特集:カジマ・オーバーシーズ・アジア社 設立20周年
interview
鹿島建設 執行役員 Kajima Overseas Asia 社長 小泉博義 KOA:Kajima Overseas Asiaがシンガポールに設立されて20年。
ビジネス環境や価値観の異なる風土に深く根を下ろし,顧客の信頼という果実を得た。
この実績の上に,KOAは新たな時代の風を捉え,枝葉を広げていく。
KOAグループを統括する小泉博義社長(鹿島建設 執行役員)に聞いた。
東南アジアにおける事業活動の変遷
――鹿島の東南アジアにおける事業活動の嚆矢(こうし)は

小泉社長 1960年代に遡ります。戦後の賠償工事によるダムや河川整備など,各国のインフラ整備が始まりです。建築では,64年にインドネシアの首都ジャカルタで着工した29階建てオフィスビル「ウィスマ・ヌサンタラビル」の高層建築技術は,日本の霞が関ビル建設へフィードバックされています。
 70年代以降は,東南アジアの近代化を背景に,造船所ドックや工業地帯の埋立て,地下鉄建設などにシフトし,オフィスビルやホテル,日系企業の生産施設など,大型の民間建築需要も急増しました。

――こうした中でKOAが設立されたのは
社長 当時,本社の経営方針として海外の建築工事については,世界3拠点で現地法人化して事業展開するということがありました。1986年に北米にKUSAを設立,翌87年にカジマヨーロッパを,そして1988年にKOAが設立されました。これは80年代の円高で日本の製造業が海外進出を積極的に推進したため,海外で急激に生産施設の建設需要が増大したという背景があったわけです。こうした顧客のニーズに応えるために,設計・施工の建築工事を主体としたサービスを現地主導で提供する体制とするという方針となったのです。

アジアを代表するゼネコンへ成長
――KOAはアジアを代表するゼネラルコントラクターへ成長しました

社長 タイやマレーシア,フィリピンなどの事業活動は,日系企業の工場建設を中心に発展しました。お客様との長年の付き合いの中で育まれた信頼関係が,継続受注に繋がっています。
 シンガポールでは地域密着型のビジネスへシフトしています。オフィスビル,ホテルやマンションなど,超一流の大型工事を多数受注しています。この先10年で,シンガポールは著しい変貌を遂げるでしょう。この都市のビジョンをKOAが手掛けたプロジェクトでどれだけ描き上げるか,すごく楽しみです。
 
――90年代から着手した開発事業も軌道に乗りましたね
社長 インドネシアのスナヤン開発やシンガポールのミレニア開発は,現地のランドマークとなり,大きな成功を収めています。スナヤン開発は,現在も継続的に開発計画が進んでいます。シンガポールでも蓄積された開発手腕を武器に現地の大手デベロッパーと組んで3つのプロジェクトを推進中です。
 海外の建設事業や開発事業は,カントリーリスクを伴うため,経験と信頼が重要になってきます。これらの道を切り拓いた諸先輩方の努力と実績が信頼へと繋がり,いま実りの時期となりました。開発事業は今やKOAのビジネスモデルの大きな柱になるまで成長しました。今後も不動産開発能力を内包するゼネコンデベロッパーという強みを活かして差別化をして行きたいと思っています。
「10年後のシンガポール」予想パース。ベイエリアの埋立地には超高層オフィスビル,ホテル,カジノなどが多数計画されており,現在建設ラッシュとなっている 提供:シンガポール都市再開発局
現在のシンガポールのベイエリア。写真左の埋立地にはタワークレーンが林立している
内部組織の改革に取り組む
――現在のKOAグループの陣容は

社長 ローカル ・スタッフを含め約1,600人の社員がいます。私は,2004年に社長就任以来,内部組織の改革に取り組んできました。東南アジア全域にわたる組織の統括には,目に見える管理が重要です。これまでは,直轄時代の名残からか,個々のプロジェクトの活動は,ベテラン出向社員の力に依存する傾向が強かった。しかし,現場所長が重責を一人で担う体制では負担が大き過ぎる。例えば,タイなどでは1年未満の短工期で10件以上の工場建設が常に稼動している。誰もが基準レベルの仕事がこなせる体制を整えなければ,顧客の信頼を損なうことは目に見えている。明確な管理体制を構築し,技術の伝承という観点からも業務の標準化を図っていくことが喫緊の課題であり,今取り組んでいることです。

