特集:都市の地下を築く

Chapter2 地下を築く最新技術
 地下鉄や送電線,上下水道など,多くの都市の地下インフラは,人々やエネルギー,水などの移動・輸送の役割を担う。このため施設の多くは「管路」のかたちとなり,トンネル技術が都市の地下を築く主役となる。ここでは,多様化・複雑化する都市インフラを効率的かつ安全に築く最新のトンネル技術をみていこう。
Advanced Shield
地盤が複雑に交錯し,一部に軟弱な部位もある日本の都市では,頑丈な鋼鉄の外筒(シールド)で地盤を押さえながらトンネル建設を進めるシールド工法が主力となっている。用地の制約などの厳しい施工条件の克服やコスト低減を目指して「より多様に」「より速く」「より長く」をキーワードに技術開発が進められている。
1 多様なかたちを築く
ワギング・カッター・シールドマシン 無駄な掘削断面のない矩形トンネル
 経済性を実現するために,用途に合った形状で合理的にトンネルを掘ることが求められている。カッターディスクを車のワイパーのように揺動させながら掘進する「ワギング・カッター・シールド工法」は,カッター面を回転させながら掘進する従来のシールドマシンではできない,矩形や複円形など様々な形状のトンネルの掘進を可能とした。同工法による世界初の「複線矩形断面シールドトンネル」の建設が昨年1月より京都市地下鉄・六地蔵北工区で進められ,同年11月末に,全長約760mの掘進が無事に終了した。
 道路のランプ部など,複数の管路が分岐・合流する部分は,地表からの開削工法によってしか建設できなかった。最新のシールドトンネル工法は,これらの複雑な交差部についても地表面を占有しないで築き上げることを可能としている。
オクトパス工法の概念図  「オクトパス工法」は複数のマシンが横に連装されており,所定の位置でそれらが「蛸足」のように分岐していく。ワギング・カッターなどの自由断面掘削技術と組み合わせることで,さらに多様な地下空間を創出することができる。
 道路の非常駐車帯などでは,トンネルの一部が拡幅されるかたちとなる。2つのタイプがある「VASARAシールド工法」は,いずれも,本線部は必要最小限の円形トンネルを構築し,必要な部分だけを拡幅施工することを可能とした。
 トンネルの交差部や拡幅部などでは,地震時の構造的な挙動も複雑となる。安全かつ効率的なかたちを実現するために,地震時の動きを考慮した三次元解析など,高度な設計手法が駆使されている。
マシンが抜けた後部に円形に組み立てられたセグメントの一部を,外に向かって押し出して拡幅する「VASARA-L工法」
マシンの外筒の一部をラップさせておき,掘削中にこのラップを伸縮させることで,断面の拡大・縮小が連続的に行える「VASARA-S工法」
トンネル交差部の複雑な挙動の三次元解析例
2 さらなる高速施工を目指して
空気圧によってカプセルが地上に効率よく搬送される  ますます地下深くにつくられることが予想されるトンネルでは,掘削した土砂をいかに効率よく安全に地上に搬送するかも大きな課題となる。当社は,掘削土砂を空気圧によって立坑で垂直に地上搬送する「カプセル式土砂搬出システム」を開発・実用化している。1,000m級の大深度地下工事にも対応できることが,広島県・芦田川流域下水道沼隈幹線管渠工事の実施工を通じて証明された。
 シールドトンネルの構築では,通常,トンネル掘進とセグメントの組立てが交互に行われる。施工のさらなる高速化のために,新たに開発されたのが「ダブルジャッキ式同時掘進シールド工法」だ。シールドマシンの内部に,それぞれトンネル掘進専用とセグメント組立専用の2種類(ダブル)のジャッキを持たせることで,両方を同時に行うことができる。従来に比較して,約2〜3割の工期短縮が期待できる。
地上から立坑を見おろす。立坑に設置された管内を行き来するカプセルで土砂が地上に搬出される
マシンは独立した2種類のジャッキを内蔵している
3 もっと長く掘り進む
 一台のマシンで長距離の掘進を可能とすることで,立坑の数が減らせることになり工期の短縮やコストダウンにつながる。従来は,掘進によるカッタービットの摩耗により,一台のマシンの平均掘進距離は約2km程度にとどまっていた。そこで開発されたのが,カッタービットをシールド機内から簡単に交換することができる「リレービット工法」だ。春日井共同溝(愛知県春日井市)では,この工法を用いて,約6.8kmという世界最長規模の掘進距離に挑戦している。また,いつでもどこでも何度でも簡単にビットが交換できる特性は,同工法を,掘削中の地盤の種類が変化に対応して最適なビットに交換できる「ユビキタスビット工法」に進化させた。
