特集:新国際線ターミナルに大屋根を架ける羽田と新千歳の大空間建設
5,000tの大屋根をスライドさせる

東京国際空港国際線地区
旅客ターミナルビル等新築工事
(A・B工区)

前例のない規模
  世界第4位の旅客数を誇り,国内航空旅客数の約6割を占める東京国際空港(羽田空港)。国際線の需要拡大が見込まれるなかで,発着枠は限界に達しており,4本目となるD滑走路の整備と併せて,新たに国際線ターミナルビルが建設されることになった。延べ約15万3,900m2のうち,9割にあたるA・B工区を当社JVが担当し,2010年10月の供用開始に向けて工事を進めている。
  国際線ターミナルビルの外観を特徴づけるのは,弓なりに上昇する大屋根の曲線。ふわりと舞う布や,大空に広がるすじ雲がイメージされている。その下に吹抜けの大空間が広がり,トップライトから差し込む光が旅への期待感を高めるようなデザインである。
  大屋根の全長は178m,幅95m,総重量は5,000tに達する。工事は前例のない規模の「スライド工法」が採用された。このような大規模な大屋根を可能にしたのは,この現場ならではの多くの工夫だった。
完成予想パース。手前のウィングがA工区。右奥が大屋根のかかるターミナルビルの中心部分
【1〜3日目】
大屋根の骨組となる鉄骨を組む地組ヤード。1スパンで18×95m,約300tにもなり,クレーンで吊り上げられないため,さらに7パーツに分けた状態のものを地上で組んでおく。
一つひとつのパーツをつくる作業が最も時間がかかるため,いかに短時間で終わらせることができるかが,スライド工事を10日サイクルに乗せられるかのポイントとなった。
【1〜3日目】
【4日目】
パーツをそれぞれクレーンで吊り上げ,仮設の柱の上で1スパンに組み上げる。
翌日からレール上に移動。2本のレールを用いてスライドさせる。
写真中央に延びる仮設の梁がレールとなり,この上をトラスがスライドしていく
【4日目】
分割してスライドさせる
 大屋根の工事は当初,タワークレーンで吊り上げるには大きすぎるなどの理由から,地上で地組して持ち上げる「リフトアップ工法」が検討された。しかし,現場の地下6〜8.6mを東西に京浜急行線が走っており,その上部に重機を置いて負荷や振動をかけることができないため,この工法を断念。大屋根を分割し,その部材を載せて滑らせて組み立てていく「スライド工法」が導入された。
  大屋根は10スパンに分けられ,1つのスパンはさらに7分割されている。そのパーツをクレーンで持ち上げ,1スパンに組み立て,仮設のレール上を走らせて10スパンをつくっていく。この一連の作業は10日のサイクルで行われている。
  では実際に,どのような手順で大屋根がつくられていったのか,その様子を紹介する。
【7〜9日目】
大屋根のトップライトの取り付け。骨組以外の屋根材の荷上げも行う。
【7〜9日目】
【7〜9日目】
【10日目】
いよいよ1スパンをスライド。後述するジャッキの力で18mスライドする。続いて,また次のスパンを前のスパンに連結させて,2スパンを一度にスライド・・・・・・を繰り返す。最終的には9スパンを一度にスライドさせ,最後の1スパンを連結させて,10スパンで大屋根が完成する(写真は,4スパン分をスライドしているところ)。
【10日目】
テフロンと台所用洗剤でスライド
 大屋根をスライドさせるには,2種類のジャッキを用いる。一つは大屋根とレールの間に挟み,滑りやすくするためのジャッキ,もう一つは大屋根を押し出すためのものである。
  前者のジャッキの下面には,滑りやすいように摩擦抵抗の少ないテフロンを貼る。テフロンの代わりに,ローラーを挟んで滑らせる場合もあるが,今回は大屋根の載った2本のレール面に高低差があることや,挙動の安定性を考慮し,テフロンが採用された。
  テフロンとレールの間には,潤滑油として台所用水性洗剤が使われている。雨が降れば流れてしまうので,汚れになったり思わぬところに溜まって後の仕上げに影響することもなく,またコストも安価のため,好都合な材料だという。

