特集:知的財産創出へのテクニカルアプローチ

3 知力で進化するゼネコン鹿島
 新ビジネスにみる知財創出スピリット


経営方針を映す知財
 21世紀のはじまりとともに当社の経営基本方針と業績目標を定めた「新生3ヵ年計画」では,さらなる発展と成長を実現すべく具体的な指針が描かれている。ここには,将来的なニーズの増大が見込める有望分野も記されているが,知的財産戦略における特許取得の重点技術分野も,この有望分野に直結している。
 それは,環境分野,リニューアル分野,そして新たな事業を生み出すライフサイクルエンジニアリング分野とビジネスモデル分野の4本柱である。ここでは一例として,環境分野から汚染土壌の浄化エンジニアリングを取り上げたい。

社会ニーズへ導く知財
 土壌汚染に関するニュースを目にしない日はない。いまもっとも注目される分野だけに,技術の進展は文字通り日進月歩の世界だ。競争の激しい新分野だからこそ,事業戦略が土木・建築分野よりもシビアになり,知財とR&Dとの関係が明確に観察できる。
 油,重金属,揮発性有機化合物,そしてPCB,ダイオキシンなど,土壌汚染の原因は多様であり,汚染の状態も千差万別である。当社では,たとえば油汚染土壌の浄化技術「気泡連行法」がよく知られるように,従来の土木・建築技術の蓄積を活かしながら,さまざまなケースに対応したメニューを揃えている。
 多様なニーズ,激しい競争のなかで,的確な技術を社会に提供することを目標に,当社では,特許という知的財産がR&Dの方向性を定める際の判断基準のひとつになると考えている。特許数の変遷などから社会ニーズと同業他社の動向を計測し,ニーズの多い有望市場と競争の緩やかな未開拓市場を判断する。有望市場では付加価値の高い技術の差別化を,未開拓市場には新しい技術を開発・提供するのである。
 数年前までは,業界各社共通して自社単独の開発が主流であったが,他企業や官庁,あるいは大学などの研究機関とのコラボレーションの有効性が注目されるようになった。お互いの保有技術が新規の開発の土台となるため,研究開発期間を短縮でき,労力・コスト面でもメリットがあるからだ。そして当社では,社外とコラボレーションする際に,特許の保有内容がパートナー選びのひとつの指標になると考え,社内外の知財の動向につねに目を光らせているのである。
 企業経営の根幹をなすR&D。どこにニーズがあるのか,自社開発か共同開発か,あるいは研究目的の先にニーズがみえるのか──特許は自社の権利を保守するだけでなく,社会ニーズを把握して競争力のある技術を創出するための指標にもなっているのだ。


土粒子に付着した微細気泡の様子
土粒子に付着した微細気泡の様子
油汚染土壌の浄化技術「気泡連行法」
特許第3236219号
「土壌浄化工法及び装置」

気泡連行法は,高濃度の油で汚染された土壌をシンプルな原理で高度に浄化する技術である。上の写真のように,化学反応で生じる微細気泡の連行作用によって,土粒子に付着した油だけを浮上させ,汚染油の90〜99%を除去する。洗浄液から油だけを効率よく分離・回収できるため,洗浄液の中に残る油分も少なく,その再利用も容易となる。この特長を活かしつつ,低コスト・高度浄化を図った装置が,下の連続処理装置である。汚染土は浄化槽内の気泡連行装置において約30分で浄化される。槽内は汚染土と浄化土が接触しない構造となっている

