特集:大切に護り伝えたい〜日本の歴史的建造物
人々の記憶を未来へ伝える―― 鹿島の保存・再生技術
私たちの心の中には,大切に残しておきたい風景がある。
ふるさとの古民家,幼い頃遊んだ公園,友と学んだ校舎・・・。さりげない建物や場所であっても,それは一人ひとりの記憶の中に生き続ける大切な宝ものである。
“心の中に生きる文化財”をどう「かたち」として残すか。建物の保存・再生を通じ,人々の記憶を未来へ伝えるプロジェクトのいくつかを紹介する。
アプトの道
第9隧道鉄道の軌跡を未来へ生かす
 高原の避暑地として知られる長野・軽井沢。1893(明治26)年の横川(群馬県)−軽井沢間11.2kmを結ぶアプト式鉄道碓氷線の開通が,軽井沢の発展を促した。アプト式鉄道は,スイス人のアプトが考案した急坂用の歯車式鉄道で,歯車を取り付けた機関車と軌道に設置した滑り止めの歯とを噛み合わせて駆動する。海抜950m,急峻な碓氷峠を走行するために採用された。碓氷線の建設工事では,18基の橋梁と26のトンネルが建設され,当社(当時鹿島組)も10のトンネルを施工している。
 1963年,この碓氷線は,強力な電化軌道の登場で,新線に役割を託し姿を消した。橋梁とトンネルの半数は,新線に使用するための改良などにより失われたが,橋梁8基とトンネル14ヵ所が残り,アプト式鉄道の歴史を伝えてきた。
 開通から100年の時を経た1993年,土木技術の粋を集めたアプト式鉄道碓氷線跡は,日本初の近代化遺産として重要文化財に指定された。これを機に,この遺構は「アプトの道」と名付けられ,峠の自然と文化と融合したウォーキング・ロードとして再整備されることになった。
 国土交通省による国庫補助事業『ウォーキング・トレイル事業』の一環で,群馬県安中市が1996年に整備をスタートさせた。現在,信越本線横川駅から碓氷第3橋梁(通称:めがね橋)までの延長4.7kmが供用され,第6隧道から熊ノ平(第10隧道出口)までの約1.5kmの整備が行われている。
 当社は,事業着手時から橋梁・トンネルなど構造物の破損箇所の調査・補修(一部は文化財修復の技法を用いた工法採用),一部路面舗装等の工事を担当している。(1期:1999年7月竣工/2期:2000年3月竣工/3期:2009年3月竣工予定)

※「歩いて楽しい道づくり」を目指し、国土交通省が平成8年度から開始した事業。緑豊かな景観や自然、歴史的事物、文化的施設などが結ばれることにより、人々が快適に散策などを楽しめる地域づくりを目的とする。
碓氷第3橋梁(めがね橋)
文化学院
文化学院旧校舎生徒たちの記憶をモニュメントに残す
 1921(大正10)年,与謝野晶子・鉄幹夫妻らの協力により設立された文化学院は,文化・芸術系専修学校の草分け的存在で,多くの著名人を輩出している。
 東京・神田駿河台の校舎は1937年に完成した。蔦のからまるコンクリートの外壁とアーチの入り口,アンティークな窓,小さな中庭。ヨーロッパの教会を思わせる味わい深い建物は,在校生,卒業生,父兄をはじめ地域の人々に親しまれてきた。
 しかし,校舎の老朽化と学校機能の拡充を図るため,2006年10月,新校舎の建替え工事をスタートさせた。旧校舎の面影を残す意匠を随所に配した14階建ての高層ビルである。
 計画が進む中で,旧校舎に愛着を持つ卒業生らが「保存を望む卒業生達」を作り,記憶の中に残る大切な風景としてアーチ部分の保存を文化学院へ要望した。学院と「保存を望む卒業生達」,そして区内の歴史的建造物の保存を後押しする千代田区が協議を重ねて,アーチを含めた2層分を保存することになった。
 当社は約1年に及ぶ協議の間,アーチとその上層階を残したまま,解体・新築工事を実施。コスト面,技術面を考慮した最適な方法を導く検討・調整・提案も行った。保存部分の耐震補強については,耐震診断から補強法の選定,設計・施工までを当社が担当し,卒業生たちの記憶を呼び戻すモニュメントを創り上げた。(2008年1月竣工)

工事概要
文化学院
場所:東京都千代田区/発注者:文化学院
設計:坂倉建築研究所/規模:S造一部SRC造 B1,14F 延べ 9,198m2
工期:2006年10月〜2008年1月
(東京建築支店施工)

解体時の様子(左上)。手前が新校舎のテラス部分。狭い敷地内で新築,解体・復元工事が並行して行われた 旧校舎の面影が残る新校舎エントランス
新校舎の入り口にもアーチが再現された。新校舎アーチから保存された旧校舎を望む 完成した新築校舎。手前が保存された旧校舎のアーチ部。蔦のからまる日が待ち遠しい
TOPICS
着工前の瑞巌寺本堂瑞巌寺本堂
国宝・瑞巌寺本堂修理工事
 宮城・松島にある瑞巌寺本堂の保存修理工事が,当社施工でスタートした。保存修理事業は3期9年にわたるが,この第1期として,本堂を素屋根で覆い,解体工事が行われる。
 本堂は正面38m,奥行き24mで,平屋,本瓦葺きの入り母屋造り。1609(慶長14)年に建立された。庫裡,回廊とともに国宝に指定されている。
 保存修理事業は,今回の本堂のほか,廊下(一部)および国の重要文化財の中門,御成門,太鼓塀が対象。本格的な修理工事は,建立以来400年で初となる。
清水寺本堂
京都清水寺本堂を耐震性能評価
 世界遺産でもある国宝・清水寺本堂(京都・東山)は,寄棟造り,檜皮葺の日本を代表する伝統建築である。本堂の前面の懸崖に張り出した「清水の舞台」の高さは13mもある。
 当社は,清水寺の協力をいただいて,立命館大学歴史都市防災研究センターとの共同研究で,清水寺本堂を柱,桁など構成部材をそのままモデル化し組み上げた立体3次元精算解析モデルを用いて地震応答解析を実施した。
 その結果,清水寺本堂は想定する地震動(花折断層を震源とするM7.3の模擬地震動)に対して耐震性を確保していることが確認された。
清水寺本堂 清水寺本堂の地震時変形状況

 Close-up――東京駅丸の内駅舎保存・復原工事
   時を越えて〜創建時の東京駅丸の内駅舎が甦る(1)
 Close-up――東京駅丸の内駅舎保存・復原工事
   時を越えて〜創建時の東京駅丸の内駅舎が甦る(2)
 日本の伝統・文化を未来へ生かす―― 鹿島の保存・再生技術
 人々の記憶を未来へ伝える―― 鹿島の保存・再生技術