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私の仕事
File No.03
写真:宮崎 裕輔

宮崎 裕輔

建築設計本部 設備設計統括グループ
〔2003年入社〕
2003年、工学部環境工学科修士課程修了。同年入社、建築設計本部に配属。設備設計の業務・宿泊・教育施設レパートリーで活躍している。携わった主なプロジェクトは、慶應義塾大学日吉記念館、ホテルサンルート有明計画、軽井沢大賀ホール、ホテルウィンザー洞爺スイートルーム改修工事。

設計から運用後の検証までの積み重ね

タカラトミー本社新館ビルの設備設計を通して

1. はじめに

空調・電気・衛生の各設備の設計を通して、建物内部に快適な空間を創造すること。グローバルな視点に立って、建物が環境に与える影響を軽減する仕組みを提案していくこと。これが、私たちの仕事である。

ここでは、私が鹿島に入社してまもなく携わった仕事を通して、物を作ってゆく楽しさ、そこから得られた感動を紹介しよう。

2003年春、鹿島に入社、半年間の研修を終え、冬からタカラトミー本社ビルの設計チームの一員に加わった。
タカラトミーはおもちゃを扱う有名企業。新人の身ながらその本社ビルの設計に関われることを光栄に思ったものだ。

写真:KIビル アトリウム

鹿島設計本部が入っているKIビルのアトリウム。小川が流れ、木々が育つ。このような気持ちの良い空間で現在執務中。

2. 既存建物との共生

このプロジェクトは、既存の本館約3000m2の隣に新館約7000m2を建てる計画。

施主の要望は「既存との調和」。私たちの仕事は施主の要望を形にし、それを技術で支えることである。

ただ隣に建てるだけでは調和とは言えない。設計チームの提案は本館と新館をアトリウムで繋ぐこと。このアトリウムは本館と新館の行き来を便利にし、執務者のコミュニケーションを促す。その効果はとても大きいと予測された。

この計画を成立させるには、いくつもの構造技術、設備技術が適用・応用されている。たとえば、耐震性を向上させるために既存と新築のバランスをとる構造設計の技術、アトリウムを利用して、昼光採光や事務所の排熱利用を行うことで省エネ・環境配慮を行う設備設計の技術など。

写真:アトリウムの温熱環境シミュレーション

アトリウムの温熱環境シミュレーション(上下温度分布)

3. 低階高+高天井+大部屋=?

執務空間に対する施主からの要望は「天井は高く、使い易い大部屋仕様」というものだった。それだけなら解決は容易だが、加えて葛飾区の下町という立地特性から北側斜線が厳しく、「低階高」という条件を盛り込む必要があった。

何度か社内打ち合わせを重ねたが、空調方式と構造との整合性や意匠性を合わせて考えると、なかなか良い答えが出てこない。

試行錯誤を重ねた結果、アンボンド工法による35m×15mの無柱空間、天井内には空調機を設置しない床吹き空調方式を採用することとなった。

1つ1つの建物が世界にオンリーワンである建築の世界では、こういった結果を出す過程でさまざまな検証が必要だ。たとえば、空調で採用した全面カーペット床吹き空調方式では流体シミュレーションを行い、気流・温度分布を検証した。何週間もかかってパラメーターをさまざまに変え、最適な吹き出し温度と風速を見出した時は今までにない安堵感を覚えた。その夜に飲んだビールの味はいまも忘れない。

写真:無柱のロングスパンのオフィス空間

柱のロングスパンのオフィス空間ができた。

写真:気流分布シミュレーション

気流分布シミュレーション。青い矢印が気流を表す。

4. やっと完成

竣工の時期が迫る。照明の照度は設計通りか、空調の効きは悪くないか、吹き出し風速や温度は設計シミュレーション通りか、水周りは綺麗に仕上がっているか、執務室の音環境は満足いくものか。延々とチェックが続く。

2006年7月、設計期間16ヶ月、工事期間17ヶ月を経て、タカラトミー本社ビルが完成した。

オフィス内はすっきりとしており、居心地よく集中して執務のできるスペースとなった。アトリウムまわりは、既存の外壁面をそのまま用いたり、アトリウム用の空調機置場をガラス・スクリーンで囲って見せるなど、エントランスとしての空間に賑わいをもたらす工夫がなされている。

設計中、工事中は不安なときもあったが、出来上がってみるとなかなかうまく納まっていて満足。鹿島の技術の高さが誇らしく思えた。

しかし、設備設計の仕事はここで終わりではない。竣工当初に評価できるのは外観・内観のみで、室内の環境を体感し評価できるのは、少なくとも1年間は経過し、夏冬を経験した後になる。

写真:家具が入ったオフィス

オフィスに家具が入った。なかなかきれい。天井には空調吹出し口などが一切無い。

写真:既存外壁と受付カウンター

既存外壁と受付カウンターをアトリウム内から望む。空調機が3台、ショーケースに入っている。

5. 竣工1年後・・・

2007年8月、竣工後1年ぶりにエントランスに立った。竣工後の運用において、設計の意図が反映されているか、室内の温熱環境が快適かなどの検証にやって来たのである。温度計を各所に配置し、上下温度分布・気流分布などの測定を行い、夏冬を経験した執務者に対して空調に関するアンケートを行った。

結果を見て一安心。よしよし、執務者の満足度は高く、空調も良く効いている。設備面の運用方法によっては室内環境も変わってくるが、ヒアリングによると理想の運用をしていただいているようだ。運用されている方と話し合い、省エネなど、さらなる改善に向けて目標を立てた。

こうして建物の完成後もサポートを継続し、建物の所有者、運営者に対して身近な存在でいつづけることがとても大切なことだと感じる。

写真:サーモカメラによる室内環境の検証

サーモカメラによる室内環境の検証。床吹き空調特有の冷却効果が見て分かる。

写真:通気性カーペットの一部をはがした状態 / 有孔OAフロアの一部もはがした状態

床の詳細。左は通気性カーペットの一部をはがした状態。右は有孔OAフロアの一部もはがした状態。床下が給気チャンバーになっている。

6. 建物に対する想い

アトリウムを歩きながら思った。これだけ多くの人が関わる仕事は世の中探してもそうはないのではないか。さまざまな人々の想いが交錯する。それらを整理して一つにまとめるには大変な労力が必要だ。

しかし、完成した建物は、多様な想いが結晶となって散りばめられた宝箱に違いない。それを産みだしてゆく過程にはじまり、暖かく育ててゆくまで携われることが、私たちのやりがいなのである。

これらからもいろいろな建物の設計を通して、さまざまな人々の想いの結晶を創り上げていこうと思う。

写真:屋外テラス

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