特集:都市と水景

chapter 2 水辺の風景
都市居住と水辺――芝浦アイランド
 運河に四方が囲まれ,まさに都心の“島”とも言える東京都港区・芝浦アイランド。約6haの工場や操車場の跡地に,住宅・教育施設・医療施設の整備と,橋の新設,耐震護岸・遊歩道の整備,区道・公園・緑地整備などが進められた。アイランド南端に位置するのが,2006年12月に完成したケープタワー。地上48階建てのタワーマンションである。また2007年3月には中央部のグローヴタワー(49階建て),北側のエアタワー(48階建て)が完成し,「街開き」が盛大に行われた。
 一帯の再開発にあたっては,“ジェネレーションミックス=世代間交流による豊かなコミュニケーションを育む街づくり”をコンセプトに計画が進められ,幅広い世代の人々,多様な趣味の人々がコミュニケーションをはかれる工夫が各所に施されている。
 冒頭の写真の「水盤」を基調としたランドスケープは,ケープタワーのシンボルとなっている。直径18mのエッジレスの水盤は,運河で囲まれたこの場所で「水」の存在をさらに身近に引きつけると同時に,背後の芝生や樹木と視覚的に連続することで,水と緑と空をひとつづきのものとし,都市のなかでの自然の豊かさを切り出すような計画を行った。この水盤は,都市のなかの新しいオアシスとなるよう意図されており,ケープタワーの上層階から,あるいは近傍を走るモノレールからも眺められる。
芝浦アイランド。左からエアタワー,グローヴタワー,ケープタワー。運河に面した高層棟と,遊歩道が水際の景観をつくっている

水辺の賑わいを身近に
 江戸時代,ここ芝浦アイランドのあたりは風光明媚な行楽地で,都市活動に欠かせない水辺として機能していた。そこで再開発にあたっては,その水辺を官・公・民一体で人々の生活に再び取り戻し,潤いある豊かなライフスタイルを生み出す“島づくり”が行われた。
 島を取り囲む護岸には,一周約1.3kmの遊歩道が整備され,運河を眺めながら誰もがアイランドを回遊できるようになっている。“島”を歩けば,公園や広場,緑道,水際の遊歩道や水上テラスのいたるところで,のんびりお弁当を広げる人,その前を犬と散歩を楽しむ人や,軽快にジョギングしている人が行き交う光景に出会える。
 また,その遊歩道から護岸へ降りるところには,東京都の運河ルネッサンスによる規制緩和により,運河水面の占用が許可され,水上テラスや桟橋が誕生した。パラソルを広げたカフェやレストランがオープンし,お昼時となれば多くの住民やワーカーなどが集まる。水辺から吹く風を感じながら,開放的なランチを楽しめる。
 さらに船着き場からは,「アーバンランチ」という定期船が運行しており,芝浦からレインボーブリッジを越え,お台場までを約15分で結ぶ。船に乗れば水面を間近に感じ,見上げれば東京のダイナミックな景色が迫る――ペットの犬や猫,自転車もそのまま一緒に乗りこむことができ,船上の時間をゆったりと過ごすことができるだろう。
 運河に浮かぶ緑豊かな街に,まさに水辺の賑わいが生まれている。

[芝浦アイランド]
ケープタワー
発注者:三井不動産レジデンシャル,三菱商事,オリックス不動産,住友商事,新日鉄都市開発,伊藤忠都市開発/設計:当社建築設計本部/ランドスケープ:ランドスケープデザイン
(東京建築支店施工)
グローヴタワー
場所:東京都港区/発注者:三井不動産レジデンシャル,三菱商事,オリックス不動産,住友商事,新日鉄都市開発,伊藤忠都市開発/設計:当社建築設計本部/ランドスケープ:ランドスケープデザイン
(東京建築支店施工)
エアタワー
場所:東京都港区/発注者:三井不動産,ケン・コーポレーション,新日鉄都市開発,オリックス不動産/設計:当社建築設計本部/ランドスケープ:ランドスケープデザイン
(東京建築支店施工)

column ハゼたちの水景――テラス護岸による生き物の棲み処(すみか)づくり
さまざまな生物が暮らすことがわかった潮だまりと干潟  再開発により水辺を心地よく感じるのはもちろん人間だけではない。生き物が水辺で快適に暮らせるような技術,カニ護岸パネル。カニが好んで生活する石積護岸の形状と,機能を備えたコンクリートのパネルで,ここ芝浦アイランドでも取り入れられている。また,潮が引くと潮だまりや干潟ができるテラス護岸も開発され,整備されている。
 芝浦アイランド干潟・潮だまり付き護岸造成工事は,東京湾の再生を目的とした東京湾沿岸海岸保全基本計画に位置付けられ,2006年3月には東京都港湾局が主催で「カニ引越し作戦」が行われた。捕獲された約1,000匹のカニは,地域の人たちが自宅などで一時飼育し,カニ護岸パネル,潮だまりができるテラス護岸を新たに設置した護岸整備工事の後,5月に無事放流された。その後の調査で,カニだけではなくハゼやウナギ,テナガエビまでもが見つかり,“江戸前”の生き物の棲み処を提供した。
 「芝浦アイランド『海の生き物』の棲み処づくりプロジェクト」(主催:国土交通省国土技術政策総合研究所・東京都港湾局・港区芝浦港南地区総合支所)では,生き物の生活環境や多様性についての調査と自然再生の取組みが行われる。地域財産としての運河は,身近な「水」や生き物の大切さを知らせてくれる。
ハゼたちの水景――テラス護岸による生き物の棲み処づくり
[芝浦アイランド南地区仕上げ工事,芝浦アイランド南地区西側護岸整備工事]
場所:東京都港区/発注者:三井不動産レジデンシャル,三菱商事,オリックス不動産,住友商事,新日鉄都市開発,伊藤忠都市開発/設計:当社東京土木支店土木部
(東京土木支店JV施工)

