが現在進行中である。
 当社は,ここで大規模なダムを建設するに見合った現場体制をつくっている。土工事では,現地の協力会社の下,約150名の作業員が働き,鹿島JVの社員が指揮している。また,コンクリート工事では,約700名の作業員を現地で雇用し,これをJV社員2名とインドネシア人ら45名で監督している。さらに,コンクリートプラントは,現地協力会社の作業員約60名で運転している。
 これだけ大規模な現場であっても,日本人社員はたったの5名。全員が日本での工事部長クラスにあたるポストに就き,その下に設計,測量管理,工事管理,工務などの分野ごとに,フィリピン人などのエンジニアを数名ずつ配置して,総勢27名のJV組織をつくっている。
 現場の桜井所長は現場の体制について,「価格競争力があり,かつ良品質のダムを建設できる組織をつくることが重要である」と,少数精鋭の部隊の必要性を訴える。そのためには,「現場をマネージメントする鹿島社員は,工事部長クラスの知識と経験が必要で,どこまで現地協力会社に任せられるかを判断しなければならない。もし協力会社が能力不足の場合には,他国で人材を確保してきて工事を管理する集団をつくることも考え出さなければならない」と,将来的な現場の方向性を示す。このプロジェクトにこれからの海外工事の現場体制を垣間見ることができるのである。

建設中の現場。奥に仮設の橋が見える
建設中の現場
奥に仮設の橋が見える
現場では,現地で雇用した700名の作業員が働いている
現場では,現地で雇用した700名の作業員が働いている
施工中のダムの堤体
施工中のダムの堤体
コンクリートプラント。運営は現地協力会社が行う
コンクリートプラント
運営は現地協力会社が行う
工事事務所での打合せ風景
工事事務所での打合せ風景


Column

途上国での
危機管理について
  
 一連の同時多発テロを契機に,企業の危機管理に対する意識が高まっている。当社は,米国が報復行動に踏み切ったのを受け,直ちに「国際危機対策委員会」で当社の対応策について検討の上,テロ行為に対する留意事項や海外危険情報を全社員に向けて発信した。
 海外での工事では,戦争や内乱,大規模自然災害,誘拐や盗難などに遭遇する可能性が国内に比べて高い。当社では,海外での非常事態に対し,総務部を事務局にトップ以下,担当役員などから構成する国際危機対策委員会を設置し,海外事業本部や現地事務所などと連携をとり,問題に対処する体制を整えている。
 アジアやアフリカといった途上国での工事については,着工前に「現地事業報告書」を作成し,様々なリスクを想定,その対策を講じている。そして,工事の期間中,専門の機関が発信する情報を海外事業本部がとりまとめ,個別に現地に情報を伝達している。
 しかし,途上国の中でも地域やその時の政治情勢などによって,置かれる状況やリスクも異なってくる。現場では,これらの状況に即した様々な対応策をとっている。
 例えば,「ガードマンだけでなく,スリランカ警察にも現場の安全を守ってもらっている」(ククレガンガダム工事)や,「日没後の移動には銃を持った警備員が付いている。非常時には大使館等にすぐに連絡が取れるよう,衛星電話の設備を常設している」(エチオピア道路工事)という例もある。また,危機管理は人為的な行為に対するものばかりではない。「現場は自然保護区の中にあるため,ゾウやライオンなどの野生動物が入らないよう電気フェンスを設けている」(チルンド橋工事)と,大自然ならではの防衛策もある。
 さらに,開発途上国では社員や作業員に対する衛生管理が重要である。赴任前には,黄熱病,マラリア,コレラなどの風土病・伝染病にかからないよう予防接種を受けなければならない。このような状況に対して,「衛生士を配置し,随時社員への健康診断を実施している」(パラオKB橋工事),「緊急時に患者を医療施設へ搬送するよう救急車を常駐させている」(ククレガンガダム工事)というように,緊急時の医療体制や移送体制,連絡体制も整備しておく必要がある。
 社員には,赴任の際,国際危機対策委員会が独自に作成した「国際危機対策マニュアル」を配布している。具体的な緊急時の対応などを示すとともに個人の危機管理意識の啓蒙を促している。ここでは,事件・事故に遭わないため,現場での組織的な対策と同時に,危険を避ける個人の行動がいかに大切かが謳われている。

外部からの侵入者を防ぐための憲兵隊とガードマン  
外部からの侵入者を防ぐための
憲兵隊とガードマン
(ククレガンガダム工事)
現場内に待機している救急車
現場内に待機している救急車
(ククレガンガダム工事)
衛星電話用のパラボラアンテナ
衛星電話用のパラボラアンテナ
(エチオピア道路工事)
衛生士による作業員の健康管理
衛生士による作業員の健康管理
(パラオ橋工事)
野生動物の侵入を防ぐために張られた電気フェンス
野生動物の侵入を防ぐために張られた電気フェンス
(チルンド橋工事)


Chapter1 ODAと結びついた当社の海外事業
Chapter2 周辺諸国も検討資機材の調達
|Chapter3 国や地域の実情に即した現場体制