――KOAの中期経営計画で,3つのアクションプランを打ち出したそうですね
社長 こうした課題を解決するために,マネジメントスキルのレベルアップ,設計・施工の合理化・標準化,社員教育の強化を図るアクションプラン「KTMS」「KLSS」「KEEP」(別掲)を打ち出し,各プランのマニュアル化による組織改革を推進しています。
 特に力を入れているのが現場管理です。マニュアルに基づき各現場の問題点を洗い出し,水平展開すべき点は,シンガポール拠点主導で担当者会議を開催し,改善策を検討しています。私も“実践躬行”の精神で,各国の現場に足を運び,現場スタッフとのコミュニケーションから,問題解決を導き出したいと思っています。
KOA中期経営計画 3つのアクションプラン
エクセレント・カンパニーを目指して
――これからの舵取りは

社長 KOAはいま,量の拡大から中味の充実を追及する時代に差し掛かっていると思います。建築にせよ開発にせよ,顧客ニーズをゼロベースで考え,KOAだからできる付加価値の高い建物を提供し,現地での“カジマ・ブランド”を確立していくことに全力を挙げます。
 異文化社会の中で鍛え上げた海外事業の経験とノウハウを,鹿島本体へフィードバックすることも,私の使命と考えています。アジアを代表するゼネラルコントラクターから,アジアを代表するエクセレント・カンパニーへと,更なる成長を遂げられるよう,グループ全体が一丸となって邁進するつもりです。
東南アジアにおける鹿島とKOAのあゆみ
1960 1960年代 
戦後賠償工事中心の東南アジア諸国のインフラ整備事業に従事。

(主要工事)
ウィスマ・ヌサンタラビル(インドネシア・64年着工)/カランカテス・ロックフィルダム,カリコント・アースダム(インドネシア・64年着工)/ムダ河ダム(マレーシア・66年着工)ほか
1970 1970年代
戦後賠償工事の経験を活かした,国際入札工事への挑戦。

(主要工事)
ジョホール造船所(マレーシア・74年着工)/ケッペル造船所トアス第1ドック(シンガポール・75年着工)/ジュロンタウンメルバウ島造成(シンガポール・76年着工)/アサハン・シグラグラ地下発電所(インドネシア・78年着工)ほか
1980 1980年代
民間建築需要の増大。オフィスビル,ホテル,日系企業の工場など建設ラッシュ。現地法人化推進。

1985年 タイ・カジマ設立
1988年 カジマ・オーバーシーズ・アジア(KOA)設立 KOA 香港オフィス開設
1989年 カジマ・マレーシア設立

(主要工事)
ポンティアックパビリオンホテル(シンガポール/自主開発・運営・82年開業)/パークウェイパレードビル(シンガポール・84年竣工)/OUBセンタービル(シンガポール・86年竣工)/ホン・リョンプラザ(シンガポール・87年竣工)ほか
1990 1990年代〜現在
90年代は日系企業進出が急増し,各国で工場建設ラッシュ。KOAの本格的開発事業スタート。2000年から現在,シンガポールではオフィスビル,ホテル,集合住宅,学校,商業施設など大型工事を多数手掛けている。

1994年 KOA ベトナムオフィス開設
1998年 カジマ・インドネシア設立
2002年 カジマ・フィリピン設立

(近年の主要工事)
ミレニア・シンガポール(シンガポール/自主開発・運営・96年開業)/スナヤン・スクウェア・プロジェクト(インドネシア/自主開発・運営・96年開業)/URA本社ビル(シンガポール・98年
竣工)/UMCi半導体工場(シンガポール・03年竣工)/南洋芸術学院(シンガポール・04年竣工)/ワン・ジョージ・ストリート(シンガポール・04年竣工)/ロバートソン100(シンガポール・04年竣工)/クラーク・キー(シンガポール・06年竣工)ほか
シンガポールにおけるプロジェクト例。左からOUBセンタービル,ミレニア・シンガポール(KOA開発),ロバートソン100,ワン・ジョージ・ストリート,クラーク・キー

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