特集:鹿島の医薬品施設エンジニアリング
Chapter 2 次世代型医薬品製造施設の誕生
我が国の医療用医薬品メーカーのリーディングカンパニーとして,医薬品の開発・製造に取り組む中外製薬株式会社――。
同社が計画する世界最先端の「マルチパーパス固形剤工場」が今年2月,静岡県藤枝市に誕生した。
当社が培ったエンジニアリング力とゼネコンの総合力を結集して,お客様とともに理想の医薬品製造施設の可能性に挑戦し創り上げた“成果”である。
世界最先端のマルチパーパス固形剤工場 中外製薬(株)・中外製薬工業(株) 藤枝工場固形剤棟
東側からエントランスを臨む
世界に類を見ないマルチパーパス固形剤工場
 「中外製薬工業(株) 藤枝工場固形剤棟」は,同社が手掛ける抗がん剤を主とする医療用固形剤(錠剤・カプセル剤・顆粒剤)を生産する製造施設である。これまで各地に分散していた固形剤製造施設を統合して生産性の向上を図るとともに,最新鋭の生産設備を導入して安全な製品を安定供給する。
 施設の規模は,SRC造(免震構造),地上4階,塔屋1階,延床面積2万9,150m2。1日2シフトで生産ラインを稼動,固形剤の製剤加工,包装,出荷までを一貫して行う。生産量国内最大規模を誇る固形剤製造施設となった。
 プロジェクトでは,次世代に相応しい医薬品製造施設が求められた。その最大の狙いが「マルチパーパス固形剤工場」の実現だった。同一設備で複数の医薬品を生産できる製造施設である。従来,抗がん剤などの少量で身体に強い薬効を与える「高薬理活性物質」を原料とする複数の医薬品を,同一設備で生産することは様々な困難が伴った。原料物質のコンタミネーション(交叉汚染)によるユーザーへの薬害の危険性を回避するには,高度な技術と設備投資が必要となるからだ。
 この課題を克服するため,当社は高薬理活性物質の封じ込めをはじめ,コンタミネーションを防止する生産機器や洗浄装置など,新たな技術開発に取り組んだ。そして,この高いハードルをクリアし,世界に類のない「マルチパーパス固形剤工場」を実現した。
 
お客様とのパートナーシップから生まれた新技術
 当社は世界最先端の「マルチパーパス固形剤工場」の実現の科学的な裏づけを取るため,中外製薬株式会社と共同で,完成後の施設で高薬理活性物質の封じ込めと,生産機器洗浄時の残留量の測定データを収集。そのデータを分析・体系化することで,「マルチパーパス固形剤工場」の設計評価手法を確立することに成功した。
 この設計評価手法の確立は,中外製薬株式会社の新たな施設計画にフィードバックされるとともに,今後当社はより高品質な「マルチパーパス固形剤工場」を設計・施工で提供することを可能にした。
 お客様とのパートナーシップから新たな技術が生まれ,医薬品製造施設の進化・発展へと繋がっていく――。当社はこのプロジェクトの経験を生かし,これからも“その先を目指すお客様のパートナー”として,次世代の医薬品製造施設を提案していく。
中外製薬工業(株)
【工事概要】
中外製薬工業(株) 藤枝工場固形剤棟建設工事/場所:静岡県藤枝市/発注者:中外製薬(株)/設計:当社建築設計本部/製造設備設計・施工:当社エンジニアリング本部/規模:SRC造(免震構造)4F, 塔屋1F 延べ 29,150m2/工期:2006年4月〜2007年12月
(横浜支店施工)
藤枝工場全景
見学者ホワイエ 製造室
interview
エンジニアリング本部生産・研究施設統括グループ 度会英顕 課長「マルチパーパス固形剤工場」の実現に携わった当社エンジニアリング本部の度会英顕課長に,プロジェクトへの感想を聞いた。

 規模,技術的難易度,新規性,どの点から言っても挑戦しがいのある,エンジニア冥利につきるプロジェクトでした。大きな方針を見失うことなく,一つひとつの問題に対して最適解を見つけていく中で,それぞれの解が持つ意味が結実して,すばらしい工場ができたと思っています。
 私が担当したエンジニアリングマネージャーの仕事は,プロジェクトマネージャーの大方針の下,全体の設計方針をまとめ,十数名のエンジニアのアウトプットを管理し,「スケジュール」と「コスト」を睨みながら「品質」に関する最適解を導き出すことでした。
 今回は新しいニーズへの挑戦であり,未知の技術や,エンジニアリングアプローチを考案しながらのプロジェクトでした。個々の課題に対し,「この設備の目的とは?」といったところまで遡り,チームの皆と議論を重ねました。机上では答えが得られない問題には,実証実験でバックデータを収集しながら,設計を進めていきました。
 我々を新しい技術に取り組むエンジニア集団として,信頼して頂いたお客様に十分満足頂けたか,という点が我々の仕事の最終評価となります。これからもお客様が設備を使う中で改善の余地がないかどうか,十分なフォローをしていきたいと思っています。
 エンジニアリングに取り組む技術者にとって,究極の目標は多種多様なニーズに対して柔軟に対応できる本質的な技術力を身につけることだと思います。今後もいろいろなタイプのプロジェクトに携わる機会があるかと思いますが,このプロジェクトでの貴重な経験を生かし,社会のニーズに合致した施設の構築を目指したいと思います。

