特集:シールド技術の最前線 座談会 シールド技術を支える力
●技術開発の役割分担
五十嵐:技術研究所の役割は,主に,新工法と新技術の研究開発と,個別工事の問題点に直接応える技術協力に二分されます。具体的には,土質や覆工・機械構造などの研究開発が重要な業務となっています。 永森:機械部では,シールドマシンとシールド工法に関連する機械設備について,主に扱います。工事で採用されるシールドマシンの製作段階から参加して,詳細に仕様検討を行うと共に,現場のニーズに応じた新技術の開発を実施します。施工段階では現場に対して技術支援を行い,工事完了時点では施工中のデータを収集・分析して,全社的に水平展開を行います。それから,海外まで含めた幅広いシールド関連技術の動向や情報の電子データベース化を進めています。このデータベースによって,次に出件する工事のシールドマシンの仕様検討や新技術の提案を行ったり,現場の様々な要望事項に迅速に対応できようになりました。 中川:土木設計本部では,トンネル構造物の設計と,新技術に基づく新製品の開発,検証,VEなど,良い製品を経済的に生産するための設計技術提案が主な役割となります。特に,最近の大きな流れであるのが合理化施工ですが,二次覆工の省略がコスト低減・工期短縮の面から多く採用される傾向となっていますので,二次覆工を省略することで構造物本体がどのような性能を必要とするのかといった問題について重点的に取り組んでいます。
●ニーズに応じた技術開発 三井:当社は超大断面,大深度,特殊断面など,特殊条件下にある難易度の高いシールドトンネルの施工を数多く手掛け高い評価を得てきました。今後21世紀に向けて,我々は技術的なリーダーシップをどのように維持し続けていくべきか,皆さんの意見をお伺いします。 五十嵐:高い評価を受ける理由のひとつには,技術研究所では実験施設を使って事前に詳細な実証実験が出来ることがあると思います。新しい技術を考案したときは,例えば継手などの素材を実物或いは模型で何種類か取り揃え,実際に生じる以上の荷重を負荷して耐久性試験を実施します。さらに構造部分・機械部分・地盤との相互作用まで評価しますので,技術的な裏付けを完全に取り付けることが出来ます。 当社はこのように技術的な課題を先取りした着実な研究開発を行ないますので,営業や技術担当者は得意先に自信を持って説明でき,得意先から信頼を獲得できるのです。
中川:我々設計部門は,こうした技術研究所からの実験結果で得られた知見をもとに,合理的な設計法の提案を行います。例えば,ビル直下のシールド施工にはどのような構造や計測が必要か,施工管理はどのようにすればよいのか,掘進時にはどのような現象が発生する可能性があるのか,その発生を抑えるのにはどのような措置が必要になるのかを解析し,得意先に説明します。当社はこのように綿密な設計・施工,エンドユーザーに至るまでの品質保証的な裏付をした技術を提案することで,信頼を獲得していると思いますね。 三井:企業者のニーズに合致した技術提案が今後ますます必要ということでしょうね。例えば,今年,日本機械化協会の準会長賞を受賞したワギングカッターシールド工法も,当社の技術力と得意先のニーズが見事にマッチした例だと思います。
永森:当初この工法は,社内で掘削断面形状・駆動方法への新技術の導入をテーマに検討中のものでした。そこに,この技術を応用できそうなプロジェクトの話が舞い込んで,一気に開発の進行を早めたものです。駆動方式を油圧ジャッキ揺動式(従来はモーター回転式)にしたこの工法は,矩形断面で深度の浅い地下通路の構築に最適であるとの結論になり,福岡市のきらめき通り地下通路建設工事に採用された訳です。これも,各部署の総力が短期間に結集され,実際のマーケットに展開できた良い例でしょう。
●これからの市場展望 三井:近年のシールドトンネルは,従来のような円形断面から矩形・複円形までバリエーションが増え,また断面変化といったニーズにも対応可能な時代となっています。こうした状況の中,今後期待されるシールドトンネルの市場性について皆さんのご意見を伺いたいと思います。 五十嵐:東京をはじめとする大都市部のインフラは重点的に整備されてきましたが,今後は地方都市のインフラ整備が大都市部と同様に継続的に行われていくと予測されます。これに対して,当社としては,二次覆工省略や長距離施工により工期短縮・コスト低減を積極的に提案していく必要があります。 中川:下水道について見ますと,大都市部は普及率こそ高くなっていますが,都市型洪水に対応するような整備計画がまだまだあると思います。現在の下水道の多くは雨水と汚水を一緒に流下させる方式が一般的なので,降水量が多くなると街中にオーバーフローしてしまいますから,これを回収する地下河川や雨水貯留幹線も今後必要となっていくと思います。また地震災害時の対策として,二つの下水処理場間にバイパスを設けてネットワーク化する計画も進むと思います。リニューアルについては,老朽化した下水道管渠や地下鉄 のノンダウン・リニューアルなどが注目すべき分野でしょう。 永森:下水道は下流に行くほど流量が増えますから,下流は大きな断面が必要になります。MSシールド工法は,大口径から小口径に地中で変更可能であり中間立坑が不要となりますので,コスト低減に有効な技術です。 五十嵐:都市部の交通インフラの地下化という市場も色々ありますね。例えば,大都市の幹線道路・高速道路は慢性的に渋滞が続き,物流や人の移動に大きな障害となってきています。この問題解消に向けて,大深度に大断面のトンネルを構築する計画が出されています。3車線4車線となると,超大断面のトンネルが必要となりますし,ランプ部やジャンクション部を地下に構築するとなると,分岐・合流を施工するシールド技術が必要となります。
