特集:鹿島イズムを受け継ぐ戸建免震

3 「地震エンジニアリングの鹿島」の伝統と継承
生みの親・育ての親からのメッセージ


当社が培ってきた地震エンジニアリングを受け継ぐ戸建住宅免震システムは,どのような経緯で生まれてきたのだろうか? ここでは,地震対策技術の第一線のエンジニアとして本分野をリードしてきた五十殿侑弘(おみかゆきひろ)常務取締役・建築設計エンジニアリング本部副本部長と ,戸建住宅免震システムの開発者で,現在はその販売活動も手掛けるグループ会社・テクノウェーブの箭野(やの)憲一取締役・事業部長に,今後の 展望も含めてお話をうかがった。


鹿島の地震対策技術を一般ユーザーへ


──なぜ,いま当社は戸建住宅の免震システムに力を注いでいるのでしょうか?


五十殿常務取締役 五十殿  直接的なきっかけは,やはり1995年の阪神・淡路大震災です。早朝に震災が発生したため,多くの人々が自宅で就寝中に被災し,住まいの倒壊や家具の転倒,そして火災によって多くの死傷者を出 す結果となりました。とくに,亡くなった方の10〜15%が家具などの転倒によるものであったと推定されています。つまり,「壊れない住宅」を目的とした「耐震性」の確保だけでは,残念ながら人命と財産を完全に守り切ることができなかったのです。こういった状況に対して,当社の「揺れない建物」をつくる技術を,戸 建住宅にも展開できれば,死傷者を減らし,火災の原因となる器具や家具の転倒を防ぐことができるはずと考えました。ひとりでも多くの人命を守りたい──「戸建免震」に取り組んだ原点は,まさにここにあったのです。

五十殿侑弘 常務取締役 
建築設計エンジニアリング本部 副本部長

箭野  阪神・淡路大震災の後に,三井ホームさんから受けた戸建免震の共同開発の誘いが最初の具体的な動きとなりましたが,現在の戸建免震のベースとなる技術は,1987年の時点で,すでに鹿島の技術研究所が中心となって開発していました。オフィスの床を部分的に免震する「床免震システム」です。 阪神・淡路大震災の後に戸建免震に取り組む企業は増えましたが,当社の地震対策技術に対する積極的な取組みが,戸建免震の分野でも研究開発の先陣を切ることになったのです。


「自由の女神」から学んだ経験

──戸建免震の技術開発はどのようなプロセスから生まれたのでしょうか?


箭野氏 箭野  床免震システムの開発の時点から技術上のポイントとなったのは,やはりボールベアリングによる免震です。ビル免震で用いる積層ゴムは,ある程度の重さがないと効果を発揮しません。ボールベアリングの受皿をすり鉢状にし,転がり摩擦を組み合わせることで,戸建住宅のような軽い建物にも免震効・が発揮できるようになり,中小規模の地震にも敏感に反応する装置が実現できました。
 じつは,東京都港区のお台場にある「自由の女神像」の台座に,ボールベアリングを用いた鹿島の戸建免震の技術が適用されています。いまある像はレプリカですが,1998年の「日本におけるフランス年」の期間中は,パリ・セーヌ川沿いに立つ本物の像が移設されました。地震のないフランスから,地震大国の日本が大事な文化遺産をお預かりしたわけです。万が一の際にも,女神像が損傷することのないよ う,台座に免震システムが適用されたのです。また,お台場は海風が強く,地震対策以外にも「風揺れ」への対策が重要な課題となりました。

箭野憲一 テクノウェーブ取締役 
事業部長

五十殿  風揺れへの対策については,従来のビルや大型マンションなどの免震技術ではとくに問題にならないこともあって,十分に検討されていませんでした。女神像の免震で,はじめて本格的に取り組んだ課題です。また,装置自体が屋外に設置されるので,錆の原因となる雨水や塩を含んだ風,塵埃などの影響が予想される条件下で,つねに免震装置が適切に作動する必要がありました。戸建住宅免震シス テムは,全国津々浦々の多様な条件で用いられます。この意味でも,多様な条件が凝縮された女神像の免震で技術的課題を解決した経験が,その後の戸建住宅免震システムの開発に大いに役立ったのです。


「あたりまえの技術」を目指して

──戸建免震を普及させるために,どのような姿勢で臨んでいますか?


