特集:防災イマジネーションを高めよう

企業防災のイマジネーション
 日本企業のグローバル化,サプライチェーンの複雑化が一段と進む中,地震災害により長期にわたる操業停止などの事態に陥った場合,国内はもとより世界中のマーケットが多大な損害を被る恐れがある。こうした最悪の状況をイメージし,常に問題意識を持って災害に対処できる耐力をつけることが,企業の喫緊の課題になっている。国も「事業継続ガイドライン」を策定し,災害リスクを低減させるための「BCP(Business Continuity Plan):事業継続計画」の早期確立を企業に促している。
 「地震災害に強い企業」をサポートするために,当社は何ができるのか。ハードとしての建物を守ることは勿論のこと,企業のBCP支援にどのようなツールを提供できるのだろうか。当社の地震の直前・最中・直後を考えたトータルな防災支援技術を紹介する。
Phase 1 鹿島のリアルタイム防災技術
 地震が来ることを事前に知ることができれば,従業員の突発的な恐怖やパニックを低減させ,危険回避を促すことができる。事業継続の大前提は人命の確保である。
 地震直後の被害状況を即座に把握することができれば,一刻も早い復旧活動と事業再開のための最適な対処ができる。
 大地震における企業のBCPは,地震の直前・最中・直後を多方面からイメージし,各々の企業にとって最適な防災計画を立案することが重要だ。当社は,これまで培ってきた豊富な地震技術のノウハウを活用し,BCPをバックアップするリアルタイムの防災支援技術を提供している。
地震直前の技術『鹿島早期地震警報システム』
 当社は,気象庁の「緊急地震速報」をより精度の高いピンポイント情報に変換し,ユーザーに地震が来る直前の最適情報を伝達するシステムを開発した。
 「緊急地震速報」は,地震発生後に震源に近い観測点で初期微動(P波)を捉え,主要動(S波)と呼ばれる大きな揺れが来る前に地震発生を知らせる。これにより,地震の発生時刻・震源位置・地震規模と,あらかじめ想定した限定された地域の最大震度の情報を提供することができる。しかしユーザーがこの情報を利用するためには,建物のある“その場所”での震度,つまり「真の揺れ」を知る必要がある。
 『鹿島早期地震警報システム』は「緊急地震速報」の情報をもとに,当社の豊富な地盤データと解析手法を用いて,震源位置から敷地までの地震の伝わり方(伝播特性)や,敷地地盤の揺れやすさ(増幅率)や建物の揺れ方(応答特性)の評価を行うことで,ユーザーの所在地の予測震度,到達予測時刻などの情報を高い精度で提供できる。さらに対象敷地に地震計を設置すれば,観測された中小の地震データの蓄積を分析して,大地震の際により精度の高い情報を入手することが可能だ。
 さらに,地盤と建物の相互作用や建物の応答特性を考慮した解析は,想定される地震で「どの階がどれだけ揺れるか」といった階層別の応答加速度も予測できるので,揺れの程度に応じたきめ細かな対策が可能となる。
『鹿島早期地震警報システム』概念図
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簡単な考え方での予測 鹿島の予測

東京で震度3となる震源の位置と規模を示したマップ。当社のシステムでは震源位置からの地域的な揺れやすさが評価され,観測データに近い複雑な分布となる

column 地震最中・直後の技術の適用
 当社は,地震の際のリアルタイム情報を利用した建物の防災管理サポートシステム「RDMS」を開発。当社の技術研究所施設で実検証を行ってきたが,このたび東京都千代田区にある複合オフィスビル「秋葉原UDX」に初適用した。
 同ビルでは,主に地震の最中から直後の対応に着目した。対象建物に地震計を設置し,地震時の揺れを計測。建物情報(耐震性)などのデータをもとに瞬時にシミュレーション解析を行い,階層別に建物の応答(負荷)を評価する。このデータに基づき建物や設備の危険度を判定し,地震後の点検要否や点検手順を示す防災管理サポート情報を地震発生直後に提供する。
 ビル内の防災センターに設置された独自サーバーがデータを統括し,地震直後に同センター内のモニターで情報を自動表示する。同時に,管理者や事業者の携帯電話などにも同様の情報を提供し,夜間・休日の非常要員の召集や,万一の際の素早い建物復旧支援活動にも貢献できる。
 「RDMS」は,秋葉原UDXのように地震直後の迅速かつ効率的な初動を支援し,建物・設備の異常の有無の早期確認,適切な直後対応,建物の早期機能復旧をサポートするだけでなく,「鹿島早期地震警報システム」と組み合わせることで,地震の直前・最中・直後をトータルで支援するリアルタイム防災システムとして機能する。
地震最中・直後の技術の適用
Phase 2
建設現場の防災はイマジネーションから!


