特集:景観デザインと土木の「バランス」

Chapter2 橋梁美の設計プロセス

          池田へそっ湖大橋の景観デザイン
大自然のなかのフォルム
 土木の景観デザインには,基本性能の充足と周辺環境への配慮の両立が求められる。複雑な都市環境から自然環境まで,そのスケール感はさまざまであるが,ここでは後者の好例として,〈池田へそっ湖大橋〉の設計プロセスを紹介したい。
 日本三大河川のひとつ吉野川を渡るこの橋は,豊かな大自然のなかに架かる長さ705m(最大支間200m,有効幅員9m)の大スケールの橋梁である。さらに現地が“四国のへそ”にあたる池田町に位置することから,ランドマークとしての役割も期待された。
 景観との調和性と造形のシンボル性──日本道路公団四国支社ではこの一見相反する課題を両立するために,「大自然との調和」と「骨格の明快なフォルム」の表現を大きなふたつの基本方針とした。この方針を受けて選定された橋梁形式は,渓谷の視覚的透過性を損なわないアーチ形式と,施工面で有利なコンクリート系の構造を併せもつ形式であった。(コラム参照
 大規模な橋梁において「大自然との調和」を図るには,装飾を付加するよりも,フォルムの基本となる橋梁形式を洗練させることがポイントとなる。“構造美”をできるだけシンプルにみせること,つまり「骨格の明快なフォルム」の表現が,調和性とシンボル性を共存させるのである。具体的には,視覚的な連続性の強調や透過性の確保,軽快感の表現を追求していくこととなる。
 橋梁形式の決定後,「景観上の検討ポイントの抽出」「設計の基本コンセプトの構築」「景観デザインの具現化」と展開していった。その最大のポイントとなった主桁の設計プロセスを以下に示す。設計の基本コンセプトを構築したのは,構造体の構成要素を視覚的な線に分解した「視覚的ベクトル」による形態分析である。全体のフォルムの洗練からディテールの処理に至るまでのデザインは,ベクトルの特徴と優先順位にもとづいて行われた。
 なお,この橋は,計画・設計・施工・美観などの面で優れた“橋梁作品”を表彰する田中賞(土木学会)を1999年度に受賞した。
〈池田へそっ湖大橋〉の全景
一体化した非常駐車帯の見上げ 斜めウェブの見上げ
四国の高速道路網
矢印
research
景観上の検討ポイントの抽出
河川の両岸や各道路,街中などからの視点を設定し,景観上の検討すべきポイントを抽出する。主桁のアーチ部と箱桁部の連続性の確保,箱桁底面やウェブ部の軽快感の実現がおもなポイントとなる。
景観上の検討ポイントの抽出
design concept
設計の基本コンセプトの構築
構造体の構成要素は視覚的な線に分解して考えることができる。この「視覚的ベクトル」による形態分析を行い,ベクトルの優先順位(A→B→C→D)を決定する。視覚的な連続性をうむ「ベクトルA」(主桁)をより強く感じさせることが「骨格の明快なフォルム」の表現につながる。
A(主桁):連続性を強調するベクトル
B(橋脚):安定性をもたらすベクトル
C(アーチ部曲線):リズム感を生むベクトル
D(アーチ部鉛直壁):透過性に関わるベクトル
設計の基本コンセプトの構築
design development
景観デザインの具現化
Point-1 大きさや形状の異なる3ヵ所の拡幅部(非常駐車帯とその中央の非常電話の拡幅部,情報板による拡幅部)を一体化させてシンプルにまとめることにより,ベクトルAを強調することが可能となる。シンボル性を際立たせる工夫であり,基本性能である経済性・施工性も向上する。
Point-2 主桁は地上50mに位置するため,細かな造形処理よりも大きなスケールでの断面処理が効果的と判断。箱桁部の下部を「斜めウェブ」とすることで,ベクトルAのラインを強調してアーチ部との連続性を確保しつつ,国道から見上げた際の軽快感も表現し,風景との調和性を高めるラインを形成した。
原案 採用案 採用案となった斜めウェブ
column 橋梁形式の検討
 橋梁形式の選定にあたっては,まず,構造・施工・維持管理などの多角的な視点から,5つのタイプの形式を比較検討した。今回の諸条件で景観面を検討すると,(1)と(2)は主塔の高さによる周辺環境への影響,(3)は主桁の厚さによる圧迫感,(4)は視覚的な不連続性が懸念される。張出架設が可能な構造,渓谷との調和性,桁側面の圧迫感低減,といった点から(5)を基本として以降の検討が進められた。
斜張橋 エクストラドーズド橋
PC連続ラーメン箱桁橋 鋼アーチ+鋼(箱桁・鈑桁)橋
 PCアーチ橋(RC逆ランガー+PC連続ラーメン箱桁) 矢印 決定した橋梁形式(PC5径間連続バランスドアーチ橋)


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