特集:もうひとつの防災

「経験」を応用した無人化施工

有珠山噴火災害復旧工事
1.2km先の市街地
 昨年3月31日,有珠山は23年ぶりに噴火した。前回の噴火が山頂だったのに対して,今回は市街地近郊の山ろくだったため,噴火口周辺に堆積した火山灰などが降雨によって泥流・土石流となり市街地に流入する二次災害の危険性が懸念されていた。
 この問題を早急に解消し,被害を最小限に食い止めるために,噴火の続くなか,街を流れるふたつの河川の泥流対策工事を無人化で施工することとなった。板谷川では遊砂地の造成が,西山川では流路工内の土砂除去が目的である。流路工は,川の流れを人工的に調整するもので本来は泥流の防災機能も果たすが,今回は噴火口が近いためすでに土砂で埋め尽されており,しかも,川に架かる2本の橋が流出して流路工をふさいでいた。加えて西山川周辺は,板谷川よりも建物が密集している。
 無人化施工の技術は,長崎の雲仙普賢岳での復旧工事において基礎技術がすでに完成されており,噴火の規模自体も普賢岳の方がはるかに大きい。しかし,普賢岳では噴火活動が終息してから始まった工事であり,樹木がなく見通しのよい山ろくの現場だった。
 噴火中の有珠山の無人化施工では,施工現場に噴石が飛び交い,操作室や重機のモータープールと現場の距離は約1.2kmもある。ほぼ同距離の遠隔操作だった普賢岳では途中に電波の中継点が置かれたが,有珠山では中継点を置くことができない。重機の移動経路の一部には,住民の一時帰宅が認められた区域もあり,住民への安全対策も不可欠な,前例のない障害を越えての工事だったのである。
市街地近くで起こった有珠山噴火
市街地近くで起こった有珠山噴火
障害物を避けて進む無人の重機(カメラ映像)
障害物を避けて進む無人の重機
(カメラ映像)
工事を成功へ導いた専用電波
 無人化施工は,文字どおり工事現場にまったく作業員が介在しない状態で,必要な作業をすべて遠隔操作可能な重機だけで実施する。
 噴火中の市街地での工事となった有珠山の状況を見て,「専用の建設無線が必要になると,雲仙普賢岳での経験から即座に判断できた」と話すのは無線を担当した当社機械技術センターの青野隆課長代理である。普賢岳で用いられた無線設備は普通のトランシーバー程度の電波だったため,その限界を認識し,専用電波の必要性を具申していた。無線の中継点を置かずに遠隔操作室と重機を電波で結ぶために,特定の使用しか認められていない電波の臨時使用を申請し,建設省(当時),郵政省(当時)および北海道の協力を得て,専用電波を確保して工事に臨むこととなったのである。
 また,移動する無人の重機が,市街地の道路標識や電線などに接触しないように,事前に無人の移動カメラ車で道路状態を確認し,重機のアームやアンテナの高さを調整して安全な状態を確保している。
 そして工事の施工にもうひとつ欠かせないのが,ダムなどの設計・施工支援で用いられる3次元CADシステムである。噴火によって刻々と変動する地形のなかで重機の移動ルートを設計するために,建設省国土地理院(当時)の撮影する航空測量のデータをもとに現地の形状を起こしていった。一刻も早い対応が求められるなかで,当社では土木設計の3次元CADシステムを活用することにより,約10日間で計画ルートのシミュレーションシステムを開発し,本工事に適用したのだ。
雲仙普賢岳での中継方式
 
有珠山での無線方式

3次元CADシステムによる無人重機の移動ルートの設計 3次元CADシステムによる
無人重機の移動ルートの設計

 まず左図のように,航空測量による1mピッチの測量データから3次元の地形図を作成する。建物や道路の形状までも見える。
 つぎに下図のように,観測点と重機の通る予定のルートを1mピッチで結び,地形の隆起や建物群(緑)など無線電波の障害を考慮に入れながら,重機の移動ルート(オレンジ)を設計した。噴火による地形の変動に合わせて,CADデータも日々更新していったのである。

3次元CADシステムによる無人重機の移動ルートの設計

経験工学と最新技術による災害復旧
 有珠山の復旧工事における重機は,じつは,雲仙普賢岳から転用されている。工事の続く普賢岳で改良が重ねられた重機のなかから緊急輸送したのだ。また,オペレーターも同様で,普賢岳の経験者を派遣している。無人の重機を,カメラから送られてくる画像を通して遠隔操作するという特殊な作業は,経験者がほとんどいないからだ。
 今回の有珠山では,日常の建設工事の技術や重機と,3次元CADシステムやITなどの最新技術に加え,普賢岳での経験を活かすことで,迅速かつ的確な復旧工事を実現できたのである。「土木は経験工学」と言われるが,有珠山噴火の災害復旧工事はこの言葉を改めて認識させる。
有珠山の復旧工事



Chapter1 : 建設会社ができること

| Chapter2 :「経験」を応用した無人化施工

Chapter3 : リサイクル技術の災害廃棄物処理

Chapter4 : 復旧活動を最適化する情報システム