 当社は自社のBCPの策定に向けて検討を重ねている。社員の安全確保,建物機能の復旧,得意先や地域への支援,事業の早期再開・・・など検討項目は多岐にわたるが,中でも建設現場の安全の確保は重要課題のひとつだ。
 現在,当社は横浜市内の超高層マンションの建設現場に『鹿島早期地震警報システム』を導入し,現場の地震防災に取り組んでいる。今後,この経験と実績をベースに,鹿島のBCPを支援する防災技術のひとつとして全国の現場へ水平展開するとともに,顧客の防災支援技術へもフィードバックしていく。
建設現場の防災はイマジネーションから!
各々の現場に適した伝達手段・適用方法を見つける
 『鹿島早期地震警報システム』を適用している「(仮称)ヨコハマポートサイドA−3街区住宅棟」(横浜市神奈川区)の建設現場では,現在約450名の作業員が2基のタワークレーンを使って41階建ての超高層マンションを建設している。システムの導入にあたっては,単に地震到達前に速報を伝えるだけでなく,何処にどのように伝えると効果的なのかを,日々の現場での作業内容から被害を想定し検討した。その結果,高所作業時の建物の揺れによる作業員のケガ/タワークレーンを使用した揚重作業時の吊荷の揺れによる作業員との接触/仮設エレベータ内での作業員の閉じ込め――の主に3つの被害が想定された。
 そこで当現場では,現場の広さ,工事の騒音,短期間で変化する作業場などの条件を考慮した上で,最も迅速に速報を伝える方法,行動基準を決めた。

[行動基準]
1)速報が入ると,タワークレーンのオペレータ室に設置されたパトライト点滅とサイレンで地震発生を警告する。
2)オペレータは無線で地上作業員へ連絡し危険回避を促すとともに,揚重中の吊荷をできるだけ安全な場所へ移動させ待機する。
3)仮設エレベータを最寄り階に停止させ,作業員は安全な場所に避難する。
 このほか,朝礼広場や現場事務所にパトライトを設置してサイレンを鳴らすとともに,社員の携帯メール,現場事務所のパソコン画面に速報が届く仕組みを構築した。
速報が入るとタワークレーンのオペレータ室のパトライトが点滅。タワークレーン自体は耐震性があるので安全 吊荷を安全な場所へ移動する
高所作業中の作業員はできるだけ安全な場所へ避難する 携帯メールに送信された速報
イメージ・トレーニングによる防災意識の向上
 安全を脅かさない程度の小さな地震でも速報を配信してしまうと,工事進行へ悪影響を及ぼし,作業員の危機意識のマンネリ化にもつながる。当現場では,震度3以上の地震から速報を配信するよう設定した。適材適所の情報を設定できるのも『鹿島早期地震警報システム』の強みだ。
 一方,このシステムを有効活用するには,情報を受け取る側のイメージ・トレーニングが重要だ。受け取る側に正しい対処法が備わっていなければ,折角の速報も十分に機能しなくなる。当現場では,作業員への事前教育をはじめ,訓練とアンケートを繰返し行うことで,新たな危険箇所の抽出や作業方法の改善などを検討。作業員ひとり一人に危機対応を常にイメージさせている。当システムの導入は,現場の防災意識の向上にも貢献することになった。
永田鉄也 所長 (仮称)ヨコハマポートサイドA−3街区工事事務所
 永田鉄也 所長
 作業員の危険を少しでも軽減するために,当システム導入を検討していました。その矢先,昨年7月,震度4の地震を現場で体験しました。ひとりの作業員は咄嗟に足場からスラブに移動しましたが,私は足場の上でしゃがみ,手摺りにしがみつくことしか出来ませんでした。地震の発生を事前に知ることができれば,他の対処法もあったかもしれない。この防災システムの重要性を自ら体験したことからも,導入に踏み切りました。
 システム導入後,3回の速報を経験しました。定期的な訓練も実施しています。身をもって感じたのは,訓練ができていないと人間は動けないということ。当現場では,システムを使用するごとに作業員にアンケートを実施し,改善点を検討してきました。経験を重ねるごとに,「地震が来るぞ!」という声も出るようになったし,落ち着いて適切な行動がとれるようになりました。また,避難通路の確保のために通路に物を置かないようにするなど,当然の安全管理を意識して行うようになりました。常に災害を意識した作業形態が身についてきたのです。
 作業員の皆さんには,この現場での経験を他現場でも活かしていただきたいし,私自身も社内の現場への早期普及を推進していきたい。
Phase 3 リアルタイム防災技術をイメージする
 当社は,リアルタイム防災技術を顧客の多様なニーズに最適化し,企業BCPの支援ツールとなることを目指している。
 『鹿島早期地震警報システム』を活用すると,実際に顧客企業の危機対応にどのような支援ができるのか。様々なシーンでイメージしてみよう。
imagination:1 災害拠点病院篇
 災害弱者でもある患者が多数利用する病院。中でも災害拠点病院は,利用者,職員の安全確保だけでなく,大地震発生後は負傷者に対する治療を行わなければならない。病院が被災した場合でも,診療機能をハード(建物,医療設備),ソフト(人員の確保)の両面で維持する必要がある。

