特集:新国際線ターミナルに大屋根を架ける羽田と新千歳の大空間建設
船形トラスを道路上で架ける

新千歳空港国際線旅客ターミナルビル 新築工事

急増する外国人観光客完成予想パース。図の左側が既存ターミナルビルへつながる
 羽田〜新千歳の旅客数は定期航空路として世界一で知られる。鉄道やフェリーなどと比べ,北海道を訪れる人々の圧倒的多数が空路で新千歳空港から入る。その数は年間1,800万人に及ぶ。
  近年は台湾,韓国,中国を中心に海外からの人気が集まり,国際線の利用者数は過去10年でほぼ倍増し,2007年度は81万人に達した。週末になると出入国者も多くなり,施設の拡張整備が喫緊の課題となっている。
  新たに建設される国際線専用のターミナルビルは,地上4階・地下1階建て,延床面積は約6万m2。既存の国内線ターミナルビルと約250mの連絡通路で結ばれ,来年3月には一番機が飛び立つ予定だ。

直角が少ない吹き抜け空間
  世界の旅客を出迎える新しいターミナルビルは,自然の光にあふれた大空間が特徴だ。出発ロビーとコンコースの吹き抜けは,スパン45mと27m。道内では前例のない規模となる。
  また,大屋根を支えるトラス梁は直方体ではなく,船形の曲線部材を片流れで架ける設計だ。高さ10m・長さ500mのガラスのカーテンウォールは両面とも外側に5度傾斜し,その柱はX字型。屋根と壁に直角が少なく,施工の難易度はきわめて高い。
  さらにスパン45mの出発ロビーは,構内道路をまたぐかたちで建設される。車でアクセスする利用者が多くを占める新千歳空港のメイン道路であり,バスやトラックなどの大型車両が途切れない。部材を動かす範囲や作業時間に厳しい規制がかかることになる。
5度傾斜したカーテンウォール
トラス梁の地組み作業
最後のトラス梁の据え付け作業(2009年6月12日,午前2時)。日中は右ページの写真のように,直下の構内道路は空港利用者の車両が途切れない。10本並ぶトラス梁のうち,道路に面する両端部は交通規制をかけて夜10時から明け方の作業となった

大スパンを架けるバランス感覚
 「難しい条件がめずらしいほど揃った工事」と関係者は口をそろえる。道内で経験のない大スパンを架けるため,当社の建築管理本部から大空間建築のエキスパートが早期より参画し,現場と本・支店,協力会社が知恵を出しあい,工事計画を練り上げていった。今回の施工条件を検討した結果,クレーン工法が工期とコストの面で有利になると判断。仮設の足場(ベント)の上に,部材をクレーンで運び上げる作業に対し,ポイントを3つに絞った。
  第一に,大スパンを架けるための仮設計画である。安全性だけに気を取られると仮設部材が過剰になり,工事の経済性が低下する。そのバランスをとるには,過去に各地で建てたドーム建築での経験が活かされた。
  第二は,複雑な形状をつくり上げる精度の管理だ。部材を運び上げる前に地上で組み立てる地組みを行い,地組みの段階で精度を上げることで,特殊な梁や柱の設置位置の誤差を,許容値に収めていった。
  第三は,構内道路の頭上における施工計画である。床面を施工して道路に“覆い”を架け,10本のトラス梁の工事による交通規制は,両端部の2回にとどめ,夜間に作業を行った。全体は移動式クレーンで順番に梁を施工する“建て逃げ方式”で合理化を図っている。

上:トラス施工部断面図と施工計画図および完成予想パース。ふたつの大空間に仮設の足場をつくり,トラス梁を据え付け,固定後に足場を解体する。1本のトラス梁は道内各地の鉄工所から7つの部品に分けて運びこまれ,現場で一度,地組みと塗装を行って,精度を確認したのち,2〜3のパーツに再び分解し,クレーンで持ち上げる
構内道路をまたぐ出発ロビー部分

“圧縮工期”との闘い浅川勇治総合所長
 この工事の“難しい条件”のなかで最大の壁となっているのは,工期である。道内では厳冬期に屋外工事を行わないのが通常だが,ここでは真冬の夜間に基礎工事や道路上での鉄骨組上げを行わざるをえなかった。12月30日までコンクリートを打っていたほどだ。
  「大雪や強風による作業中止も多く,厳しい工程との格闘となりました」。当工事JV事務所の浅川勇治総合所長は,この工事の難しさを“圧縮工期”と語る。
  さらに運悪く重なったのが,北京オリンピック施設の建築ラッシュの影響による世界的な資材の高騰であった。「厳しい諸条件のなかではありましたが,品質と工期を最優先にして施工に当たってきました。昨年の洞爺湖サミットの開催時期は14日間,一切の工事が停止となったのも最初から分かっていたこととはいえ,辛いものがありました」。

施工現場全景。写真左(奥)は航空自衛隊の滑走路。戦闘機の離発着時は,工事作業の音さえかき消されて指示が伝わらず,手を止めなければならない。洞爺湖サミット時は各国首脳がここに降り立ち,警備は厳戒をきわめた
道内では異例となった厳冬期の屋外作業。この地域は強風で知られており,平年以上の大雪のなかで鉄骨を組み上げていった。風速17m,最低気温零下21.5℃,一晩の積雪量26cmといった天候が続いたが,場外への飛散物は一つもなかったという

