特集:関東大震災を知る

study3 建物の「全潰率」に学ぶ
土地の歴史と地震の揺れ
 火災の恐ろしさが多く語られてきた関東地震は,地震の揺れそのものも史上稀にみる災害を引き起こした。図1は,激震によって倒れた木造家屋の統計から関東地震の全潰率(ぜんかいりつ)を求め,それをベースに関東全域の震度分布を推定したものである。震源の真上となった神奈川県や千葉県南部でも,震度の大きさは一様でなかったことが分かる。
 こうした揺れの差は,図2に示した地質構造によるものだ。同じ地域で周辺よりも激しく揺れた場所は,比較的新しい時代にできた柔らかい地盤で形成されている。震源から離れた東京の下町や埼玉県東部で大きく揺れたのも同様の理由による。
 冒頭で示した東京中心部の震度分布も,同じように地盤の性質に左右されている。図3は約500年前の東京の地形だが,関東地震で激震を記録した場所は,昔の入江や河川,沼地にあたる。
 現在,こうした地域では高層ビルなどが建ち並ぶ。大規模な建物の基礎は,柔らかい地盤を避け,その下の硬い岩盤に頑丈につくられるため,将来の地震で大きな被害を受ける可能性はきわめて低い。しかし,堅固な高層ビルでも,周辺でどのような被害が発生するかを予測し,地震対策を立てる必要がある。
 このような観点で関東地震の際の経験と記録は,防災を考えるうえで大いに役立つものであり,土地の歴史を知ることの大切さを私たちに教えている。

「倒れない建物」という原点
 この章では「全潰」という言葉をあえて用いている。関東地震当時の「全潰」とは,文字どおりに建物が潰れることを意味する。潰れれば火災が発生しやすくなる。消火も困難となり,延焼すれば倒れずに持ち堪えた建物までを焼き尽くし,大災となる。「グラッときたら火の始末」が大切なのはもちろんだが,「倒れない建物」をつくるが地震防災の第一義であり,本質なのだ。
 今日の建築基準法が,関東地震を大きな契機として整備されてきたことはよく知られている。その成果を見えにくくしている原因に,「全潰」や「全壊」の言葉の変化がある。
 現在の自治体調査などによる「全壊」という言葉は,「壊れた建物の補修に建て直しと同等ないしはある割合の費用が必要となる程度の被害」を意味する場合が多い。建設コスト全体に占める設備費の比率が増加する今日では,外見上は潰れていない建物が「全壊」と判断されることも多く,昔の地震に対する「全潰」と直接比較するのは難しい。しかし,法制度の整備と建設技術の発展によって,建物が潰れる確率は確実に減少してきているのは事実である。
関東全域の家屋全潰率および推定震度分布
関東全域の地質地形
1460年ごろの東京の地形
「生活の安全」へ
 犠牲者のおよそ9割が地震発生後15分以内に死亡──1995年の兵庫県南部地震の統計である。即死を防ぐことが犠牲者の数を最小限にとどめることをこの数値は教えている。倒れない建物をつくることの重要性と,古くて耐震上問題のある建物の耐震補強が促進される必要性を改めて感じさせる。
 この地震で人々の関心が高まったのが「揺れない建物」,つまり制震構造や免震構造を採用した建物である。兵庫県南部地震では,地震発生が早朝だったためほとんどの人々は自宅で被災し,その結果,損壊や火災を免れた家屋でも,家具や家電製品の転倒・落下による多数の負傷者が出た。家財が受けた損害も計り知れず,復興の大きな足かせとなった。
 従来の耐震構造では,建物の躯体に被害がなくとも室内は大きく揺れるため,生活設備に大きな被害が予想され,それが地震後の日常生活の続行をより困難にする。とくに病院などの社会インフラに及ぼす影響は深刻だ。
 揺れを制御する制震,揺れを受け流す免震──さまざまな地震対策システムを建設業界にさきがけて開発しつづけてきた当社では,耐震構造も含めて,それぞれの建物に最適な技術とサービスを提供してきた。そして,壊れない建物から揺れない建物への移行は,「建物の安全」から「生活の安全」へと志向が変化し,展開してきた表れともいえる。
 安全で安心な生活を探究しつづけることは,建設会社としての社会的役割であり,今回の関東地震の調査・研究もそうした責務のひとつとして当社は考えている。地震を知ることもまた,ひとつの防災なのである。
Book Infomation
関東大震災を後世に伝えるために関東大震災──大東京圏の揺れを知る
 この特集で紹介した当社の関東地震の研究が,このほど一冊の本にまとめられた。『関東大震災──大東京圏の揺れを知る』(鹿島出版会刊/定価2,300円+税)と題されたこの本の著者は,今回の調査の中心となって活躍した小堀研究室地震地盤研究部の武村雅之部長だ。
 関東地震の揺れの様子を読み物としてまとめたこの本には,80年前に史上空前の規模で起こった大震災の正確な姿をすべての人々に伝え,地震防災の取組みへの契機となってほしいという願いが込められている。
 「日本は,地震や火山でつくられたすばらしい国土をもち,人々はその自然の恩恵のなかで暮らしてきた。もう一度このことを思い起こし,私たちの住んでいる土地に目を向けることこそが,地震と共存し,地震災害を減らしていく第一歩となる」。こうした想いを語る武村部長は,大学院で地震学を専攻し,学位取得後に当社に入社した地震のスペシャリストだ。建設技術に関する地震研究はもちろんのこと,地震に対する正しい知識を広めるために,一般社会に向けた講演なども積極的に行う。この本もそうした活動の一環といえよう。
 関東地震を知ることは,「いつ来ても不思議でない」といわれる大地震の発災を考えることに必要不可欠なアイテムだ。
お問い合わせ:鹿島出版会 営業部 Tel. 03-5561-2551



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