松岡 里衣子
〔2002年入社〕
2002年理工学研究科修士課程修了、同年入社。建築設計本部に配属。設計実務のほか、社内誌A+Eの編集、図書委員会等に参画。ここまで携わった主なプロジェクトは、フジテレビ湾岸スタジオ、ジーシー板橋建替計画、産経新聞江東印刷センター、他。
「現場」での怒涛の18ヶ月
1. プロジェクト始動
2005年11月、パイオニア株式会社の新しい開発拠点としての研究所の設計依頼が舞い込んできた。延床面積約5万平米、2500人の研究者のための研究開発施設で、基本計画から建物竣工までわずか1年半という、超短工期のプロジェクトである。
それまでコンペ段階からずっと携わっていたプロジェクトを実施設計の途中で離れ、新たな設計活動が始まる。入社して4年半。まだ竣工まで1つのプロジェクトを最後まで見届けたことはない。願っても無いチャンスが到来した。
入社4年目から5年目にかけて体験した、怒涛の一年半を振り返り、紹介していこう。
2. 敷地との対面
初めて敷地を見に行った時、唖然とした。
広い!広すぎる。
敷地は、JRの新川崎駅から徒歩15分程度、線路沿いの操車場跡地だった。川崎市の都市計画により、マンションや研究施設が建てられる一帯の開発地域である。
雑草が伸び放題の荒地をカメラを持って一周したら、足元は草だらけ、息は上がっていた。改めて敷地の広さを実感。この風景が一年半後にどう変わるか、期待に胸が膨らんだ。と同時に、「風景を変える」建築になるであろうと感じ、設計チームの一員として大きな責任感を覚えた。
敷地条件、法的制約、事前協議…. 設計に必要な諸条件の整理を行う。いよいよ、本格始動。
3. ワークスタイルの提案
基本計画。まずはボリュームスタディから。
お客様が要望するプログラムを読み解き、ボリュームに置き換えていく。と同時に研究所として必要な機能、ワークスタイルの考え方を整理しながら、様々なパターンを検討し、「カタチ」を絞ってゆく。
ワークスタイルの提案は、社内の蓄積されたデータをフル活用し、ニーズに合うスタイルを模索しながら行った。いくつもの実例をお客様とともに見学して、今回の計画に適したワークエリアの実現をめざした。
その結果、組織の変化にフレキシブルに対応可能なワークエリアを獲得するために、天井配線システムを考案し、採用された。
4. 瞬く間に
基本方針が固まり、基本設計が急ピッチで進む。
「SOUND/VISION / SOUL」というパイオニアのブランドコンセプトを建築のコンセプトに転換し、骨格を作り上げていく。お客様との共通言語を多く持つことで、意識を共有し、意思決定がすばやくなされた。
11月に始まり、翌1月で基本計画終了、2月基本設計、3月、4月実施設計、6月に着工という強行スケジュール。
5. 現場生活の始まり
2006年6月。現場生活が始まる。
これが、10ヶ月通い続け、我が家と化した現場事務所。
通常の工事監理は、週2~3回現場に通い、あとは電話やメールなどでやり取りするのが普通。しかし今回のプロジェクトでは、さらに検討を要し、決定してゆく箇所が多く、現場とのスピーディなやり取りが必要ということで、現場事務所内に設計室が与えられた。
プレハブ3階建ての大豪邸。私の部屋は3階の中央付近。
毎日現場弁当を食べながら、作業の日々。
6. 毎日の日課
現場での生活は、新しい体験の嵐。朝の朝礼を上から眺め、こっそりとラジオ体操に参加し、夜の現場巡回が毎日の日課となった。
「この現場でしか味わえないことを経験しよう!」と思い、建物が立ち上がっていく過程で行われる様々な作業ややり取りを観察。日々増えていく職人さんを見ながら、これだけ多くの人が関わって建物は作り上げられるのだと実感する。そして、自分の引いた線一本によって、作業が生まれ、その積み重ねで建物が完成することに喜びと責任を感じた。
7. 設計室
設計室では、思う存分、図面を広げて、日夜スケッチやチェックに励む。現場でスケッチを起こすことの緊張感はその時間差にある。
今日書いたスケッチが次の日の朝には現場の壁にコピーして貼られ、それを見て職人さんが作業を行う。このスピード感がこの現場ならではと感じる。
実際、自分のスケッチを見ながら作業がなされているのを目撃したときには、緊張し、身震いした。
設計の意図を明確にし、的確な情報を、期限内に伝えることの重要性と大変さを知った。
8. 現場事務所の利点
プレハブの現場事務所というのは、絶好のプレゼンテーションの空間である。
壁はすべて鉄板でできているため、プレゼンボードやサンプルを自由に貼り付けることができる。総合定例では、移動可能なテーブルと、大きな会議室を使って、まるでショールームのようにプレゼンテーションをすることもできる。すぐ隣にある実際の現場でスケール感を確認し、戻ってきて、素材や色をその場で選べる。お客様にもとても好評。おかげで、様々な決定がスムーズになされた。
9. 達成感と一体感
そして竣工。
今回のプロジェクトを通して、建物が完成したという喜び、達成感と共に、プロジェクトに関わるすべてのスタッフとコミュニケーションを重ねていくことで生まれた「一体感」を得ることができた。
超短工期で、珍しい設計スタイルのプロジェクトであったが、とても貴重な体験だった。この現場で味わった様々な教訓を今後のプロジェクトにも積極的に展開し、あらたな喜びを得られるよう、努力していこうと思う。
竣工して一年が過ぎ、何より、お客様が建物を大切にしてくださること、とても丁寧に使ってくださることを嬉しく思い、このプロジェクトに参加できて本当に良かったと改めて感じた。
建物は今、周囲の風景に新たな景観を作り出し、堂々と佇んでいる。