次世代型医薬品製造施設をつくる鹿島のエンジニアリング技術
世界最先端の「マルチパーパス固形剤工場」は,安全で快適な作業環境の創出,周辺環境を守る安全性,災害時の事業継続(BCMへの支援),将来の用途切替えへの対応など,次世代の医薬品製造施設に相応しい環境を実現した。
当社のエンジニアリング本部を中心に,建築設計本部,環境本部,現場が一丸となり,高薬理活性物質への対応 生産施設の自動化 地震時安全対策 フレキシビリティという4つのコンセプトを掲げ,新たな医薬品製造施設の可能性にチャレンジした成果である。
プロジェクトを実現に導いた当社のエンジニアリング技術を紹介する。
Concept
【高薬理活性物質への対応技術】
 「マルチパーパス固形剤工場」実現の鍵となった高薬理活性物質の封じ込め技術。
 少量で身体に強い薬効を与える高薬理活性物質を含む多品目の薬剤を同一設備で製造するためには,(1)コンタミネーション防止 (2)作業者の安全確保 (3)周辺環境に対する安全確保が課題となった。
 当社は,高薬理活性物質を「生産機器」と「製造室」の二重のバリアで封じ込める手法を導入した。
 生産機器自身で封じ込めを行うことで,作業者は直接高薬理活性物質にさらされる環境から解放され,従来着用していたエアラインスーツなどの重装備が不要となり,作業性の向上,就労環境の改善を図ることができた。
 さらに,製造室の封じ込めを行うことで,不測の事態に対処する。地震災害などが発生し,生産機器が停止した場合でも,製造室外へ高薬理活性物質が漏出するのをブロックできる。周辺環境の安全を確保するための二重のバリアだ。
 医薬品原料のコンタミネーション防止には,原料が残留しにくい生産機器の設計と,優れた洗浄装置の開発が求められたが,封じ込め機能と洗浄機能を備えた世界初の生産機器の開発で達成した。「マルチパーパス固形剤工場」の実現は,この生産機器の開発なしでは不可能だった。
 当社が開発したこれら高薬理活性物質への対応技術は,中外製薬株式会社と共同で行った実証試験のデータから,確かな品質が証明されている。
【地震時安全対策技術】
 「中外製薬工業(株) 藤枝工場固形剤棟」には,当社が誇る免震技術が施されている。積層ゴム90基,すべり支承88基を使用し,建物全体(製造エリア・物流エリア・品質管理エリア)を免震化することで,施設全体の安全性を確保した。また,建物全体の免震化は,従来の構造では困難だった建物の軽量化,柔軟な空間設計が可能となり,使いやすく付加価値の高い製造施設を実現することにも繋がった。
 停電対策では,(1)作業者の安全 (2)コンタミネーションの防止 (3)製品の保護 (4)記録データの保護といった対策の目的と対象を明確にし,発電機・無停電電源装置からの電源および制御用の圧縮空気を,バックアップの必要な機器に供給できるよう設計・計画を行った。
地震時安全対策技術
免震装置:〈すべり支承〉と〈積層ゴム〉のコンビネーション
すべり支承(右上図)はフッ素樹脂の低摩擦特性を応用し,建物の揺れを低減する。積層ゴム(左上図)は柔らかく変形することで地震エネルギーを吸収する。この二つの組み合わせによって,大地震時の安全性確保と日常稼動時の微振動障害防止を両立させる。
【フレキシビリティと環境負荷低減】
●フレキシビリティ
 ユーザーのニーズ変化や新たな医薬品の開発など,これからの医薬品製造施設には時代の変化に対応できる可変性が求められる。当社は大スパントラス構造を採用し,製造エリアの無柱化による柱に影響されない自由なプランニングを実現。さらに将来スペースを確保することで,増設や用途変更へ対応できる自由度の高い医薬品製造施設を実現した。
大スパントラス構造
●環境配慮設計
 周辺環境への配慮として,敷地境界からの離隔距離を確保して建物を配置し,既存雑木林の保存と建物ボリュームの近隣への影響の低減を行った。また温熱環境への配慮として,断熱性能の高い外壁材の選定,窓面積の最小化とLow-Eガラスの採用,加えて東側居室エリアでは大きく明るいサッシと日射遮蔽ルーバーを採用し,昼光利用による省エネと空調負荷の低減を行なっている。さらに各種省エネ手法(コージェネレーション・排熱回収型冷凍機・外気処理専用コイル組込型空調機・非操業モード低風量空調など)による徹底した省エネルギーとCO2削減を図ることで,「CASBEE(建築物総合環境評価) Aランク」を達成している。 
【生産設備の自動化】
混合室 「中外製薬工業(株)藤枝工場固形剤棟」は,全社の業務をコンピュータで一元管理するERP(Enterprise Resource Planning:統合基幹業務システム)と連動したMES(Manufacturing Execution System:製造実行システム)の下,高度な自動化により,高品質な医薬品製造を行っている。
 固形剤棟では,各製造工程で使用する原材料の搬送,生産設備の運転データ収集,製造記録の作成などを自動化することにより,作業者の安全性の向上,人為的ミスの防止,生産コストの削減を目指した。
 こうした高度な自動化を実現するために,当社は基本プラン検討段階から施設の運用設計,自動化設計に取り組み,シンプルで運用し易いシステムを提案した。ゼネコンのトータルエンジニアリングを生かし,建築,建築設備,生産設備,物流設備,現場の連携のもと,設計・施工・試運転を一貫して行うことで,高度で高品質な自動化工場を短期間で構築し,早期安定稼動の実現に貢献した。

 Chapter 1  鹿島が目指す医薬品施設エンジニアリング
 Chapter 2  次世代型医薬品製造施設の誕生  
 Chapter 3  鹿島の医薬品施設建設
 Chapter 4  これからの医薬品研究施設