特集:スタジアム2000

大空間建築を支える屋根構造 〜設計・施工を代表して〜


斎藤公男 設計と施工を包括する
ホリスティックな構造デザイン
日本大学理工学部
教授 斎藤公男(さいとう まさお)
1938年生まれ。日本におけるテンション材を使った大空間構造設計の第一人者。当社施工の出雲ドームや静岡スタジアムなどの構造設計を手掛ける。日本建築学会賞や日経BP技術賞,松井源吾賞,IASS・坪井賞などの表彰を受ける

●大屋根の構造にはどのようなものがありますか?
 W杯で使用されるような大型のスタジアムの屋根を見てみますと,大半の屋根がフィールドの片側に大きく張り出している構造をとっています。このようなスタジアムの屋根構造は大略四つに分けられます。現在,鹿島で施工中のスタジアムを参考に見てみましょう。
 まず,屋根を庇のように片側で固定する「キャンティレバー方式」。私が構造設計を担当した静岡スタジアムがこれにあたります。二つ目は,屋根上に柱を立ててケーブルで吊る「斜張方式」。東京スタジアムがこの方式です。韓国で作られているW杯のスタジアムではこのタイプが多いようです。三つ目は,屋根の先端をアーチ等で支える「キールトラス方式」。宮城スタジアムや新潟スタジアムがこれにあたります。最後に,お皿のように全体を連続した曲面で覆ってしまう「連続体方式」。埼玉スタジアムは,キールトラス方式と連続体方式の組み合わせでできています。

●デザインと構造の選択はどう決めるのですか?
 私はまず建物をデザインするとき,現地に赴き,そこからイメージを膨らませます。現地の自然環境や地域性などを勘案して,どのようなかたちが一番そこに相応しいかを考えるわけです。
 私がコンペに参加した静岡スタジアムでは,当地が他のプロジェクトでは見られない自然の丘陵の中にあったことから,山並や木立を基本イメージとしました。さらにキャンティレバー方式を採用することで勢いのあるフォルムをつくり,スポーツの持っているダイナミックさや軽快さを表したのです。
 大空間の設計を“かたち”から考え過ぎると,設計者はどうしても上から見たデザインにとらわれがちです。実際は人が使うわけですから,人の目線で見た外観の美しさや,実際の使いやすさ,機能変換の可能性など,ヒューマンスケールで考えることも重要だと考えています。

●施工者にはどのようなことを期待されますか?
 施工には美学が必要です。美しい現場なら完成した作品も美しくなるはずです。静岡スタジアムでは,着工後も施工者と共同でディテールや施工性を追及しました。その結果,あのシンプルなシステムと新しい建方ができたのです。
 設計者は建物の完成した形は決めますが,後は施工者に任せっきりにしてしまう傾向があります。そのため,設計段階で立派な図面ができても,作るとなると非常にコストがかかるものになってしまう場合が多い。そのためにも一方通行的なやり方ではなくて,設計も施工も一緒に議論しながら作りこんでいく必要があります。こうしたことで蓄積されたノウハウが,両者にとっても次の仕事に活かすことができるのです。
 構造設計という作業は,当然,施工法の検討が含まれています。資材の製作から運搬,建方,ディテールなどを把握していなければいけません。構造の明快さ,美しさを実現するには材料と施工の特性は無視できません。私が設計から施工まで一貫したホリスティックデザインを意識しているのはそのためです。

●大空間建築はどのような可能性がありますか?

 先のスタジアム建築とは違い,ドームのように人々が集まる空間を私は“つどいの空間”と呼んでいます。雪国のかまくらのような小空間から野球場などの大空間まで,つどいの空間は規模に関係ありません。これらに共通するのは,宇宙の無限の広がりに見る神秘性や外界から守られた安堵感。人々が本来求めているものです。これらの空間の魅力と必要性は変わらず今後も無くなることはないでしょう。
 またこれからは構造やデザインに加え,環境に関する考え方を一層採り入れなければならない。そうすると,自然の風や光を利用しながら大空間をどう制御するかという課題が生じます。
 例えば,私の研究室ではガラスドームというものを研究しています。ガラスはリサイクルができ長持ちします。しかし光や熱を通し過ぎるという欠点もある。そこで遮光の方法や放射熱をどう逃がすかを工夫すれば,ガラスはますます面白い材料になります。また屋根や壁を動かすことも興味あるテーマです。さらにドームであれば,屋根が大きいので太陽光発電の利用や,草花を植栽する緑化など,もっと有効で多面的な利用を図ることが可能になるでしょう。

