第84回 2016年6月15日(水)
原 広司原広司+アトリエ・ファイ建築研究所
講演当日、連絡係であった私の携帯電話が鳴った。氏のいる赤坂駅へ向かうと広場の真ん中で煙草をとてもおいしそうにふかしていた。遠目にすぐわかった。格好良い。本で窺い知る姿そのままだった。開演すると、氏の持つ独特の雰囲気によってか、はたまたいきなり画面を占拠したスパイダーマンによってか、満員となった会場は一瞬にして氏を中心とした空間へと変わり、ゆっくりとわれわれ一人ひとりに語りかけるように公演が行われた。
原広司氏に講演をお願いすることなったのは、設計部内に世代を問わず熱烈なファンが多くいたことによるものだった。『集落の教え100』『空間-機能から様相へ-』をはじめとするさまざまな著書や、「京都駅」「梅田スカイビル」「札幌ドーム」などの多くのプロジェクトは年月を重ねても色褪せることなくわれわれに強い影響を与えている。
昨年、氏のあるインタビュー記事を拝見した。「建築をやさしくしすぎたんじゃないか…(中略)いまならまだ間に合う。最後にあがいてもいいんじゃないか」と警鐘を鳴らしていた。すぐにでもお話を伺いたいと思った。
講演は、90分で語りつくせないということで、二画面を使いながら行われた。集落の話から、実作品まで多様な内容を語っていただけた。そして、現在は情報技術の発達により、ルネッサンス期を超えるほどの変革期にあり、これからは「出来事としての建築」をいかにつくっていくかが大切だと。それを設計可能とする仮説としての「マイクロデュレーション」という方法論も示してくださった。梅田スカイビルや京都駅が今日あらためて注目されている事実が説得力を持たせていた。
質疑応答の中で交わされた北PAとのやりとりもとても示唆的であった。「モノとしての建築にこそ力があると信じている。建築は出来事である、と標榜することで建築のイメージはどう変わるのか?」という質問に対し、「モノとしてよくできている建築は理論もしっかりしているんだよ」。そして氏は続けた。「俺はもうすぐ80だが、死ぬまで絶対最前線でやってやる。面白いんだよ。建築は面白いんだよ!」と。とても勇気づけられた。僕らもやってやろうと。

撮影:鈴木研一
- 1936年
- 神奈川県生まれ
- 1959年
- 東京大学工学部建築学科卒業
- 1964年
- 同大学院博士課程修了
- 1964年
~69年 - 東洋大学にて教鞭をとる
- 1969年
~ - 東京大学にて教鞭をとる(1997年退官)
- 1970年
~98年 - 設計活動をアトリエ・ファイ建築研究所と協同
- 1999年
- 原広司+アトリエ・ファイ建築研究所に改名