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水曜会:社内講演会の記録

852016年9月21日(水)

長谷川 逸子長谷川逸子・建築計画工房

開かれた場―この先の建築を考える

長谷川逸子さんの建築は写真に収めにくいらしい。
若手有志で訪れたいくつかの作品は、いずれも正面といえるような「顔」はなく、近づく者の視点によって表情を変える。奥に進むにつれて多様な形が次々に展開し焦点が定まらないが、まるで山奥を探検するような面白さがある。

今回の講演に対する印象も、彼女の建築と似たようなものだった。
幼少期を過ごした港町のエピソードから出発し、数々の断片的なイメージと言葉によって、「自然の中に身を置く快適さ」を建築化する重要性を説く。「第2の自然としての建築」を標榜した公共建築たちは、市民を巻き込んで多くの共感を得た。特に、地元の海に反射する光のつぶの写真を披露し、どうにかしてこの美しい情景を建築にしたいと語る姿には感銘を受けた。あのパンチングメタルで砕かれた光に満たされた空間は、子供時代に眺めた風景に起源があったのだ。

長谷川さんは菊竹清訓氏に学んだあと、篠原一男氏の元で10年余り過ごす。
当時の篠原氏は「未完の家」に着手しており、日本伝統論から出発した「第1の様式」から、コンクリートボックスと亀裂の空間によってモダニズムに相対する「第2の様式」に踏み出した時期であった。民家への視線と白の家に触発されて篠原研究室の門を叩いた長谷川さんは、「先生にはいつも一歩遅れてついていくような関係だった。」と語る。
思えば70年代に設計をスタートした建築家にとって、いかに篠原一男を乗り越えるかは大きな問題であったのだろう。長谷川さんは幾何学的な美しさよりも生き生きとした自然のありように接近する道を選んだ。その道はその後、世界の各地に「第2の自然」を現象させることになった。

「複雑で、あいまいで、周囲のものをみんな巻き込んでいくような建築を目指したい。それがきっと未来に続く空間になる。」と力強く語る長谷川さんの言葉に、これからの建築の姿を見た気がした。

(中村 義人│KAJIMA DESIGN)

写真:長谷川 逸子
長谷川 逸子
1979年
長谷川逸子・建築計画工房(株)設立
1986年
日本建築学会賞、日本文化デザイン賞受賞
1997年
王立英国建築協会(Royal Institute of British Architects)より名誉会員の称号
2000年
第56回日本芸術院賞、公共建築賞受賞
2001年
ロンドン大学名誉学位
2006年
アメリカ建築家協会(AIA)より名誉会員の称号
2016年
芝浦工業大学 客員教授

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