和とモダン
 涼しげな和のランドスケープが育まれているのが,京都,華道家元池坊発祥の地につくられた紫雲山頂法寺・頂法寺会館の庭園である。
 西国33ヵ所観音霊場18番札所である六角堂をとりまく街中の境内。烏丸通りから中を覗くと,曲線で構成された本館ラウンジといけばなの道場である白壁の数寄屋建築,性格の異なった建築に囲まれた水景が静かにたたずむ。本館と六角堂の間には黒御影の水盤が配され,ホールの曲面を受けた水面が,浮き上がる雲の形をイメージしている。
 池には鯉が泳ぎ,白鳥が浮かぶ,伝統とモダンをつなぐ庭園――。水が生み出す静かな景色が情緒をたたえている。
紫雲山頂法寺・頂法寺会館
[紫雲山頂法寺・頂法寺会館]
場所:京都市中京区/発注者:華道家元池坊/設計:当社建築設計本部 
(関西支店施工)
ホテルモントレ ラ・スール大阪。水に映し出される光が幻想的なガーデンチャペル街づくりと水景
 当社関西支店も入居するマルイトOBPビル(ホテルモントレ ラ・スール大阪)は,大阪ビジネスパーク(OBP)地区開発の象徴的な場所であり,街の顔である。民間主導で進めてきたこの事業では,いわゆる高密度を追求するのではなく,「ビジネスオアシス」というコンセプトで,大阪城から続く川と緑のシークエンスがそのままランドスケープに取り入れられている。
 格好のオアシスがそのホテルモントレのガーデンチャペルである。大阪城という強いシンボルを望む場所に新たなランドスケープを生み出すには,水の柔らかな表情がふさわしい。ホテルにとっても,OBPというひとつの街にとっても,ひときわ美しい景観を生み出した。
 その幻想的な夜景の美しさは,夏の暑さを忘れるオアシスに仕上がっている。
[マルイトOBPビル(ホテルモントレ ラ・スール大阪)]
場所:大阪市中央区/発注者:マルイト/設計:当社建築設計本部/ランドスケープ:ランドスケープデザイン
(関西支店施工)
ダイナミックな水景
 水辺に面した倉庫街,そこに大胆にも“傘”がかかるのは,シンガポールのクラーク・キー(Clarke Quay)である。
 国際都市であるシンガポールでは,強いコンドミニアムブームを背景にした高層コンドミニアム等の住宅や,カジノを含む複合リゾート開発,オフィスビルなどの大規模な建設プロジェクトが目白押しだが,シンガポール川に面した古い倉庫跡地を再開発してできたクラーク・キーは新しい観光名所となった。種々の店とレストラン,屋台が集まるアミューズメントエリアであり,週末には観光客を交えて,賑わう。
 2万3,000m2の広大な敷地には5区画にわたり倉庫群,ショップハウスが立ち並び19世紀を再現した街並みになっており,KOA(Kajima Overseas Asia)が全体の施工を行った。
 古い倉庫群を,水辺の立地を活かした最新のスポットへとみごとによみがえらせ,多くの人を呼び寄せているダイナミックな水景だ。
クラーク・キー。複数の区画を結ぶ「傘」は,イギリスの建築設計事務所ALSOPのデザイン。ユニークな水景が空からも望める
[クラーク・キー]
原発注者:CapitaLand/発注者:Clarke Quay /基本設計:ALSOP 実施設計:RSP
(KOAシンガポール施工)
column 水落(みずおち)のデザインとテクノロジー
大分県・白水ダム。斜面を水が流れ落ちる表情の美しさで知られる  photo: 逢澤正行水のつくり出すさまざまな“表情”
 身の回りの水辺には,水のつくり出すさまざまな“表情”がある。静止している水面にアメンボがわたってつくる水紋や,さらさら流れる小川,あるいは滝やダムの放水,堰などの激しい水しぶき,そして噴水など,意図的につくり出すもの,そうでないものを問わず,ふと時間を忘れて眺めていることも多い。
 意図的につくり出すことのできる“動きのある”水のなかでも,「水落」とは,その名の通り落ちる水を指す。水景をつくりだすひとつの技法で,平安時代に書かれた日本最古の庭園書である『作庭記』にも,水落の種類が10種類も記されていることから,古来より日本人の水の表情へのこだわりがみてとれる。

潜むテクノロジー
 水落がどの高さから,どのように落ちるかによって,周囲の建物や構造物との関係,植栽や照明など,ランドスケープをつくり出す。(株)ランドスケープデザインの川畑了部長によれば,水の流量や流れる面積,水を出すポンプ圧力や,配管径まで,じつに多様な要素とにらみ合い,実験を繰り返し,試行錯誤を経て“表情”を生み出しているという。
 たとえば,写真の吐水口では,重力と表面張力により,水が落下するにつれて先が細くなる。これが細くならないように吐水口と同じ幅で水を落とすにはどうすればよいか。それには,水落の中央と両端部の水幕の厚さと流速の微妙な調整が必要となる。中央を薄く,両端部を厚くするのだが,中央部を薄くしすぎると,真ん中が割れる。
 均一幅で流れ出るよう,さまざまなタイプの水落部形状の試作と実験を繰り返し行い,できる限りイメージに近いものを探り出す。こうして,写真のように先が細らず均一の幅で水落ができあがった。
 美しいと感じる水の表情にも,さまざまなテクノロジーが潜んでいる。
水落の例。落ちるに従って水流が細くなる 一定の幅で流れ落ちるようになった

 chapter 1 水辺の復権
 chapter 2 水辺の風景
 chapter 3  interview――水辺の魅力