気泡連行法による連続処理装置の全景
気泡連行法による連続処理装置の全景


多様な技術を総合力に変換する知財
 汚染土壌の調査で活躍する地盤調査車「GEO-EXPLORER」。調査機器をフル装備し,高精度の情報をリアルタイムで提供する「動く調査室」である。もともとは,建築・土木工事に必要な地盤調査を目的として当社と鉱研工業が開発し,特許を取得したものであった。その後,汚染土壌浄化のニーズ拡大に伴い,土壌や地下水サンプルの効率的な採取や,汚染物質のセンサーを搭載するなどの機能を付加している。従来の建設技術が環境分野へと応用された好例といえる。
 これまでみてきたように,当社の知的財産戦略では,技術の創造とともに,その有効活用も重視している。優良な知財を蓄積するには,新たな技術を生み出すことだけでなく,既存技術の新たな使い方を見つけることもまた「知」といえるであろう。
 当社イントラネットの知的財産部ホームページでは,グループ全社員が知的財産に敏感になり,つねに意識を保持するように,関連情報を発信している。社員への知的財産教育体系の作成と実施もその一環である。
 知財への感度を高めることは,知財の創造・活用サイクルの循環を促進させることになる。特許は,技術を法的にバックアップするとともに,R&Dを方向づける判断基準となり,さらには経営とR&D,そして社会ニーズを結びつける促進剤として考えることができるのである。こうした志向のもとに当社は現在,知的財産への意識を積極的に社内に浸透させている。
 建設事業から派生する多様な分野の技術を蓄積するゼネコン鹿島──「ゼネラル」であることの強みは,総花的な知識を保有することではなく,多様な技術を総合力に変換させる「知恵」にあるといってよい。当社にとって,知的財産とは,総合力を高揚させるキーワードともいえるのである。


地盤調査車「GEO-EXPLORER」
地盤調査車「GEO-EXPLORER」
特許第2802728号
「地盤調査車」

さまざまな地盤に対応できる調査機器をフル装備した地盤調査車。軟弱地盤用のサイスミックコーン貫入試験と,硬質地盤用のMWD(Measurement While Drilling)検層を1台の車に搭載している。調査結果はリアルタイムで表示され,高精度の情報を提供する


episode-2
「技術の商品化」が抱く構想力── 戸建住宅免震システムにみるR&Dの収益化
特許第3172765号「免震装置」
 ゼネコン鹿島の技術が戸建住宅に活かされている。「戸建住宅免震システム」だ。超高層ビルや大規模ダムなどの建設物のイメージが強い当社の視線が,一般消費者市場にも向かっているのである。
 当社ではR&D戦略のひとつとして,その成果を収益化することも目標に掲げている。すでにさまざまなビジネスを構想し,実施に移しているが, 印の技術を商品として販売するグループ会社がテクノウェーブであり,戸建免震システムは最初の申し子だ。
 日本では地震に対するリスクと不安を抱えながら多くの人が生活している。当社で取り組んでいる免震技術や地震リスクマネジメント技術を活用することで,そうした不安を解消し,「安全と安心」を一般消費者市場に広く提供したい──こうした思いが出発点となった。そのため,低価格で広く普及させることを目標に,社内の各部署から横断的に人材が集められ,開発が進められたのである。
 普及のためには,当社の一般的な事業における単品受注・生産方式とは異なり,ハウスメーカーへの技術営業やマーケティングも必要となる。さらに,販売の仕組みづくりとして,地方の工務店のフランチャイズ化も検討している。
 戸建免震は,ボールベアリングで地面と家屋を切り離すことで,地震国の宿命である耐震構造に新たな風を吹き込み,住宅の長寿命化,間取りの自由度向上,ライフスタイルの進化に貢献するものである。
 全国各地の戸建住宅の床下にこの装置が入ることは,新しいビジネスチャンスであると同時に,「安全と安心」を社会に提供することで,いまだ残る「ゼネコン」という言葉へのマイナスイメージを変えるチャンスでもある──ビルやダムと比べるとはるかに小さな商品だが,抱く夢は大きい。
戸建免震システム
戸建免震システム
この技術のベースは,金融機関などの電算センター向けに,1987年に技術研究所で開発された免震床システムだ。免震装置としてよく知られている積層ゴムは,重量の重いビルで効果を発揮する。軽い床を対象に生み出されたのは,ボールベアリングを使ったシステムである。戸建免震では,強い地震のエネルギーを減衰するために,オイルダンパーを組み合わせている





0 知的財産と建設業
1 技術力をつつむ知財戦略
2 発想をかたちにする組織力
3 知力で進化するゼネコン鹿島