屋根構造

出雲ドーム
出雲ドーム


大竹文則 施工時解析の技術が道を拓く
埼玉スタジアム2002新築工事事務所 所長
大竹文則(おおたけ ふみのり)
1970年入社。東京支店において目黒雅叙園,聖路加タワー等の建築工事を手掛けた後,関東支店に配属。Mウェーブ,西武ドーム,埼玉スタジアムと競技場プロジェクトを次々と担当している

●大屋根の施工で最も重要なことは何ですか?
 それは構造認識です。スタジアムは用途によっていろいろな屋根の形式がありますが,いずれにしても観客が観戦し易い様支持する柱を少なくして大空間を構成しています。どの形式でも最終の設計形状になれば安定した形になるわけですが,その形状に作り上げるまでは不安定な状態を強いられます。ですから施工中といえども,空中での不安定な状態を自然条件に耐える安定形に常時保ちながら工事を進める必要があります。
 そのため施工者は屋根を作っていく過程において緻密な構造計算を行うことが求められ,これが極めて重要な作業となります。これを「施工時解析」と言います。施工時解析では極端な話,部材の1本つなぎ合わせるのにも全体とのバランスを考えているのです。
 埼玉スタジアムの屋根は,メインスタンド,バックスタンド合わせて総重量5,600tの鉄骨で構成され,そのうちシステムトラスは約1,800tで,10,300本のパイプとこれらを接合する約2,300個の鋼球のジョイントからできています。
 施工にあたり106ブロック,4パターンの施工時解析が必要でした。そして施工時解析を駆使することで様々な効果も得られました。
 例えば,屋根を仮受けする支保工(ベント)は78基あります。このベントと接するパイプが屋根の重さを集中的に受けるのでパイプの径を必要に応じて変更し,施工の安全性をより確保しました。さらにベントの配置を工夫したりすることでベントの一部を無くすことができ,コストを抑えることもできたのです。

●大屋根の施工は具体的にどのような方法で進められましたか?

 埼玉スタジアムの大屋根は,20〜25mのシステムトラス(1ユニット)を地上で組立て上空でつなぎ合わせて作りました。1ユニットの重さは約50t。バックスタンド48ユニット。メインスタンド56ユニットあります。これを主に大型の750tクレーンで地上から最高58mの地点まで吊り上げつなぎ合わせていきます。もちろんこの順番も施工時解析によりユニット毎に全て決まっています。
 なお,ユニットのつなぎ合わせについては,接合の角度や位置が少しでもずれていてはいけません。そこで当社で開発した自動追尾システムという最先端の技術を使いました。これは地上から上空の吊り上げられたユニットにレーザーをあて,計測室にあるモニターに現在地を3次元で表示させます。そしてユニットが最終的に納まる位置をパソコンに入力して,現在地との誤差を割りだします。後はユニットが所定の位置に納まるようクレーンのオペレータを誘導していくのです。このように屋根の施工一つをとっても当社の高度な技術が活かされているのです。

パイプ群
鋼球のジョイントによってつながるパイプ群

吊り上げ状況
システムトラス1ユニットの吊り上げ状況


阿川 清二 最高水準の技術を 水平展開する
建築技術本部 生産計画室長
阿川 清二(あがわ せいじ)
1977年入社。大阪支店(当時)に配属後,現場,支店管理部門を経験。1989年建築工務部(当時)へ移り,現在に至る。各スタジアム工事の支援では中心的な役割を果たす

●管理部門の支援体制はどうなっていますか
 W杯サッカースタジアムでは観客席の3分の2以上を屋根で覆うという仕様規定があります。各スタジアムの屋根とも固有のイメージをもってデザインされています。設計者としては,一番の腕の見せ所となりますが,施工においても高い技術力を要求されます。
 当社はこれまでも,冬季長野オリンピックの会場となったMウェーブや,試合を休まずドーム化させた西武ドーム,ハイブリット膜構造の出雲ドーム,画期的な吊構造を実現させた熊本陸上競技場などにおいて,多様な大空間を持つ構造物を手掛けてきた実績があります。
 しかし,この一連のスタジアム工事につきましては,これほど大規模なスタジアムを同時期に複数施工するという,当社としても初めての経験でありました。そこで社内による施工方法の検討や工程管理,資材発注などの情報を共有する情報交換会を設置したのです。
 メンバーはスタジアムの施工経験者を中心に,担当する現場や各支店の担当者,技術部門などから選出しました。この会を開くことで,現場での様々な問題やニーズを解決することができました。具体的には,スタンドの各所のプレキャスト化や3D−CGの活用,施工時解析のノウハウ,部材・ピッチの仕様,膜工事の方法など多岐に及ぶものです。
 ここで共有された施工技術等を,今後の工事にも活かしていきたいと思っています。

新潟スタジアム
プレキャストを採用した上部スタンド。新潟スタジアム




スタジアムの現況
W杯スタジアムの 施設概要
施工中の現場から
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