特集:ITSで拡がる交通インフラのかたち

Chapter-4 人間とITの融合をめざして
ITを導入した高度道路交通システムITSにみられるように,交通環境をつくるうえで建設業の社会的な役割が広がりつつある。では,土木技術のなかでどのようにITはとらえられているのだろうか? ITSをめぐる建設業の動向から一層のIT化が進む現場の方向性まで,企画本部長である冨岡征一郎専務取締役に現況と将来像を聞いた。

異業種とのコラボレーション

現在,あらゆる産業の分野においてIT化は急速に進められており,ITSに対する建設業界全体の取組みも,そうした状況の一例だと思います。建設分野のIT化についてどのようにお考えですか。

 現在,建設業におけるITの普及には,ふたつの局面があると私は考えています。ひとつは施工をはじめとする業務の効率化の手段としてのIT。もう一方は,構造物そのもののなかに取り込まれるITです。具体的には,前者は省力化のためにロボットが導入されるなど,施工の機械化が進んでおり,ITはそれらのすべてを実現する手段になりつつあります。後者は,これまで比較的に当社が関わることの少なかった公共建造物の運営や維持管理に,PFIなどが適用されることに合わせて,ITが必要とされるということです。どちらも建設業の新たなビジネスモデルをつくっていくためには欠かせませんが,ITSは構造物そのものに取り込まれる後者のタイプだと思います。
 これまで,ITSについては,情報通信分野と自動車分野が先陣をきって開発を進めてきました。しかし,それらのITは,交通網としての道路があって初めて生きてきます。すると,道路そのものについても対応していくことが必要となります。では,ITSがどのように道路を変えていくか,ITSが何をもたらすか,その議論の場となったのが「スマートウェイ推進会議」です。これは建設業界が情報通信分野,自動車分野と手をつなぐきっかけとなった会議で,当社の梅田社長も委員を務めています。
 現在,ITSを進めているのは,若い世代の人たちです。私たち年長者は,この若手の技術者のよき理解者にならなくてはと思っています。ただし,この仕事の進め方は従来の建設業のやり方と大きく異なってく富岡専務取締役るため,これまで培ってきたノウハウや技術だけでは対応しきれないことも多々あります。つまり異業種とのアライアンスが必要となってくるのです。
 ですから,企業内だけですべて解決しようとするのではなく,他の企業がもっているノウハウを互いに組み込みながら,「全体のシステムとしてどういうモノがつくれるか」を考えて進めなければならないと思います。そうしたときに,「なるほど,こういう技術も使えるのか」という発見が当然出てくるでしょう。まずはそういうものを探し出し,異業種と共同して,ニーズに合うようにつくりかえることを始めていくことが,今後重要なのではないでしょうか。

異業種とのコラボレーションの方向性を探るとともに,当社がリーダーシップを果たしていくうえで,新たに得た知識やノウハウを蓄積していくことが重要になると思います。そうしたときに鹿島はどのような心構えで臨んでいけばよいでしょうか。

 今のITは,すでに将来を見越した技術です。当社でもそれに対応するための研究を行っています。道路インフラをハードとして整備するだけではなく,そこを走る自動車や情報が一体となって運用されていくものとなりますので,建設業などのひとつの産業だけでは成り立たないのがITSの特徴だと思います。
 鹿島としてその中で何ができるかについては,将来のビジョンを頭に描き,それに対応できるものを考えていく姿勢が大事なのではないでしょうか。

ニッチを埋めておく

そうした考え方は道路だけでなく,例えばダムや橋にも波及していくものでしょうか。

 建設する基本的な技術は変わらないと思います。それをいかに活用していくかが重要になるでしょう。ITSの基本となるのは,VICSなどに代表される情報システムだと思います。現在,インフラに組み込まれているITは,ETCのように,設置される構造物に照準が絞られているものが多いですね。これからはさらにネットワーク化が進み,歩行者ITSをも視野に入れた多元的な管理システムが構築されてくると思います。
 建設業界におけるITSは,現段階ではニッチ(隙間)的な部分といえるでしょう。これからの予測が難しいのは確かですが,今このニッチを埋めておくことは,将来にとってプラスになると考えてよいと思います。ITSに伴うこれまでの当社の取組みでは,トヨタ自動車の東富士テストコースにおけるシステムの開発に携わった実績があります。ニッチでありながら,工事に結びついた例も確実に増えていますので,現在はこうした実績の積み重ねや,ノウハウの蓄積が必要だと思います。

