特集:都市の地下を築く

Chapter1 より快適な暮らしのために
 高度情報化社会の到来や価値観の多様化によるライフスタイルの変化は,都市の産業活動にさらなる複雑化・高度化を求めている。同時に,暮らしの場としての都市には,潤いやゆとり,そして安全が求められている。
 水道,電気,ガス,通信などのライフラインや,鉄道・道路の交通網,電話線や光ファイバーなどの通信網,都市の静脈ともいえる下水道や水害から都市を護る放水路など,都市の地下に構築されるインフラ機能は多岐にわたる。すべての施設は,当然のことながら人や車の安全な輸送,エネルギーの安定供給といった,基本的なハードの機能を満足するように計画・建設されている。しかし,これからの都市インフラは,基本機能に加えて,高度化する産業活動や暮らしの潤い・安全を支援する,いわばソフト面での役割も求められている。
 ここでは「真に魅力ある都市」の実現を支援する,これからの地下インフラの姿について紹介していこう。
Scene 1 人にやさしい地下のかたち
東京・汐留地区の地下に誕生した幅40m,長さ400mにもわたる巨大な地下通路  東京・旧新橋操車場跡地の汐留地区。31haにもおよぶ広大な敷地では,都市再生の拠点として,歴史的な大規模再開発プロジェクトが進行中だ。
 その地下に,新たに誕生するまちの活動を支援する交通インフラとして,都営大江戸線・汐留駅が昨年11月に開業した。地下鉄駅の上部に建設された地下通路は,敷地を縦断する部分で幅40m,長さ400mの規模を誇る。そこには,従来の「単なる移動のための狭隘な地下通路が延々と続く」といったイメージはない。隣接するJR新橋駅からも人々を誘い,就業人口6万1千人,居住人口6千人にも達する巨大なまちを,人々が自由に,安全に行き交う大空間がある。
 海外の事例はどうであろうか。スウェーデンの首都・ストックホルムの地下鉄は総延長108km。深いフィヨルド地形の多島海に造られた地下鉄は,あるところでは深くいり込む湾や海峡をくぐらなければならない。このため,地表から地下鉄乗り場に行き着くためには,長いエスカレータを乗り継いで延々と下っていくことになり,アクセスは必ずしも良好とは言えない。しかしそこには,堅牢な岩盤を掘削して築かれる駅と地下通路の特徴を活かした独創的な空間が実現されている。天井の高い大空間の壁には,凹凸のある岩肌が露出しており,様々な壁画や彫刻で装飾されている。芸術家たちに向けた大規模なコンペが1955年に行われ,現在,約100ある地下鉄駅のうち80で,130名の芸術家による素晴らしい作品が人々の目を楽しませている。
 大深度になればなるほど,駅の昇降設備が重要となる。ヨーロッパでは,ガラスで囲われたシースルー型のエレベータが数多く見られる。周囲への威圧感を抑えられ,かつ一目で判別することができる。さらに,視線をその裏側まで通すなど周囲の視認性も高い。駅の形式やシステムが日本とは異なる事情もあるが,多くの人々にやさしい空間を創出する「ユニバーサルデザイン」の精神に学ぶところは大きい。
ストックホルムの地下駅には独特のアーティスティックな空間がひろがる
ヨーロッパの地下駅に多く見られるシースルー型のエレベータ。後方の階段の見通しも確保され,導線を一目で把握できる
Scene 2 地上に開放される空間
ボストンのまちを走る高速道路。その直下で工事が進む  さまざまなインフラ機能が地下化されることで,都市の地上に開放された空間は,高度化する産業機能の強化や暮らしの憩いの場として利用される。
 学問と芸術とビジネスが共存し,美しい港を擁する観光地としても知られるアメリカ・ボストン。戦後間もなく,港の主たる機能が波止場であった時代に,まちの中心部を通るように高速道路がつくられた。しかし,高速道路は老朽化が進み,朝夕の交通渋滞による周辺環境の悪化,多様化する地上機能の分断などの問題が指摘されていた。現在,この高速道路を地下化する「ビッグディッグ(大きな穴掘り)」と呼ばれる大規模なプロジェクトが,10年以上の歳月をかけて進められている。6車線,約14kmの高架道路を8〜12車線の地下高速道路に再整備するこの計画によって,地上には約16haもの空間が開放され,市民の憩いの場となる緑のオープンスペースに生まれ変わろうとしている。港と歴史的遺産とビジネス街も連続し,まちの魅力が一層高められていく。
 我が国でも,大深度地下利用法を適用して都市の主要なインフラを地下化する動きが始まっている。現状市街地の維持や,快適な地上空間の創出が可能となる都市の地下におけるインフラ整備が,住民や地元自治体の声を事業計画に反映する「PI(パブリック・インボルブメント)」を大切にしながら進められていくだろう。
再整備された後のボストン(想定)。広大な緑の空間が新たに創出される
Scene 3 より安全な地下空間をめざして
 都市のインフラ機能を担う上で欠かせない地下空間。地下鉄や道路,あるいは通路などの有人空間では,人々の安全の確保が何よりも重要となる。
 なかでも火災は,火炎の直接の被害だけではなく,行き場を探しながら空間を縫うように追いかけてくる有毒ガスの危険もある。そのため,火災に伴って発生する熱と煙を一定範囲内に封じ込め,空間全体への拡散を防止する「区画化」が必要となる。当社が新たに開発した地下空間における火災防災システム「水幕式火災防災システム」は,霧状の水幕(ウォータースクリーン)で,火災が発生した危険ゾーンを区画化するものだ。従来用いられていた鋼製の防火シャッターや防火シートにかわって,水幕を使用することにより被災者の視認性が高まり,熱や煙から人々を隔離しながら安全な場所へと誘導することが可能となる。また,構造物を冷却することによる「構造物安全性」の確保も期待できる。
 将来に向けてさらに深度化,大規模化,複合化が予測される都市の地下では,万一災害が生じた場合の「避難安全性」を確保することが重要となる。ここに紹介した技術面での検討とともに,迅速な情報の伝達・誘導などのソフト面での検討も併せ,災害の認知・退避といった人々の一連の避難行動を総合的に考えたシステムを構築していくことが望まれている。
水幕によって,発生する熱や煙の80%程度が遮断できる


|Chapter0 地下空間の担う役割
|Chapter1 より快適な暮らしのために
|Chapter2 地下を築く最新技術
|Chapter3 都市の明日をみつめて