三井:この種の工事は,可能な限り交通を遮断せずに施工する必要があり,住宅・商業地域に隣接しているといった厳しい条件下での施工となります。ですから,当社はこれまで培ってきた「長距離高速施工」「最適断面設計」「異形・超大断面対応施工」のノウハウを遺憾無く発揮する必要があります。具体的には,超大断面を長距離高速施工し,分岐・合流部分はシンプルで合理的な構造を持つワギングカッターシールドマシンを2連3連で用いて施工するといった,これまでの当社の技術の集大成のような「オクトパス・シールド工法」で対応することになると思います。
●課題への挑戦 三井:これまでシールド工法は,比較的地盤が柔らかい国内の大都市部を中心に発達してきました。国内の地方部や海外に目を向けた場合,様々な課題があると思いますが,当社はどう対応すべきと思いますか? 中川:特に海外となると圧倒的にコストに対する要求が大きいと思います。技術力だけではなかなか評価されないのが現状ですね。計画・設計面でもVE等で自由度を与えていただければ,保有技術をパッケージ化したうえコストとのバランスを考えた設計・施工の企画提案を行うことができると思います。 五十嵐:例えば,地盤や地下水の条件が良く,地山に支保機能を分担させることの出来る地盤なら,高価なセグメントを必要とするシールド工法ではなくても施工できるわけです。そこで,岩盤部と軟弱地盤が同一路線上に存在する場合であれば,山岳トンネル部とシールドトンネル部をトータルで考慮した設計・施工の企画提案を行うことができます。また,岩盤と軟弱地盤が複雑に混在する複合地盤の場合は,あらゆる地盤に対応可能なハイブリッド型シールドマシンを用いた工法を提案することも可能です。 中川:マシンの問題もさることながら,工事費の中で占める割合が大きいセグメントのコストも再考しなくてはなりません。要求品質を満足させ,可能な限りコストの低減を図ると共に,高速組み立てできる構造とする必要があります。 三井:社会基盤の整備を充実させる仕事をしている我々シールド技術者は,その製品を長く安全に使用して頂くような仕事をしなければいけません。技術力を基盤にして,工事毎にいつも異なる条件下で設計・施工するわけですから,各部署が連携して多角的に検討し,柔軟な発想で市場に対応する必要がありますね。 五十嵐:社会のニーズを先取りして把握して,それに応えるだけの技術を結集し,「良い品質のものを出来るだけ安く提供する」ということが課題でしょうか。新しい技術や発想を創出するのには,非常に多くのエネルギーを必要とします。場合によっては,従来の発想を一旦捨て去り,違う観点から見ることも一時的には必要なのでしょう。
●課題への挑戦 三井:「総合力の鹿島」といわれるように技術は組織に根づいていますが,組織を形成する駒は人です。技術者個の技術力がなければ総合力も発揮できません。シールド技術者として,鹿島を支えていくために必要な心得とは何でしょうか? 中川:シールド分野に関しては,各部署間の繋がりが非常に強固ですし,直ぐに集まって相談できる良い環境にあると思います。また,営業の第一線との繋がりが特に深く,情報伝達が早いという特徴がありますね。営業担当者からは,お客様のニーズがさっと集まる。それも,大々的に地下都市を創造するとかいった夢物語ではなく,もっと地に足がついた現実味のある計画が迅速に入りますから,我々もすぐに対応しやすい。また,迅速に対応するから,更に得意先から信頼され新たな情報が寄せられるという良いサイクルになっていると思います。 永森:私は,シールド技術を総合的に見るということでは,現場が一番だと思います。今日のメンバーも全員現場を経験していることからお判りでしょうが,トータルでシールド技術を理解できる最良の場は現場だと思います。現場では,小さな技術開発は現場独自で創意工夫して行っていますし,シールドマシンの仕様に関しても判断が下せるだけの力があります。我々本社機構の人間は,正しい方向性と範囲は示唆しますが,最終決定は現場に委ねることが多いですね。 三井:我々全員,現場で経験したことが現在の職務に非常に役立っているのではないでしょうか。物を造りその中から技術が生まれ,現象を観察し論理的な考察を行い,技術に還元する。特に我々が携わっている工学というものは「学問と実務の体系」として成立していますから,ものを造る現場が原点ですね。 五十嵐:私は,本来シールド技術者の使命とは,切羽を見ることだと思っています。最近では密閉式シールドが殆どですから,現場の若手技術者も切羽を実際に見ることができなくなってますよね。 永森:密閉式シールドが出現して20年位ですから,開放式シールドで切羽を見て育った技術者は50歳以上に人達までですね。 五十嵐:最近は,土質を紙上のデータでしか見ていない人が多いですね。やはり,土は目で観て,触れてみて,握ってみて,五感を使って初めてわかるものだと思います。例えば,立坑を掘削した時には,ケーソンであっても土質はその深度毎に観察できますから,事前調査したボーリング柱状図を検証したり,可能な限りの情報を把握しようとする前向きな姿勢が必要だと思います。
三井:シールド技術者は地盤に挑んでいる訳ですから,調査ボーリングや実際に切羽の地盤を常に観察したり,計測したデータをよく吟味できる能力を備え,予測したり判断するという総合的な洞察力を養わないと,多様化するシールド技術に対応できなくなってしまうということですね。
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