工事は現場のアイデアの結集大竹利成 総合所長
  こうした複雑な工程を統括する大竹利成総合所長は,「着工から竣工まで工事全体をイメージすること」が大切だと力をこめる。「順にイメージを追い,想定されるリスクを予知しながら計画を実施し,現実に移していく」。大規模な工事だからこそ,基本に忠実なことが大切なのである。
  この建物は,鉄骨構造のスリム化,新しい制震装置,大規模なカーテンウォールと大屋根の支持方法の工夫,情報設備の受注形態など,当社の高い施工技術を結集させている。「どのカウンターでも,エアラインの区別なくチェックインできるフレキシブルなシステムのほか,江戸の町並みを再現した商業ゾーン,また日本オリジナルの人気キャラクターゾーンなど,国際ターミナルとして特色のある施設になります」と魅力を語る。
  また,環境配慮への取組みにも力を入れている。太陽光パネルや地中熱を利用し,CASBEE(建築環境総合性能評価システム)のAランクを目指した施設計画を受けて,工事中は3Rのゼロエミッションを掲げ,風力発電機を現場事務所に設置。徹底した節電を推奨している。
  この大規模かつ複雑な工事をスタートするにあたって,大竹総合所長は優秀な人材を集めるために国内外,社内外を問わず奔走し,A・B工区と設備全体を統括する3所長を中心として,様々な分野のスペシャリストを配置した。「過去のプロジェクトで築いたつながりを大事にしています。そうした協力会社の方たちとパートナーを組むことで,巨大な現場においても,さらなる高品質を追求しています」。来年7月の完成を目指し,現場を中心に本・支店一体となって取り組んでいる。
工事は現場のアイデアの結集
大屋根を押し出すジャッキは,1基につき50tの力で屋根トラスを押し出す。このジャッキは1スパンにつき4基取り付けられるので,スパンが増えるごとにジャッキが増え,最終的には36基のジャッキが用いられる
Person………………空港の情報通信システムを設計する
竹内 薫 設備課長 この工事の大きな特長のひとつは,通常は建築工事とは別に発注される情報通信システムを,当社が一括して請け負っていることだ。
  本工事では,設備工事が総工事費の半分近い割合を占めている。その設備工事のなかでも,情報通信システム工事の占める割合は大きい。そのため,入札時に情報通信システムの内容を精査し,コストの適正化を図った。それが,本工事を受注できた要素のひとつとして挙げられる。
  それを可能にしたのは,竹内薫設備課長の存在である。竹内課長はIT技術を身につけるためIT系企業に出向。復帰後は様々な工事現場の情報通信工事のサポートをしてきた。その後,ベトナムのタンソンニャット国際空港建設工事の支援を通じてノウハウを習得。今回の取組みに活かしている。
  「このターミナルビルはPFI事業であり,お客様は複数社から形成されるSPC(特別目的会社)でした。そのため原設計は,運用開始後の業務が完全に決まっていない状態の要望を取りまとめた大変幅広いものとなっていました。そこでお客様と一緒に業務フローを整理し,人が運用する部分とシステム化する範囲をひとつずつ確認していきました。それをシステムフローとしてまとめ,システム全体を最適な形に再構築したのです」。
  現在はシステムの外部設計が完了し,各システムの内部設計・開発・製造を経て,11月より現場外の全てのシステムを集め,事前連携試験に入る予定である。

情報通信設備は,旅客系,業務系/セキュリティ系,基幹ネットワーク系と大きく3分類される。
その全体がひとつの大きな総合ネットワークのなかで運用される
羽田空港国際線旅客ターミナル 情報通信設備概要(16システム)

Detail………………大屋根を支える技術

大屋根の上下動と荷重を支えるマリオン
  巨大な大屋根とカーテンウォールの接続にも工夫がある。カーブサイド側の大屋根は大きくはね出しているため,先端では上下動がある。そこにとりつくカーテンウォールが動かないようカーテンウォールを支える鋼管と,大屋根の上下動を抑えるバネ(ロッド)の二重構造で大屋根は支えられている。
  ただし,長さ30m弱になるロッドは大地震時には座屈してしまうため,ロッドはアンボンドとして鋼管内に入れ,コンクリートを充填することで座屈を防いでいる。

大屋根の揺れを抑えるオイルダンパ
  本柱の上の大屋根トラス支持材にオイルダンパを設置した制震構造を採用した。オイルダンパは,台風時や大地震時の大屋根の揺れを抑える働きをする。この構法の採用により,大屋根のスライド工法を経済的で安全に施工することも可能となった。

大屋根を支える技術

 5,000tの大屋根をスライドさせる
 船形トラスを道路上で架ける