 トンネルを双方向から掘進する場合,通常は,接合部の立坑でトンネルが接合される。「シールド機地中接合システム」は,接近する2台のマシンの相互位置を片方のマシンからボーリングした水平センサーによって高精度に感知し,さらに凍結工法や機械的な方法によって精度よくトンネルを地中で接合する。地上からの施工が不要となることで,工期短縮のほか用地制約の問題も解決できる。
シールド前方検知システム。見えない地中で精度よく位置を確認する
シールド機の内側に設けた作業スペースからビットが交換できるリレービット工法
Urban NATM
NATM工法は,山間部の岩盤など,強固な地盤がトンネル自らを支えることのできる場所で発達してきた経済性に優れた工法である。近年では,様々な補助工法が開発されるとともに,周辺地盤の状態を高度に解析することのできる技術などが開発され,都市部の地盤でも適用されるケースが増えてきた。
厳しい条件に挑む
MGF工法。従来工法より高い地盤補強効果が発揮される 梅香トンネルの施工断面。巨大な地中柱を構築するために,噴射攪拌工法の一種であるクロスジェット工法が用いられた
BAF工法によって構築された地中杭のイメージ  地上に人々が暮らし,地下には埋設物が複雑に交差する都市でNATMによってトンネルを築くためには,周辺への影響を最小限とするために,様々な補助工法が用いられる。
 先受け工法は,鋼管と注入材によって前方の地盤を先行補強して,トンネルの天端と切羽を安定させるものだ。長い鋼管を用いるタイプに比較して,さらに経済的で作業効率のよい中尺鋼管タイプ「MGF(Multi Ground Forepiling)工法」が開発され,施工実績も増えている。
 トンネルの脚部には荷重が集中するため,都市部の十分に固まっていない地盤の場合,この部分が沈下して周辺への影響が大きくなる恐れがある。このため,脚部の地盤を改良する目的で,地盤の状態やトンネルの形状・土被り厚などの施工条件に応じ,最適な改良工が適用される。
 茨城県水戸市に昨年竣工した「梅香トンネル」は土被りが6〜11mと浅く,また直上に地下埋設物や中高層の建築物が多数存在するという厳しい施工条件であった。このため掘削に先立って,トンネル本体の両側に,地上から直径2mの改良体の地中柱を1.7mのピッチで連続して構築し,周辺への影響を極力抑えることができた。
 切羽前方の脚部をトンネル内部から効率的に改良できる工法が「曲がりオーガー大口径脚部補強杭工法」(BAF工法:Bended Auger Foot-Pile Method)だ。この工法では,屈曲しながら地中を削孔できるオーガーによって,地盤を乱すことなく脚部補強のための地中杭を構築することができる。
 トンネル掘削による周辺への影響を精度よく予測するために,様々な解析技術が開発されている。従来は断面単位でしか表示できなかった地盤挙動をトンネル周辺部も含めて三次元で表示できる「三次元表示システム」は,重要構造物と地盤挙動の関係が一目瞭然となり,特に都市部での設計・施工管理に威力を発揮する。また,地盤挙動の把握,問題点の抽出,適切な対応策の迅速な決定といった施工管理支援が,様々な解析ツールや計測管理システムなどの組み合わせで行われている。
三次元表示システム
column 都市地下施設のリニューアルと維持管理
 緩やかで持続的な成長を目指す時期を迎えた我が国では,限られた投資で効率よくインフラ整備を進めることが,喫緊の課題となっている。こうした時代の要求に応える施設のリニューアルや長寿命化が,都市地下のインフラ整備でも進められている。
 都市の下水道は,人口の急増に対応して集中的に整備されてきた。これらの中には完成してから数十年が経過したものもあり,施設の老朽化が深刻な問題となっている。微生物に由来するコンクリートの腐食を防ぎ,防食性能に優れた樹脂パネルで処理施設の内壁を構築するボーショクバン工法や,超薄肉の更生管を既存管渠の内側に供用したまま敷設していくBUCS(バックアップコンクリートセグメント)工法などの開発が,長寿命化や既存施設の機能確保といった社会の要求に応えている。
 長期の視点からインフラを効率的に整備するためには,施設のライフサイクルエンジニアリング(LCE)の考え方が重要だ。新設の施設についても,長期の維持管理,さらには解体撤去といった各段階を考慮したもっとも合理的な計画・設計がなされている。
腐食に強い樹脂パネルで既存施設の長寿命化をはかるボーショクバン工法 リニューアル後の断面縮小量を最小限に抑える「BUCS工法」は,既設管渠の流下能力を100%確保できる


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|Chapter1 より快適な暮らしのために
|Chapter2 地下を築く最新技術
|Chapter3 都市の明日をみつめて