自由の女神 五十殿  現在,鹿島のR&Dの成果を商品化し,販売するグループ会社・テクノウェーブを通じて,戸建住宅免震システムの販売・普及活動に努めています。ビルやマンションの免震は,基本的には企業など の組織単位のお客様から受注し,建物につくり込んでいきます。戸建免震の場合は,まずハウスメーカーさんに技術を採用いただき,メーカーさんを通じてエンドユーザーの手に技術が届くことになります。当社の基本姿勢は,エンドユーザーのニーズを熟知しメンテナンスなどに豊富な経験を有するハウスメーカーさんに品質の高い免震装置を提供すること,ハウスメーカーさんを通じて得られたユーザーの 声を反映して,システムの品質がさらに高まるようにブラッシュアップしていくことです。当社と,ハウスメーカーさんとの相互信頼関係のもとでお互いの特徴を活かしながら,技術を成長・普及させていきたいと考えています。「B to B(企業間取引)」「B to C(企業─消費者間取引)」という観点でいえば,「B to B to C」が基本です。

箭野  鹿島は,これまでも社会基盤の整備や,高度の地震対策が施されたビルや集合住宅などの建設を通じて,安全と安心を社会に提供してきました。これからは,戸建免震という一般の消費者に使っていただく商品を通じても,安全と安心を社会に提供したいと考えています。戸建住宅においても,「揺れない家」を実現する免震装置が,あたりまえの時代になったらいいですね。

五十殿  「特別な技術」というのは,まだ「本物の技術」とはいえません。たとえば自動車のエアバックのように,もはや「あってあたりまえ」と思われるような技術が理想です。
 最近の予測によれば,東海大地震はいつ起きても不思議ではないと言われており,東南海地震と南海地震は30年以内に40〜50%の確率で発生すると言われています。これは,日本に住む人々が今後30年で火災に遭う確率2%,交通事故で死亡する確率0.2%に比較しても,大きな数字です。そして,高齢社会への急速な突入が確実視されているなかで,阪神・淡路大震災の犠牲者の多くが高齢者であったことを 考えると,戸建免震の普及は,危急の課題といっても過言ではないでしょう。


世界一の地震エンジニアリング

──当社の地震エンジニアリングの基本姿勢を最後に改めて伺いたいのですが。


五十殿  まず,企業姿勢として「人命と財産を守る」ことを第一義としてきました。これはもはや当社の伝統であり,将来も変わらない基本姿勢であると信じています。
 地震国日本で建物をつくるということは,単に雨露を凌ぐだけでなく,大地震から人々の生活を守る建物を提供することを意味します。命題は極めて単純なことですが,社会のニーズが多様化・高度化す るなかで,建物の用途・形状・デザイン・地盤・コストといった複雑な条件に応じて,最適な構造方式を導き出すことは,じつは容易なことではありません。さまざまな条件に応じて,つねに最適な「解」を 確実に提供することが当社のエンジニアの使命であり,その能力がプロとして求められていると思っています。そのために当社は,つねに最先端の研究・開発を通じて,設計・施工のエンジニアリング能 力の深耕に努めてきました。建物に対する社会ニーズは,地震に対するもっとも基本的な性能である「壊れない建物」から,地震が起こっても「揺れない建物」へ,つまり非常時でも居住性を確保すること へと高度化しています。これを実現するのが,当社の誇る制震・免震技術です。
 ご存じのとおり,日本初の超高層ビルとなる霞が関ビルは,耐震技術の権威であった武藤清先生(故人)を迎えることで実現されました。そして,制震・免震の分野でも,小堀鐸二先生のご指導によって ,いち早く開発と実用化に取り組んだのです。現在までの当社の設計・施工による国内の制震・免震建物は,制震が98件,免震が75件と,他社を大きく引き離してトップの実績を誇っています。地震国日本 でトップということは世界一ということになるでしょう。これらの実績からも,当社の地震エンジニアリングは,質・量ともに世界最高レベルであると言えるでしょう。
 技術というものは,一朝一夕にして成り立つものではありません。それだけに戸建免震の分野でも, これまで培ってきた「技術の鹿島」「地震エンジニアリングの鹿島」の伝統を維持し,これからもより一層,信頼に足る高品質の技術を通じて,ひとりでも多くの方々に安全と安心を提供しつづけていく努 力こそ,私たちに課せられた社会的使命であると思っています。




0 「壊れない家」から「揺れない家」へ
1 安全と安心を普及する技術力
2 「真の安心感」を広めるかたち
3 「地震エンジニアリングの鹿島」の伝統と継承