一方で土木の施工現場,例えばシールド工事では,セグメントなどの生産はすべて自動化されています。施工面におけるITの考え方とその方向性についてお聞かせください。

 国内での工事には,ほとんどITが活用されています。ただし,人がコンピュータに使われているような気もしています。本来は,人がコンピュータを使う立場でなくてはなりません。コンピュータに全てを任せてしまっては,技術者としての人間ならではの良さ,技術の良さが失われてゆく感じもします。ただし,測量にGPSやデジタルカメラが導入されているように,施工性,業務の効率化を向上させるためには,IT化は絶対に不可欠だと思っています。

匠のいる現場

これまでは省力化・効率化のスローガンとともに,技術が進歩してきました。一方で,現場に機械が導入されることで,例えばトンネルの掘り方ひとつにしても画一化が起こりうるのではないかと思います。差別化はどのように見出されてゆくのでしょうか。

 やはり,ITにどのように対応していくかが重要だと思います。現場にはひとつとして同じ工事がありませんから,人間が施工ラインとなる部分が必ず残ると思います。
 当社で取り組んでいる仙台城の石垣の改修などにもITを導入して,土木設計本部と現場で図面を往還しています。しかし,実際の組み立てとなると,機械に任せるわけにはいきません。石工さんが伝統の技術を使って仕上げていくわけです。構造物にはそういう美しさも残るべきだと私は考えています。
 もし仮に,全ての施工を機械が担当することになったとしても,プログラミングを行うのは人間です。プログラミングの技術がソフトウェアに対応する能力となるわけですが,その工程が画一化されてしまえば,出来上がるものは全て同じになってしまいます。
 建設業におけるIT化は,製造業などのIT化とはきちんと区別しなければ,誤った方向に行くのではないかとも思います。例えば,セグメントの生産ラインにおける自動化ということであれば,そこでは,同じ品質のもの,すなわち品質の均一化が求められています。しかし,細部の面での施工や仕上げなどの面については,技術者の“匠(たくみ)の力”に頼るところも多いのです。また,匠の世界がなくなってしまったら,美しさもなくなってしまうと思いますね。だからといって,ダムや橋などが,現場の所長の能力によって品質が異なってしまうことはあってはなりません。
 構造物のコンクリートの美しさや,目地の精度は現場の技術者の腕が光ります。ですから,人間と機械をいかに融合させていくかが重要だと思いますね。だからこそ,「人間と対話しながらのIT」が理想的なかたちなのではないでしょうか。
column 現場の日常とIT
case 2:資機材を無人で運ぶ現場のアイディア
首都圏外郭放水路

 シールド工事などの地下の現場では,資機材の搬送方法が,作業効率の大きなカギを握る。この現場では,レールの敷設が不要な無人搬送車の走行を実現した。トンネル側面には赤いテープが貼られており,車体に設置されたビデオカメラがその色を読み取る。色の情報が画像処理装置に取り込まれ,車両はその信号に反応して走行するシステムだ。
 ビデオカメラは現場でとりつけられ,画像処理装置に接続する。赤いテープは市販のガムテープ。手づくりの光センサーシステムである。作業スペースが限られる地下の工事では,技術者のアイディア,匠の力が大きな武器となる。
セグメントを載せた搬送車


Chapter-1 国土を拓く知能
Chapter-2 ITSで変わるまちの拠点
Chapter-3 フレキシブルなインフラ整備
Chapter-4 人間とITの融合をめざして