特集:舞台への招待
Stage 4 人と人の縁(えにし)が育む文化 サンケイホールブリーゼ支配人,田村省悟氏に聞く
田村省悟(たむら・しょうご)
田村省悟(たむら・しょうご)

サンケイホールブリーゼの企画・運営会社ブリーゼアーツ支配人,運営部部長。1951年兵庫県生まれ。関西大学文学部卒業後,サンケイ広告社を経て,1978年旧サンケイ企画に入社。以来,一貫してサンケイホールの運営に携わる(一時サンケイビルテクノ在籍)。
ホールの苦労
 旧ホールのさよならパーティで貴重な祝辞をいただきました。ある劇場のオーナーの方です。「旧ホールは,自主公演の開催など,私たちもいろいろと参考にさせていただきました。そんな歴史あるホールの建て替えは,文化的には非常に有意義で,すばらしい。しかし,企業経営でみれば狂気の沙汰です」。来場者一同びっくり仰天。劇場の経営とはそれほど難しいものなのです。
 1952年開館の旧ホールは,関西で“唯一の殿堂”としてさまざまな公演の引き合いが絶えず,いわば売り手市場が5年間続きました。しかし,1980年代以降は多様な専門ホールが増え,演劇のセットも大型化するなど,苦労が続くことになります。日本唯一の黒字ホールと雑誌に紹介された時代もありました。そうしたなかで建て替えを決めたのは,フジサンケイグループとしての社会貢献,そして文化を担う意気込みです。

多機能ホールをめざして
 新しいホールがめざすのは,多目的ホールならぬ“多機能ホール”です。日本舞踊などの伝統芸能で使用される大迫り・小迫り,花道(仮設),そして室内オペラができるオーケストラ用のピット,演劇で池をつくることが可能な切り穴も装備しました。したがって,音響の面でも多機能になり,鹿島さんは苦労されたことでしょう。理想とされる残響音は演目によって大きく違い,音楽では長いほうがよく,逆に演劇では短いほうが台詞をはっきり聴き取れますから。
 このホールのもうひとつの特徴は「ブラックボックス」です。漆黒は集中力が高まる色であり,光が反射しにくいため,演じる側も観る側も舞台に集中できます。柿(こけら)落とし公演の記者会見を先日,ホールの舞台で行ったのですが,出演者にとても好評でした。

“ホール野郎”はやめられない
 旧ホールのスタッフになって今年で30年ですが,一度だけ舞台に立ったことがあります。演出家のつかこうへいさんが素人俳優を使いたいと急に言われ,風間杜夫さん,平田満さん,石丸謙二郎さんたちと2日間だけ“共演”することになったのです。
 最初はとにかく緊張しましたが,実際に幕が開くと本当にあっという間でした。もう終わり?と。俳優は3日やったら止められなくなるそうで,観客の拍手が病みつきになると。私は1日足りなくて助かったのですが,演劇という文化の根っこを垣間見た気がしましたし,私も“ホール野郎”でいることが止められません。
 柿落とし公演「冬の絵空」は,旧ホール時代,当時としては画期的な学生劇団「そとばこまち」の公演を主催し知遇を得た現プロデューサー(当時は女優)が「ぜひ柿を私たちの手で」と名乗り出てくださってはじまりました。学生時代からお付き合いのある俳優さんも少なくありません。ホールという文化は,こうした多くの人々との縁(えにし)に育まれているのです。もちろん観客の声は大切ですが,舞台を使う人々に評価され,彼らがリピーターになってくれることで,ホールの将来が決まるのです。(談)
柿落とし公演「冬の絵空」 柿落とし公演「冬の絵空」は,忠臣蔵をエンターテインメント性豊かに再構築した作品で,出演は藤木直人,橋本じゅん,中越典子,生瀬勝久といった豪華キャスト。12月6日から15回の公演となる。その前後にも贅沢なラインナップが目白押しで,今月15日は“三大テノール”である世界的歌手ホセ・カレーラス,新春1月21・22日は野村万作・萬斎と一門の狂言会など,約5ヵ月にわたって多彩な開場記念公演がつづく。

 Stage 1  舞台の楽しみ
 Stage 2  音響の楽しみ

 Stage 3  物語の楽しみ
 Stage 4  人と人の縁が育む文化