[大地震発生後予想される被害]
患者,利用者,職員の負傷
病院内設備の被害からくる二次災害
医療機器の機能喪失
病院関係者のマンパワーの不足

防災イマジネーション
 速報が配信されると,病院内の常時職員のいる主要箇所に設置されたパトライトの点滅と音声により,職員にまもなく大地震が到達することを知らせる。さらに,職員の携帯電話や携帯メールにも速報を配信。迅速な情報伝達により,診療所・病棟にいる患者の安全確保のための早期行動と,院外にいる職員の早期招集を促すことができる。
 手術室では,手術を一時中止し,麻酔機を固定するとともに,周囲の落下・転倒物を回避し,施術中の患者の安全を確保する。検査室では,放射線・MRI検査を中断するなどの適切な対処を行う。
 二次災害の発生が予想される病院内の設備はシステムによって制御され,速報の受信とともにエレベータの最寄り階での停止・ドアの開放,自動ドアの開放,ボイラーの停止,ガスの遮断などが自動的に作動する。
 地震発生後予想されるマンパワーの不足に対処するため,速報を遠隔病院にも配信し,情報を共有化することも重要である。
災害拠点病院篇
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imagination:2 生産施設・倉庫篇
 生産施設によっては,危険を伴う薬液やガスなどを取り扱って製造を行っている。コンピュータ制御された生産装置は製造から梱包までの作業をシステマチックにこなし,日々大量の製品が生産される。こうしたデリケートな製品を扱う施設では二次災害の危険性が高い。
 一方,生産施設に併設した倉庫では,たくさんの製品が保管されているため,積み上げられた製品の崩落による作業員の負傷や避難通路の遮断などが懸念される。

[大地震発生後予想される被害]
落下物や,作動中の機械との接触などに よる作業員の負傷
危険薬液やガスの流出による二次災害
保管製品の落下などによる作業員の負傷, 避難路の遮断
生産装置の被害による操業停止

防災イマジネーション
速報により,施設内に設置されたパトライトの点滅とサイレンで,すぐに大地震が到達することを知らせる。さらに構内放送を流して,作業員を安全な場所へ避難誘導する。避難が遅れた作業員を想定し,システムによって制御された避難口を自動的に開放するとともに,二次災害の発生を防ぐために,生産装置のサイクル停止,危険薬液・ガスの遮断を自動的に行う。二次災害の防止は,生産活動の早期再開に非常に有益である。
生産施設・倉庫篇
imagination:3 高層複合ビル篇
 テナントオフィスや飲食店などの商業施設が入居する高層ビルで大地震が発生したらどうなるか。耐震補強されたビルなら,建物の崩壊などの危険性は少ない。しかし,各階層によって揺れ方は異なるが,人の出入りの激しい複合ビルでの恐怖は,パニックや火災,エレベータの閉じ込めなどによる二次災害だ。

[大地震発生後予想される被害]
複数のテナントや,部外者の出入りが 激しいことによるパニック
飲食店などからの火災発生や高速エレ ベータ内の閉じ込めなどによる二次災害

防災イマジネーション
建物管理者へ速報が配信されるとともに,各テナントにも同時に情報が伝えられる。オフィスの場合は従業員のパソコンに地震情報がポップアップされ,携帯電話のメールへも情報を配信して避難勧告する。さらに,建物全体に放送が流れ,一般利用者の避難誘導を行う。
 二次災害の発生が予想される設備はシステムによって制御され,速報の受信とともにエレベータの最寄り階での停止・ドアの開放,自動ドアの開放,ボイラーの停止,ガスの遮断などが自動的に作動する。
  高層複合ビル篇
imagination:4 石油タンク篇
 臨海エリアに広がる石油備蓄タンク群。地震の揺れと石油タンク内部の原油が共振することによるスロッシング現象で液漏れが発生し,火災などの二次災害を引き起こす可能性がある。実際に,2003年9月に発生した十勝沖地震(M8.0)では,苫小牧市で2基の石油タンクにスロッシングによるタンク火災が起きた。

[大地震発生後予測される被害]
石油タンクのスロッシングによる火災発生

防災イマジネーション
 当社は『鹿島早期地震警報システム』を用いて石油タンクのスロッシング波高などを評価し,リアルタイムに管理者に情報配信するシステムを開発済みである。
 このシステムは,速報をもとに独自の解析手法により各石油タンクのスロッシング波高を算出して危険度を判定。危険度順に構内放送をはじめ,管理者の携帯電話・パソコンに伝達する。
 地震発生後は記録された地震波のデータを用いて再度解析して危険度を判定。危険度順に構内放送,管理者の携帯電話・パソコンへ伝達するとともに,一時判定結果と比較し危険度が高くなったタンクや判定修正のあるタンクの情報を伝達する。
 管理者はこの情報により,スロッシングによる液漏れなどの可能性のあるタンクを把握し,人員の退避,火災などの二次災害を防止する対応を迅速に行うことができる。
石油タンク篇
『鹿島早期地震警報システム』を事例に,様々な被害予測と対処法をイメージしてみた。当社は既に,こうした様々な目的に適応するシステムの構築を進めている。また地震直後の支援技術と連動させたトータルなリアルタイム防災により,さらに効果の高い防災計画を提案している。



Chapter 1 企業防災のイマジネーション
Chapter 2 個人の防災イマジネーション
Chapter 3 地域防災とイマジネーション
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