第100回 2025年1月15日(水)
井上 武司Tak 建築計画工房 / KAJIMA DESIGN 初代PA
―建築モニュメント登録―
第100 回、水曜会。
このような節目の会に、社外の著名建築家ではなく、自社の初代PAである井上氏を壇上に迎えたことは、鹿島が絶えず省察を重ね、培った知を次代へと紡いできたことの証左であると感じた。デザインする会社に身を置く者として、誇らしさと同時に背筋の伸びる緊張を覚える。
講演の主題は「足跡」である。
会の前半は氏が手掛けた国内外の代表的なプロジェクトが紹介され、鹿島の歴史としての足跡が語られた。幾多の歩みを辿るなかで、建築が都市と社会にどう寄与し得るかが考察される。
氏は「敷地境界線の外に出る」という理念を反復し、街のコンテクストを丁寧に読み込むことの大切さを説いた。そして、その核心を示す具体例として、本講演の演題にも掲げられている「グランドホテル・ベルリン」が挙げられた。旧東独時代に建設され、東西ドイツ統合後の築後37年目となる2024年にドイツ・ベルリンの国家記念碑庁により建築モニュメントに登録されたプロジェクトである。
風景との調和、公共性の拡張、観光資源としての集客性、社会的な理解と支持の確立。先の理念を端緒に示唆に富んだ話が続く中、特に印象的だったのはモダニズム建築との対峙の仕方である。
歴史的文脈の継承と現代的解釈の両立が求められる状況下、氏は再び敷地の外へと飛び出した。周辺環境や建築に眼差しを向け、多様な文化や価値観に耳を澄ます。ただし、表層的な形態を模倣するだけでは都市や社会への寄与には繋がらない。
これらの帰結として氏が重きを置いたのは、記号的な様式の引用ではなく、マテリアルやスケール感、街並みのリズムや空気感といった体験の連続性である。造形的な斬新さに依拠するのではなく都市や人の振舞を基盤にボリュームを立ち上げ、街の記憶を上書きするのではなく土地のコンテクストとして増補した結果、ホテル・ベルリンは都市と社会に深く結びついた。
単なる宿泊施設を、街の拠所=シンボルへと昇華させるこの果敢な試みは、地域社会圏の一部として建築が機能するための、新たな設計アプローチと言えるだろう。そして、こうした従来の枠組を越えようとする姿勢こそが、「敷地境界線の外に出る」という言葉の意図するところではないだろうか。未詳未踏の領域へと境界を踏み越え刻まれた挑戦の痕跡こそが、井上氏の足跡に他ならない。
先達の足跡に足を重ねながらも、新たな一歩を踏み出す。
その連なりがやがて道となり、未来を形づくる。
この循環は、まさに水曜会そのものではないだろうか。
社内に知を呼び込み、自らの言葉で咀嚼し、未来へと橋渡しする──
僕らの先輩の燦然たる講演は、水曜会という場の価値を改めて浮かび上がらせた。
- 1945年
- 奈良県生まれ
- 1969年
- 日本大学理工学部
建築学科卒業 - 1989年
- KAJIMA DESIGN EUROPE代表
- 1998年
- 鹿島・建築設計本部 部長
- 2004年
- 同プリンシパル アーキテクト(PA)
- 2008年
- 鹿島退社、
Tak建築計画工房設立