地域企業とともに知恵を絞りつづける朝礼風景。プロジェクターで説明するのは作業内容だけでなく,その意味を確認し,広大な現場での各自の役割を意識するためだ
 道内では「お盆をすぎると職人がいなくなる」と言われている。屋外工事は暖かい季節に済ませ,秋からは内装作業が一斉にスタートするからだ。職人の減少がつづく道内で,ひっ迫する工期を守るために,この現場では多くの会社が参画することで,優良な人材を確保してきた。「JVを構成する宮坂建設は帯広,荒井建設が旭川でそれぞれ一番の規模です。地域の振興は事業者が意識していたことですが,ここには全道から職人が集まっています。建設部材は道内の7つの鉄工所から運ばれてきました」。
  6月のある日の“初顔”となる職人は40名。現場では700人が働き,掘削,生コン打設,耐火被覆の吹付け,設備配管などの作業が錯綜しながら進む。ある月は朝から夜までコンクリートを打ち,ならし作業が終わるのは深夜2時を回っていたという。今後のピーク時には1,500人で作業にあたる見込みだ。
  「大空間の経験のない協力会社や職人に対し,鹿島の技術レベルや設計意図を伝えることが大切です。作業前,途中,終了後に検討会を繰り返し,レベルアップを図りながら,職人の意見を積極的に取り入れています。“足元を固めながらの作業”はものづくりに欠かせません。こうした進め方はお客様も喜んでくださっています」
  つぎの工程は内装の仕上げ工事。入国審査や検疫など,国際線ならではの機能が加わり,多くの関係者間での速やかな調整が重要になってくる。時間との戦いがより厳しさを増す。作業を少しでも合理化するために,天井工事用の足場を特殊な移動式にすることも検討中だという。床から足場がなくなれば,屋根と床面の並行作業ができるからだ。
  つくりながら考え,考えながらつくり,来年1月の竣工をめざして関係者が一丸となって知恵を絞りつづける。

Person………………経験が活きる大屋根
都築真浩課長 道内で類例のない大スパンを架けるにあたって,施工計画のキーパーソンとなったのが都築真浩課長だ。
  ドームの建設に15年前から携わり,現在は当社建築管理本部で全国の現場の技術コンサルタントを担当する大空間のスペシャリストである。今回のプロジェクトでは,施工計画段階から現地支援にあたり,今春より現場にほぼ常駐する体勢となっている。
  「複雑な形状の大空間で精度を守るには,押さえるべきポイントがあるのですが,それは経験を重ねることでしか掴めません。今回のケースでは,部材の地組みによって誤差を許容値に収められると最初に考えました」
  これまで都築課長はいくつもの大空間建築に携わり,ジャッキアップや仮設の足場を使うベント工法など,設計や現場の状況に応じてさまざまな施工法で大屋根を架けてきた。
  「設計者の要求に対して明確に答えることが大切です。大空間の工事では,仮設計画や精度管理などが一般の建物と異なり,特有の言い回しなので,会話のなかで経験者かどうか分かるんですね。今回も設計者とコミュニケーションを取っているうちに,安心して任せてくれるようになりました」
  施工計画の要点となる仮設足場については,すべてを大地震に耐えうる能力にすると,コスト面で現実的ではない。最初に建てる足場だけを高強度にするなど,安全性と経済性のバランスが取れた工法を提案し,実施されている。それは,設計者との信頼関係が築かれた証であり,都築課長の豊かな経験の産物にほかならない。

アジア・ゲートウェイに向けて

大きな転機を迎える2010年
  羽田,新千歳のほかにも,沖縄県・那覇空港の新貨物ターミナルビルが今月竣工する。国内外を含めた需要増に対応すべく,老朽化した現ターミナルビルから延床面積が約5倍に拡張され,国際物流拠点の形成に重要な役割を果たす。
  現在,国内全体で見ると地方空港を含めた空港整備はほぼ完了しつつある。国の政策としては,アジア地域をはじめ世界各国からの需要に対応するため,人・モノ・情報などの出入りを活発化させる「アジア・ゲートウェイ」構想において,国際線の乗り入れ自由化や増便の対策強化が進められている。

 羽田の再拡張と国際化では発着枠が大幅に拡大するため,来年10月,羽田をめぐる航空地図は大きく塗り変わると予想されている。また今年10月には成田国際空港の第二滑走路の延長路が供用開始され,ビジット・ジャパン・キャンペーンの効果で外国人観光客が増加している地方空港もまた大きな転機を迎えている。

 2010年,日本の空が大きく変わる。ものづくりの創意工夫で築きあげられた大屋根とともに,新たなターミナルビルが訪れる人を出迎えてくれるだろう。

那覇空港新貨物ターミナルビル新築工事
場所:沖縄県那覇市
発注者:大栄空輸
設計・監理:梓設計・沖電設計共同企業体
規模: エアライン棟−PC・SRC・RC造一部S造 1〜3F/
代理店棟 −SRC造一部S造 2F/管理棟 −RC造 3F 
総延べ44,517m2
工期:2008年10月〜2009年9月
(九州支店JV施工)

青い空と海を一望する那覇空港新貨物ターミナルビル工事(2009年5月時点)

 5,000tの大屋根をスライドさせる
 船形トラスを道路上で架ける