特集:ワークプレイス――デザイン&エンジニアリング
Phase 2 創造力を誘発するワークプレイス 帝人 先端技術開発センター
“未来”をかたちにするためのインキュベーションセンター
 合成繊維,化成品,医薬医療,流通・リテイル,ITと,多岐にわたる事業をグローバルに展開する帝人グループ。2008年3月,山口県岩国市の岩国事業所内に誕生した「先端技術開発センター」は,高分子材料の基礎技術とバイオ・ナノテクの先端技術を融合した新規事業開発を行うグループの研究施設だ。「先端科学技術を基盤として,社会とお客様に開かれた開発拠点」を基本コンセプトに,実験室,研究員居室,顧客との共同研究スペース「オープンラボ」やアンテナショップなどで構成される研究棟を核に,各種プラントや実験棟が整備された。
  ここは,帝人グループが描く“未来”をかたちにするためのインキュベーションセンターである。
全景
高遮音性能ダブルスキンファサードに面する開放的なアプローチ空間

帝人 先端技術開発センター
場所:山口県岩国市
発注者:帝人株式会社
設計:帝人エンジニアリング,当社関西支店建築設計部
用途:研究施設
規模:SRC造一部S造 3F 延べ 10,878m2
2008年3月竣工(中国支店施工)

先端技術開発センター配置図
WORKPLACE――DESIGN & ENGINEERING
研究者の創造力を支援するワークプレイス
研究者のミッションは,未来に向けた成果をストックすること。
成果を生み出すために必要なのが,研究者の創造力を刺激する様々な情報である。ここでは,日常の中に情報交換のできるコミュニケーション空間を仕掛けることを建築設計で試みた。
また,研究においてはスピードも大切な要素となる。発想したことをいかに早く確認・実践し,成果へと結びつけるか――。発想の空間と実践の空間との距離感や関係性も,理想のワークプレイスを創造する大切な要素となった。

スピードを意識したレイアウトと可変性の高い大空間
 研究棟の2階に配置した12m×60m,2層吹抜けの大空間からなる研究員居室に寄り添うかたちで,2・3階に実験室をレイアウトした。研究員居室で生まれた発想が,速やかに確認・実践の作業へシフトすることができる。「スピード」というニーズに対応したレイアウト配置を実現した。
  また,無柱の大空間からなる研究員居室は,研究員の疲れを癒す開放感と,様々な配置変更にフレキシブルに対応できるアメービックなレイアウトを可能にした。

3階実験室エリアから2階研究員居室を見下ろす
2階の研究員居室。12m×60m,2層吹抜けの大空間
研究棟平面図

人と情報をつなぐ“ブリッジ”
 研究者が様々な人や情報と結びつき,時間・空間・規制を超えた双方向の交換性を生み出すことのできるコミュニケーションデバイスとして用いたのが“ブリッジ”である。
  研究棟のエントランスホールや研究員居室の吹抜けに,高さに変化をつけたブリッジやオープンデッキを点在させ,ガラスウォールで包み込むことで,視界の開けた一覧性の高い空間を創出。コミュニケーションを誘発する様々な出会いのシーンを演出した。ITに関しても常に“Newest”に進化できるシステムも導入している。
  また,“ブリッジ”はコミュニケーションデバイスとしてだけでなく,建築デザイン全体のコンセプトワードとして,配置計画,平面計画から様々なディテールにまで踏襲された。研究棟・プラントなどの諸施設をつなぐ動線や設備配管などにもブリッジをイメージしたデザインを施した。エントランスホールへと続く池に架けられたアプローチブリッジは,未来につながる技術開発に取り組む企業イメージが表現されている。

アプローチブリッジ
研究員居室に架かるブリッジやオープンデッキ
エントランスホール
プラント群をつなぐブリッジ

快適性と省エネを実現した床面吹き出し空調
 天井の高い空間の空調には,居住域を重点的に調整する床面吹き出し型が適している。しかし,埃が飛散しやすいため,クリーンな環境を求める研究施設への適用には様々な課題があった。
  当社開発の「置換方式床全面吹き出し空調システム」は,通気性と耐久性を備えたタイルカーペットと開口率の高い有孔OAフロアを用い,最適温度に調整された空気を床全面から浸み出すようにして空調する。吹き出し風速が微風のため埃の飛散が低減でき,省エネ効果も高い。OA機器などのレイアウト変更にも左右されないフレキシビリティ性能も併せ持つ。
  この空調システムの適用で,吹抜け空間の快適環境創出と環境負荷低減を図った。その他,各種省エネ手法でエネルギー効率を50%以上向上させている。

カーペットとOAフロアー断面図
置換方式床全面吹き出し空調システム

騒音軽減対策
 米軍岩国基地が川向うに見える敷地は,戦闘機離着陸ルートに位置する。戦闘機通過時の騒音は100デシベルを超え,この音環境は地下鉄車内に匹敵する。研究者の研究の妨げとなる騒音を軽減する対策として,アプローチ空間に面するカーテンウォールファサードも含め全ての開口部の遮音性能が課題となった。
  防音サッシュのダブルスキンサッシュを採用し,ガラスの遮音と中間層の吸音とを併用することで,50デシベル以下に低減され,研究施設として理想的な環境となった。

アプローチ空間に面するカーテンウォールファサード
さりげない“知”を仕掛けたい 
関西支店 建築設計部 菅野忠司担当部長

菅野忠司担当部長 関西支店建築設計部,建築設計本部,中国支店建築部,ITソリューション部との密接なコミュニケーションのもと,コンペ提案を作り上げました。鹿島案を採用頂けたのは,コミュニケーションの重要性を大切にした“ブリッジ”という明快なコンセプトワードにあったと思います。コンペチームの創造力が十分に発揮できたプロジェクトで,当社の総合力を改めて感じました。
  帝人エンジニアリング様と共同設計を行う中で,ものづくりの原点である「誰のための建物なのか」という視点を,徹底的に議論・ご指導頂きました。私は「発想の空間」を建築空間が押売りしてはいけないと思っています。「ここでコミュニケーションを取りなさい」「ここでじっくり考えなさい」といった押付けの設計はしたくなかった。研究者が自然にそこへ向かいたくなるような,そんなコミュニケーションの仕掛けを一生懸命考えました。研究者の皆様にとって有効な空間になることを願っています。
  現在,私のチームでは,複数の研究施設の設計が同時進行で行われています。今回の経験をもとに,さらにワークプレイスに,さりげない“知”を仕掛けてみたいと思っています。

 Phase 1 「建築・設備・構造」三位一体でデザインした「デジタル・コンテンツ・ファクトリー」
 Phase 2 創造力を誘発するワークプレイス
 Phase 3 人とマシンが協働するワークプレイス
 Phase 4 次世代ワークプレイス